26話 メイドロボット・マリー
「はあ……はあ……重い」
人形を背負って浜辺まで降りたセドリックは汗びっしょりになっていた。
「ごめんね」
「いえ、これが必要だとアレン様が思ったのならがんばりますよ」
そしてどうにか筏にその人形を載せると、ぐるりと島を半周して灯台に戻った。
「お帰りなさい! 何かありましたか!?」
ラリサとヴィオが駆け寄ってくる。僕はにこにこしながら、筏から人形をひっぱりあげた。
「ぎゃっ!?」
ふたりは声を揃えて叫んだ。
「死体じゃなくて人形だからね!」
やっぱりこういう反応になるか。これの真価は修復してみないと見せられない。
だけどそのための魔力がもうない。
「ふう……」
「あっ、アレン様!」
僕は拠点に戻った安堵感からぶっ倒れてしまった。
それから僕はせっせと人形の修復に取り組んだ。この人形は本当に複雑で、何度も魔力切れで倒れながら修復すること……二週間もかかった。
「で、できた!!」
僕はよろよろしながら灯台の外に出る。ああ、太陽が黄色い。
「アレン様!」
灯台からのそりと出て来た僕に、セドリックやカラ達が駆けつけてきた。
「やっと出来たのか?」
カラのアメジストの瞳が好奇心にキラキラと輝いている。
「ああ。みんな、入っておいで」
僕は全員を灯台の中に招き入れた。そして中央に布をかぶせた人形の前に皆を並べる。
「いいかい……じゃんっ!」
ばさっと布を剥がす。その下から現われた人形。その人形がゆっくりと目を開く。
「わぁっ!? 動いた」
カラが慌ててヴィオに縋り付く。ヴィオは持っていた槍を構えた。
「ははは、大丈夫だよ。さ、みんなに挨拶して」
「――はい、マスター」
人形は顔をあげるとぐるりとみんなを見渡した。
「私はマリー。家政用人型ロボットです」
「ロボットっていうのはすごいからくり人形のことみたいだ」
僕はそう補足した。からくり人形っていってもとても精巧に作られていて、ペンダントよりずっと複雑だった。
「マリー、うちのものを紹介するね。炊事や狩りを担当している……あ、あと護衛もだ。ラリサ。それから僕の教育係のセドリック」
「ラリサ様、セドリック様。認識しました」
「うん。それから近くの集落のカラとヴィオの兄妹。彼らにはとてもお世話になってる」
「カラ様――ヴィオ様」
黒く真っ直ぐな髪と黒い瞳のマリーは本当の人形のようだが、ときおりキュィ……と動くと音がする。
「皆様、私の任務は皆様の健康で安全な生活を維持することです」
「うん、よろしくね」
「はい、マスター」
僕がそう言うと、マリーはにっこりと笑った。
「間もなく正午になります。ランチの準備に入ります」
「ああ、頼む。食事は今までラリサが担当していた。かまどの使い方とかは聞いてくれ」
「はい、マスター」
「あ、あの……お館様?」
とんとんと進む僕とマリーの会話に、ラリサは少々戸惑っているようだ。
「ラリサ、今まで食事の準備で本来の役目が果たせなかったろ? 炊事と掃除はこれからマリーの仕事だ。まかせてくれ」
「は、はい……でも私、ご飯作りが嫌な訳ではないですよ」
「だけど、ラリサを留守番にすることが多かったろ。僕はセドリックとラリサとこの領地を繁栄させていきたいんだ」
「……分かりました」
ラリサは頷くと、マリーを連れてかまどの方に向かった。
「と、いう訳で、からくり人形のマリーが僕らの仲間に加わった訳だ」
「へぇー」
カラは滑らかに歩いて行く、マリーの後ろ姿を見送って、ため息をついた。
「あれが人形……」
「びっくりだよね」
そう、僕がカラに笑いかけた時だった。
「わーーーーっ!!」
ラリサの叫び声がする。
「なんだなんだ」
僕達は様子を見に外に出た。すると、ラリサがマリーにしがみついている。
「外敵を発見しました。排除します」
「それは排除しちゃだめええええ!!」
「めええええええ!」
その前には白いふさふさの尻尾をピコピコ揺らしているべえこちゃんがいる。
「マリー、言い忘れてたけどうちのペット兼家畜の山羊のべえこちゃんだ。べえこちゃんは排除しちゃいけない」
「分かりました、マスター」
「はぁはぁ……びっくりした」
ラリサは相当焦ったのだろう。額の脂汗を拭った。
「マリーには家族以外の人間に対する警戒モードがあるらしいんだ」
「も、もっと穏当なものにできませんか」
「うん。そうするね」
僕はマリーの警戒モードを警報を鳴らすだけに設定しなおした。
さてさて、これで昼食の準備に取りかかれる。
マリーは食材や調味料をじっと見つめるとコクリと頷いた。
「それでは調理に入ります」
時折、道具の場所や火の使い方をラリサに聞く以外は黙々と作業をしている。
そうして出来上がったのは、芋のフライ、魚のココナツとカレーの煮込みと焼きたてのパンだった。
「美味しい!」
「本当だ」
スパイスで臭みを消した魚をココナツの風味がまろやかに包み混んでいる。芋のフライはさいの目に切った芋に衣をつけてあげたもので、ぽくぽくとした食感が楽しい。
それより何より、この味付けの繊細さ!
ラリサの手料理は美味しいけど、プロのシェフの味とはいかないからな。
だけど、一つ問題がある。
「美味しいけど、本土からの小麦粉と油を多く使ってしまうのは駄目だ、マリー」
「はい、マスター。心得ました」
「他にも注意事項を教えてやって、ラリサ」
「わかりました。お館様」
有り余るほど食材があるわけではない、島の僕らの生活に合わせて、マリーが覚えることはまだまだありそうだ。
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