28話 山羊のチーズ

「めええええええっ!!」

「わっ……大きい」


 僕はラリサが捕まえてきた雄山羊を見てぎょっとした。

 ラリサは何故だか急に山羊を増やすと言いだして、ヴィオを連れて平地に乗り出していった。そして半日後には雄山羊と雌山羊を二頭捕まえてきた。


「なんだってこんな」

「ホテルを作るんでしょう、お館様。だったらミルクもその加工品も沢山要ります」

「そうか……」

「それに、ある物を作りたくて……」

「え?」


 ラリサはマリーに目配せをしてふふふ、と笑っている。


「何を作るつもりなんだい」

「それは……見てのお楽しみです」


 ラリサは山羊を木に繋ぐと、乳を搾りはじめた。それを湯煎していく。


「何か酢とかすっぱいものを入れます。今回はこの柑橘です」


 マリーがそう説明しながら、島にいくらでもある柑橘類の汁を搾って乳に加える。

 すると乳が分離していく。それをすくって、ザルで水切りをした。


「これでカッテージチーズの出来上がりです」

「これは……」

「いやあ……チーズを作りたいと思って。新鮮な乳製品が足りないなとつくづく思っていた所に、マリーがレシピを知っているというものだからですね」

「うんうん」


 僕が指示を出さなくても、ラリサが自分で動いてくれたことが嬉しかった。

 ここに来たばかりのころ、何度もラリサが僕にやれることをやればいいと言っていたのを思い出した。


「さ、できました!」


 夕食は魚の燻製と、カッテージチーズ入りの椰子とパパイヤのサラダだった。


「本当に……チーズなんて久し振りだね」

「燻製すると少し日持ちもするそうです。いずれ本格的なチーズ作りにも着手いたします」

「うん、任せた」


 そのチーズよりも気になるのが実はそこにいるんだよね。


「うん、うまい! ラリサさんの料理はうまい!」

「ヴィオ、カラ。帰らなかったのか」

「うん、乳を搾っていたら日が暮れてしまった。今日はここに泊まるよ」

「そう……」


 カラはラリサと寝ればいい。でもヴィオはセドリックと一緒に寝て貰おう。ラリサの側には行かせないからな!!


「さて……」


 お腹いっぱいになった僕はみんなから離れて、浜辺にきた。


「べえええ」

「べえこちゃん」


 べえこちゃんは今はもう僕らになれて、ロープで繋がなくなっても逃げたりしない。


「べえええ……」

「かわいいねぇ」


 顔をこすりつけているべえこちゃんの背中を撫でながら、どこまでも続いていそうな星空を眺める。


「やっと領地らしくなってきました、父様」


 今はもういない父親に、僕はそう語りかける。


「……叔父様からセロン領を取り返すまで、まだまだかかると思うけど、見守っていてください」


 そう言ってから僕はキョロキョロとあたりを見渡して、誰もいないことを確かめた。


「お義母様と、ラルフが無事でいますように……」


 セドリックとラリサはお義母様のことがあまり好きではないみたいだから。でも……それでも二人は家族だ。


「……できれば、また元通りに暮らして行きたい」


 そこに父様はいないけれど。そう思うと久々に涙が出そうで、僕は上を向いた。


「さて、帰るか」


 そう思って僕が立ち上がった時だった。真っ暗な海に何かがチラリと見える。


「え?」


 海の向こうに灯り? いや……? もしかして人魂……!?


「うああああっ」


 僕は転げるようにして灯台へと戻った。


「ひっ、ひ、ひ……!」

「どうしたんですか、アレン様」

「人魂がでたーーーー!」


 僕の絶叫に、なんだなんだとみんな集まってくる。


「人魂だって!?」


 ヴィオが槍を手にした。


「どこだ、アレン!」

「あああああっち!」


 僕についてぞろぞろとみんなが浜辺に出る。


「ほら!」

「本当だ!!」


 ヴィオが目を丸くする横で、セドリックが冷静な声を出す。


「うーん、あれは船の灯りじゃないですかね」

「えっ、灯り?」

「……人工光です、マスター」

「マリーまで!?」


 なあんだ。人魂じゃなかったのか、と僕が胸を撫で降ろす一方で、ラリサが走り出した。


「ラリサ、どうした」

「お館様、敵です。武装をしないと……!」

「うえぇ!?」


 僕がセドリックを振り返ると、彼もコクコクと頷いた。


「こんな時間にこんな所にくる船なんてロクでもありません」

「っていうと……」

「恐らくは海賊船でしょう」

「か、海賊船!?」


 僕が素っ頓狂な声を出している横で、皆武器を取りに灯台へと走っていった。


「大型船より、小舟が下ろされました。何人かがこちらに向かう模様です」


 マリーのからくり細工の目には、僕達には見えないなにかが見えているらしい。


「マスター、彼らを排除しますか?」


 黒いクリクリとした目になんの表情も浮かべずにマリーはそう言った。


「うーむ……。まずは対話してみようと思う」

「かしこまりました」

「誰かが怪我をしそうになったら頼むよ」

「はい、マスター」


 武器を取りに行ったみんなも浜辺に戻って来た。

 焚き火を焚いて、ここにいることをアピールする。

 僕達はじっと、小舟がこちらに向かってくるのを待っていた。

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