コスモノート

高坂 吉永

銀河ステーション ジャングラ発、地球行

1-1 ★ ★ ★

 ある朝、街を歩いていたら、地球風のレストランが目に入った。ヨーロッパと南米と、東アジアを混ぜ合わせたようないびつな内装が窓の奥で覗いている。宇宙に点在する都市惑星ではよくある造りで、しかし、故郷を思い出させるには十分だった。そこで目玉焼きを食べて、気づいたら、俺は地球に帰りたくなっていた。


「すみません、部長。今月で仕事を辞めます」


 デスクに置かれた退職届を見て、豆鉄砲を食らった鳩のように、部長は杏子のような瞳を丸くした。頬に生えた八つの触手の一つで届を起動する。二、三行程度の文章しか書かなかったから、すぐに読める。


 目を通すと、とても現実ではない、と彼は混乱しているようだった。残っていた触手が変にうねり、デスクに置かれているものを無造作に動かしてゆく。


「え、何でだ? 給料が悪いとか、誰かと仲が悪くなったとかか?」

「いえ、どちらでもないです。故郷に帰りたくなったからです」

「それだけか?」

「それだけです」


 ますます、分からん、といったように触手が曲がりくねる。しばらく待っていると、散らかったデスクを整理し始めた。整頓が終わると、触手の奥の口が動いた。


「次の職場は決めているのか?」

「まだです」


 きっぱりと言い切ると、「お前なぁ……」と呆れられた。


「とりあえず、何とかなるかと」

「……まぁ、お前なら何とかなるだろう。もし困ったときは連絡しろ」

「ありがとうございます。辞めるまでに、いろいろ引継ぎを残します」

「当たり前だ」


 部長は軽く笑うと、さっさと出ていけと触手を一本、ドアのほうへ指さした。出ていく間際、俺は深々と頭を下げた。


 その月の間、引継ぎをいくつもした。業務は半月程度で終わらせて、その後は有給消化に入った。消化中は荷物の整理や部屋の明け渡し手続き、銀河鉄道の席の購入等々、地球に帰る手筈を整えたり、やることが多かった。最終的に、まとまった荷物はキャリーバッグ一つ分だった。それなりに荷物は多いものだと思っていたから、これだけに収まったことに驚いた。


 最終日にアパートの管理人に挨拶をしたとき、ふと、この星を去るんだな、と思った。口の中を空気が通った時、今呼吸をしているんだなと感じるような、おぼろげで確かなものだった。銀河鉄道に乗れば、今よりもきっと確かなものになるんだろう。


 銀河ステーションまでは、少し遠い。タクシーを使うのもいいが、料金のことを考えて、やめた。それで普段通り、地下鉄に乗ることにした。路線案内によれば、ステーションまでの直通はないが、一回乗り換えれば着くらしい。その距離分の金額を払って、切符をダウンロードして、俺は地下鉄に乗り込んだ。


 見慣れた光景だったが、車内には色々な星の人がいた。部長のように頬に触手を持つ人もいれば、四本腕を持つ人もいる。蛇のような眼をした人もいるし、地球人の様に二足歩行をする人だっていた。その人々が各々の目的地に着いて、降りてゆく波を眺めていた。乗り換えの駅に着いたとき、俺もその波に交じった。もまれながらどうにか目的の番号につき、車両に乗り込む。座れたことがうれしかったが、そのうち乗り込んでくる人が増えて、そのうち窮屈になった。どうして鉄道は数世紀前から姿かたちを変えないのか、不満に思う。そのうち、頭の中で文句を吐くのが面倒になって、早く駅につかないかとだけ考えた。


 一時間もすると、銀河ステーションに到着した。地下鉄と同じように、ステーションは混雑している。改札を通るのに一苦労したが、抜ければ意外と空いていた。


 銀河鉄道はすべて、その星の夜に発車する。航路が視認しやすいからとか、恒星の重力から逃げやすいからだと、いろんな理由を聞いた。どちらにせよ、今はまだ夕方だから、かなり時間が残っていた。それでステーション内を巡ることにしたが、一時間もしないうちに見たいところがなくなっていた。それで、ロビーのベンチに腰を下ろした。


 気が付くと、目を閉じていた。はじめのうちはこの惑星に来た時のことを思い出していた。地海すらも埋め尽くしたように並ぶ人工物を見て、遥か未来に来たようで圧巻だったな。異星人ばかりで戸惑ったな。そんなことばかりが浮かんでいた。そのうち、この星で働いていたことと、来る前のこととを交互に思い返していた。最後に思い出したのは、この星に来る一年前の、冬のことだった。

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