30話 彼の正体

「おおーい! お頭ぁ!!」

「船長って呼べつったろうが! それからそれ以上不用意に灯台に近づくなよ」

「へえ、わかってまさぁ。ただ……」

「なんだ」

「すごいんです、この石鹸!」


 虎と豹の獣人の手下が川の方からやってきた。


「なんだ、石鹸がどうしたグリューン、ヒューイ」

「ここで作ったっていう石鹸を借りたんだけど、良く泡立つしほら! 毛がふわふわさらさらになったんだ」

「俺はお肌が敏感だからよく分かる。お頭、この石鹸はいいものだ!」


 人間よりも毛深い獣人の二人はココナツ石鹸がとても気に入ったらしい。

 グェンは石鹸を手にしてクンクンと匂いを嗅いでいる。


「使ってみるか」


 グェンはズンズンと川に向かう。そしてバサッとシャツを脱ぎ捨てた。


「あ……」

「何だ? ああ背中の入れ墨か。初めてみるか」

「は、はい」


 それは太陽が王冠を抱いている柄だった。それが引き締まった逞しい褐色の背中に彫り込まれている。


「ふーん、なるほど。いい感じだ」


 グェンはそう言いながら全身を洗っていた。


「おいお前ら」

「ああ! 坊ちゃん、この石鹸を譲ってくれねぇか?」

「へ?」

「もちろんお代は払うさ。子供からゆするほど落ちぶれちゃいねぇ」

「いいですよ! 本当は輸出したかったんですけど定期連絡船に断られちゃったものなんです」


 叔父さんはこのセントベル島の物品を買い取ってくれない。船長が自分達の間でさばけるくらいがせいぜいなんだ。だから別のルートを探さなければならなかった。

 もしかすると、彼らがそのルートとなってくれるのかもしれない。


「グェン船長、よかったら僕達と取引しません?」

「え?」

「この島の物品を売りさばいて貰えませんか」

「……俺達は商船じゃねぇぞ」

「そんなの商船にしちゃえばいいんです」


 僕は灯台にひとっ走り向かい、紙とペンを持ってきた。


「ミラージュ号を公式の商船としてルベルニア本土への着港、及び取引をセントベル領領主、アレン・キャベンディッシュが認める。で、ここに印を押して……これで正式な許可証になります」

「お前……俺なんかをそんな信用してもいいのか?」

「ええ。なんとなくですけど」


 誇り高く、僕みたいな子供に対しても優しい彼が、本当に好きで海賊をしているようには見えなかったんだ。


「……アレン。いやアレン殿。俺は必ずこの地に利益をもたらすと約束しよう」

「うん、よろしくお願いします」


 こうしてグェン船長率いるミラージュ号は、売れ残りの石鹸を山と積んでセントベル島を去っていった。


「売れるといいなぁ」

「それにしてもあっさり信頼を寄せたものですね」


 セドリックがそう言って海を眺める僕の隣に立った。


「やだなぁ……セドリックが昔教えてくれたんじゃない。昔、虐げられた獣人を助ける義賊がいたって。その義賊は処刑直前に断頭台を壊して逃げていった。王様はその勇猛さに恩赦を授けた」

「はい」

「その義賊の背中には……太陽と王冠の入れ墨があったってさ」

「ふふふ。もしかしたら私達は大変な味方を手に入れたかもしれませんね」


 今よりうんと小さい時に聞いた義賊グェンエンリーの物語……。

 初めはグェンがまるでそのおとぎ話の主役みたいだって思ったんだ。

 だけど、あの背中の入れ墨を見て確信した。

 彼はあの義賊グェンエンリーそのものだということに。


「それでは次の船が来る前に、石鹸を沢山つくって置かないとですね、アレン様?」

「そうだね。それじゃ早速ココナツを穫りに行こう!」


 僕達は早速ココナツを取りに行き、その日からせっせと石鹸作りに精を出した。


「うまく行くといいけれど……」


 僕はグェンの商売が順調に運ぶことを祈りつつ、ココナツをパカンと割った。

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