絶海孤島の領地を与えられた僕は、この未開の地を世界一の楽園【リゾート】にすると決めました!~追放されたけれど、修復スキルを得た僕はここを最高に幸福な場所にします~

高井うしお

第一章

1話 僕に降りかかった不幸

 それは僕、アレン・キャベンディッシュに襲いかかった不幸の仕上げだった。

 ひとつは僕のスキルが『修復』という貴族らしくない戦闘系ではないスキルだったこと。

 もうひとつは尊敬する立派な領主だった父様が急死したこと。

 そして最後が……。


「あの絶海孤島の領地を治めろなんて、僕に死ねということですか!?」

「それを成すまで相続権は認められん」


 後見人となった叔父サミュエルの言葉に、僕は耳を疑う。


「父が亡くなった今、このセロン領を継ぐのは僕です。叔父様はまさかこの領地を乗っ取ろうとしているのですか」

「人聞きの悪い……。アレン、君こそたった十二歳でこのセロン領をどうしようというのだ。後見人としてその度量を図ろうというのは真っ当な行為だろう?」

「しかし……あの島にはなにもありません。体のいい厄介払いではないですか!」


 僕がそう言うと、叔父様は今まで見た事のない険しい顔で僕を怒鳴りつけた。


「黙れ! 私に刃向かうことは許さない」


 亡くなった父上から僕の養育の全てを任せる旨の遺言状を受け取ったサミュエル叔父は飽くまで強気だった。


「火でも風でもない『修復』などというスキルしか持たない出来損ないのお前に、私はチャンスを与えようとしているのだぞ」


 ここで僕に残された選択肢は二つ。

 大人しく叔父の言う通り、キャベンディッシュ家の飛び地の領地である絶海の孤島・セントベル島に向かうか、相続されるべき財産も土地も全てを諦めてこの家を捨てるか。


「……お義母様も何か言ってください。こんなのはおかしいです!」

「アレン、叔父様の言うことを聞かねばなりませんよ」


 幼い弟のラルフを抱いた義理の母は、ふっと僕から目を逸らした。

 ああ……父様が生きていた時は、血のつながりなんて感じさせないくらいに優しかったのに、義母はもう叔父様の傀儡だ。


 ……僕を育み、父様が愛したこの地を捨てるなんてことは出来ない。


「わかりました……叔父様、僕はセントベル島に向かいます」


 僕は絶望の中で、そう答えを絞り出した。


***


 数日後、僕は船の中にいた。何度も船酔いで嘔吐して、外の空気を吸いたくて甲板に出ている。


「おええーっ……。たどり着く前に死んじゃいそう」

「アレン様、大丈夫ですか」


 手すりに縋り付いては海面に向かって吐く僕の背中をさすってくれているのはお付き兼教育係のセドリックだ。淡い金髪をゆるく束ね、若草色の目をした彼は優しげな風貌そのままの穏やかな調子で僕に問いかけた。


「坊ちゃま、布巾を濡らしてきました。ほらひんやりしますよ」


 そう言っておでこに濡れ布巾を当ててくれるのは僕より五つ年長の長い赤い髪を頭上でまとめた護衛の女騎士ラリサ。


 二人とも、僕が小さい時から最も側にいたキャベンディッシュ家の家人だ。

 そして……僕の島流し同然のセントベルへの旅に何もかもを捨ててついてきてくれた。

 もしかしたら片道の旅になるかもしれないのに。


「あっ……島影が見えました」


 目のいいラリサが海上を指差す。

 しばらくするとその方向に、大きな島が見えて来た。

 船はその島に近づくと、小舟に僕達と積み荷を下ろした。島の周りは遠浅で、港も無く大きな船は近づけないのだ。


「ここが……セントベル島……」


 僕はあたりを見渡した。岩壁の入り江にはぼろく古びた灯台がひとつ。そして美しい白い砂浜。強い海風が僕の焦げ茶の髪を揺らす。後は鬱蒼としたジャングルの森が広がっている。


「これが領地だって? 建物も領民も何もないじゃないか」


 想像以上の島の姿になんだか僕は笑えてきた。でも僕にはもう帰る術も場所もない。何もかもを叔父に奪われてしまった。


「セドリック、ラリサ……僕についてきてくれるかい」

「今さら何を聞きますか」

「当然です」


 二人は当り前だ、という顔をして僕の言葉に頷いた。


「僕はこの土地を楽園にしてみせるよ。そうだな……誰もが憧れる南国のリゾート! なんてどうだろう」


 僕はそう言って、どこまでも青く続く海を見つめた。


「必ずこの地の開発を成功させて、僕を認めさせてみせるからな」


 そしていつかきっと叔父様からあの緑豊かなセロン領を取り戻す。そう決意した。


 ――ゴロゴロ、ゴロゴロ


 ん? なんの音だろう。


「坊ちゃま、雨です!」

「うわ! 本当だ」


 ラリサの叫び声に視線を移すと、海の向こうの空が真っ黒になっている。


「大変だ。どこかに避難しないと積み荷もパァになっちゃうぞ」


 積み荷の中身はここしばらく生きていける物資だ。これが失われたら開発の前にのたれ死にだ。


「雨を凌げるところって……建物はこれしかないじゃないか。セドリック、ラリサ! 灯台に急げ」


 小舟を引きながら僕達は灯台に急いだ。


「荷物を引き上げろ!」


 三人でえっちらおっちら灯台の中に積み荷を運んでいく。ようやく全部の荷物を運び入れたところでバケツをひっくり帰したような雨が降り出した。


「熱帯雨……スコールですね。アレン様」


 セドリックは興味深そうに外を覗いている。


「やれやれ大変だな……あ、あれ……?」

「すごい雨漏りです! きゃあ」


 背中に雨だれを受けたラリサが悲鳴をあげた。思った以上にこの灯台はボロボロのようだ。


「風で弾くのにも限界があります」


 セドリックは魔法で風を起こして荷物をなんとか守ろうとしている。


「えーっとどうしよう。……そうだ」


 僕は灯台の壁面に触れた。ああ……頭に灯台の構造が流れ込んでくる。どこに穴が空いて損傷しているか、手に取るようにわかる。

 これが僕のスキル『修復』の力だ。


「『修復』。朽ちた灯台をもとの姿に戻せ!」


 ありったけの魔力を籠めてそう叫ぶ。すると灯台がびりびりと振動をはじめた。壁が白く色を変える。穴の空いた天井が塞がっていく。そして塔上の焼き切れていた魔石回路が修復して光を放つ。


「アレン様!」

「で、できた……ははは」


 ここまで大きなものを修復したのははじめてた。大きい魔力を使ったことで、僕はへなへなと力が抜けてしまった。


「これで荷物も僕等も濡れないね、ラリサ」

「はい、ですけど……こんな無理して大丈夫ですか」


 よろめいた僕を、ラリサが心配そうに支えている。


「僕はここの領主だもの。ラリサ達は領民だ。僕が体を張らなくてどうするの」

「坊ちゃ……いえ、お館様……ありがとうございます」


 ラリサの笑顔に、僕は満足気に頷いた。


「『修復』スキルか……使えるじゃないか。僕は出来損ないでも役立たずでもないぞ」


 僕は大きな灯台を一瞬で修復した自分の両手を見つめた。

 このスキルに、信頼ある仲間が二人。上等だ。やってやる。


「セントベル領領主、アレン・キャベンディッシュ! 本日よりこの地を治め、発展に尽くします!」


 僕はそう叫ぶと両の拳を天に突き上げた。


 ――孤島生活、一日目。次の連絡船が寄港するまであと三ヶ月。

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