第五話 魔術読本

 家に着いた頃には周りの風景も緑色からオレンジ色へと姿を変えていた。なんともきれいな夕焼けだ。


「おかえり……ってアキ君その服どうしたの!?」

「あはは……ちょっとした崖から足を滑らせちゃいまして……」

「ティミー、本当?」

「う、うん」


 勿論嘘である。家へ帰る途中、そう言っておこうとティミーとあらかじめ打ち合わせをしておいたのだ。銀髪の知らない男に魔術ぷっ放されてこうなったなどと言えば軽い騒ぎになりかねないからな。


「にしてもこれはすごくなぁい?」


 そう言って訝しげに俺の顔を凝視するヘレナさん。


「まぁ、はい。ちょっと派手でしたからね……」


 思わず目をそらしそうになるもグッとこらえる。一瞬何か悟られないかと不安になったが杞憂だったようで、しばらくすると目線をはずしてくれた。


「ふぅ、これからは気をつけてね」

「はい」


 とりあえず面倒な事態は回避できたようだ。


「でもちょうどよかった。ベルナルドさんが子供の頃着ていた服をいろいろいただいたところだったの」


 ベルナルドさんか……。うーん、サイズ合うのかな。え? べ、別に嫌とか言ってないよ?


「はいこれ」


 そう言ってヘレナさんがタンスの中から取り出してきたのは麻でできたような簡素な服だった。ズボン、服、共に黄土色一色。なんというかほんと、ゲームの世界のド田舎な村の子供が着てそうな服だ。実際ここはたぶんド田舎なんだろうけどさ。他のものも見てみたがどれもそう変わるものではなかった。


「えと、ありがとうございます」


 とりあえずお礼の言葉は述べて置く。

 でもまぁ今までの服だとどうにも浮いてたからありがたいと言えばありがたい。欲を言えばヘレナさんの手編みとかならさらに嬉しかった。


「それで、そのボロボロになっちゃった服はどうする? 捨てとく?」

「そうですね、捨てときましょう」


 どうやったって直すことはできなさそうだし、直ったとしてももあんまりこの世界で使いたくないし捨てておいてかまわないだろう。さらば、俺の上下各九百八十円の服たちよ!


「そうしとくね。ところでその重そうな本はどうしたの?」


 今頃気づかれるとか、重いくせに影うっすいなぁ……などと思いながら適当な言葉をみつくろう。


「ああ、崖の下にありまして」

「へぇ……何が書いてあったの?」

「それが……」

「何も書いてないよ」


 俺が言うよりも先にティミーが心なしかぶっきらぼうに口をはさんだ。

 もしかしてまだちょっと怒ってらっしゃるのかな……でもそのふてくされた感じ、可愛くてアキヒサ的には星三つ!


「あら、ちょっと見せて」


 大人しくヘレナさんにその本を差し出す。ティミーが見えないというんだから見えないんだろうけど一応確認だ。



「ほんと、何も書いてないわね」

「でしょ!?」


 そう言うとティミーはフフーンと満足げに俺の方を見る。はいはい可愛いから分かったって。

 しかし本当に見えないとは。だが俺にしか見えない文字ってなんかかっこいいな……。


「でも珍しいから持って帰りました」

「そっか」


 とヘレナさんは俺に微笑みかける。ああ女神様! アーメン。と思わずかしずきそうな美しさでした。


「そうだ、お風呂わいてるからアキ君入る?」

「あるんですか!?」

「あらあら、こんな田舎でもそれくらいはちゃんとあるわよ」


 そう言いヘレナさんは少し困ったように微笑む。


「アハハ、すみません」

「家の裏にお風呂小屋があるけど、使い方とか分かるかな? とりあえず一緒に入ろっか」


 願ってもねえことです! 是非ともご一緒に! ブヒィィ。と言いたいところだったがここは我慢だ。紳士として断じて……ブヒィ……。


「えと、じゃあお言葉にあまえて」


 俺の馬鹿があああぁぁぁあああ! いや、この機会をむげにするなど男ではない、紳士とかどうでもいい! そう、俺はおとこだ! 本能の赴くままに生きてくれるわ! いやそもそも俺十歳だし? 歳の差にして二十以上はあるらしいからいいだろ! まぁ若さ的には十数歳くらいしか離れてない気がするけどな!


「それじゃあいこっか」

「ありがとうございます」


 あくまで表には出さず、ポーカーフェイスだ。

 やっぱりちゃんと風呂はあるんだな……と感慨深げ考えるのと同時に、意気揚々とヘレナさんと風呂小屋とやらへ向かう。ティミーといえば家で作ってる途中の料理が焦げないか見張っている。別にゆくゆくはティミーととか考えてないからな?


 家の裏側なのですぐに小屋へ着くと、中に入った。

 風呂は田舎だから汚いなんてことはなくむしろ綺麗にされていて、ヒノキのような香りが立ち込めるそこは小さくはあるがどこかの高級旅館を彷彿させるものだった。そして肝心のヘレナさんと言うと……ちゃんと衣服を着ています。


「えっとここがこれでこうしたらお湯が出るの」


 ヘレナさんの言う一緒にとは、ただお風呂を説明してくれるつもりだっただけらしい。まぁそうですよねー……。ありがちな展開おつかれさまでした。はい、俺が馬鹿でしたよ。



♢ ♢ ♢



 皆が寝た頃、一人、部屋の片隅でダウジェスからもらった本を見つめる


「読んでいくか……」


 本を開くと初っ端から俺をイラつかせることが書かかれてあった。


「サルのようなアホでもわかる、魔術読本!……ってなんだよそれ!」


 思わず全力で突っ込んでしまい、二人を起こしてしまったのではないかと不安になったがとりあえず大丈夫だったようだ。

 でもこれ今思ったけど日本語なんだな。この世界の文字は日本語表記なのか? だとすれば嬉しいけどファンタジー感ぶち壊しだよな……。明日辺り本棚にある本を少し見させてもらおう。今はとにかくこれだ。


 改めて本に目を落とす。


 ……しかしまぁなんだこのクソみたいな煽り文句。婉曲的に俺がアホと罵られた気がするな。著者は俺とあと猿に謝るべきだと思う。


「まぁいい……」


 気を取り直して、俺は次のページをめくる。すると、『あなたの属性判断テスト!』と見開き1ページにでかでかとどこぞの恋愛心理テストみたいなフォントで印字されていた。

 『次のページをめくってね』と書かれていたのでめくると、いきなり辺りが眩しい光に包まれ、目の前にはその魔術読本以外の全てがなくなっていた。


「ほうお主、たぎるのう。うん若い血がたぎるぞい!」


 どこからともなく聞こえたのは能天気なおじいさんの声だった。


「あんたは誰だ?」

「わしか、わしはそうじゃのう、この本そのものじゃ!」


 妙にテンションが高いのが鼻につくな……。


「なんじゃ~い! 熱く燃え上がる魔力のくせしてしけた面しおってぇ!」

「悪かったなしけた面で」

「まぁよいわ。所詮サルみたいなアホ野郎じゃからのう」

「あ!?」


 てめぇか、最初の煽り文句書きやがったのは!


「そう怒るなよぅ……年寄りのたわむれじゃてに……。ゴホン、それではお主の属性を発表する」


 悪ノリのするじじいだな。やれやれ、ようやく俺の属性が分かるらしい。


「ズバリ炎じゃ! シィユゥネクスタ~イムじゃぞい!」


 そう告げ声が途切れると、辺りは元の静かな家の中に戻っていた。

 テストって感じもしなかったがまぁ炎なんだな俺は。


 少しイラつきつつも、とりあえず数十ページ読み進め一旦本を閉じる。

 子どもの身体だし、あまり夜更かしするのもよくないだろう。

 幸いな事に今のところ先ほどのようにふざけたページは無い。魔術の使い方だとかいろいろ書かれていたが、とりあえず俺の身に起きた事の整理をするついでに重要そうなところを抜粋してメモにでもまとめてみるか。



 まずは魔術の属性について。

 大まかに4つの属性に分かれているらしく『炎・水・天・地』となる。術者はそれに応じて発動できる魔術が変わるという。

 そしてそこから水属性なら水系統、氷系統、のように細分化していくと。


 

 まぁとりあえずここでは俺の属性の炎についてまとめておくべきか。


 炎は特殊なものらしく、赤・青・紺、この三つで、細分化ではなくいわばクラス分けがされる。赤がもっとも使用者が多く王道だが、威力といえば『赤<青<<紺』のように強くなっていくので一番低い。努力さえすれば青なら誰でも到達できるらしいが、魔力消費は少なめですむので青を使えても赤を好んで使用する人もいるらしい。


 紺は威力がピカイチで高く、言わずもがな才能の問題といわれおり、使用者はごくわずかだという。

 黒、というのもあるらしいがそれは200年以上発見されていないとなっている。


 そういや俺が出したやつって何色だっけなぁ……。青だった気もするけど……。紺色使えるようになれたらいいな。


 まぁとりあえずここまでが通常魔術についてだろうか。まだまだ仕組みが細かいのだが、あまりにも長くなりそうなので今は割愛しておこう。


 


 後は……そうだな、とりあえず深層魔術『創造クレアーレ』について記しといた方がいいな。

 ダウジェスが言っていたように術者の身が危険に晒された時、自然と発動されるもの、これは知っている。


 状況に応じて自分の持てる(操れる)パワー以上の魔術を出してくれる便利な代物だ。しかし身体にはかなりの負担をかけるので、使用後は激しい疲労感が襲い掛かりしばらく立ってもいられなくなり、場合によっては気を失う。ティミーと初めて出会った時に体験済だな。


 これだけだと正直使いにくいどころか枷になりかねなかったが、そこはチート能力。便利な仕組みがある事が判明した。

 

 実は気を失うのは場合は、相手を即死させるために使う攻撃系魔術が選ばれた場合あって、自己防衛系の魔術が選ばれた場合は戦いの継続がちゃんと予測されるので魔力消費は抑えられ、負担は軽減するという。


 つまりは深層魔術も相手を選ぶという事だな。即死させれる相手なら攻撃系、無理なら防御系というように、適切な魔術がその都度選ばれるという。


 確かに思い返してみれば、ダウジェスに半殺し魔術を放たれた後は動く事が出来ていた。てことはあいつ即死させられない相手だったって事か……? ほんと一体何者なんだ……。まぁ今考えても仕方ないか。


 ちなみにこの深層魔術という滅多に使える奴はいないらしい。まぁそうでなければ特別感が無いからな。俺としては有り難い。


 まぁとりあえずこんなところでいいだろう。今日は少し残念な事もあったがやはり楽しい一日だった。

 さて明日は何をしようか、期待を胸に俺は布団に身体を委ねた。

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