第143話怖がっていたわたくしでは無い

そんなこんなで気が付けばわたくしの周りには数名の使用人達が集まっており一緒に子犬の動画を眺めているうちに、本日の朝食が各々の座っている席の前に置かれ始めた為、どうやら皆様揃ったみたいである。


そしてわたくしの目の前に置かれた朝食であるのだが、白いご飯に赤い身をしている『さけ』という魚の焼いた切り身、『おみそしる』という『みそ』という調味料を溶かして出来たスープ、卵焼きに葉野菜を湯通ししただけに見える『ほうれんそうのおひたし』に『かつおぶし』という茶色い木屑の様な物が乗っている料理で全てである。


そしてテーブルの三か所に蔦で編まれた籠に生卵と『なっとう』という大豆で出来た発酵食品、そして『のり』という黒い紙の様な物がご飯のお供として置かれており、各々自由にそれらを使ってご飯を食べても良いし、焼き魚でご飯を食べても良いという形式である。


そしてわたくしは今日こそ生卵でご飯を食べてやると密かに意気込みながら「いただきます」と手を合わせる。


今のわたくしは以前の、生の卵を怖がっていたわたくしでは無いのだ。


生の魚の肉や、スライムの様な見た目の物を食べて来た今のわたくしにとっては、生の卵をご飯にかけて食べる等恐るるに足らず。


そう思いながらわたくしは生の卵を手に取り、ご飯の上へ落として『おしょうゆ』をひと回しする。


あぁ、もうこの『おしょうゆ』をかけただけでおいしそうに思えてくる。


そしてわたくしは周りの皆様がやるように、焼き魚に『おひたし』、そして卵焼きへと数滴この『おしょうゆ』を垂らしていく。


一見質素に見える朝食。


ソーセージも無ければ目玉焼きもパンもバターもジャムも無いし、サラダも無い。


けれどもソーセージの代わりに焼き魚、目玉焼きの代わりに卵焼き、パンの代わりにライスを炊いた白ご飯にそのお供、サラダの代わりに『おひたし』がある。


ここに嫁ぐ前であれば朝食を食べもせず元に戻す様に言いつけたかもしれないのだが、今のわたくしは王国風にしてと言うつもりも無ければむしろこっちの方が良いとさえ思える。


以前であるのならばきっと、海で獲れた魚を焼いたものはパサパサして苦手ですし、かといって川で獲れた魚は泥臭くて苦手ですし、黄身が半熟どころか混ぜて焼き固めている等言語道断ですし、白ご飯のお供は生の卵にねばねばした臭い大豆に黒い紙ですし、湯通しした葉野菜など野菜のシャキシャキとした食感が損なわれてしまっている、等と思ってしまいそうですし、実際思うのであろう。


こうして固定概念に囚われ、本来であれば出会うはずであった美食との出会いを見過ごしていたかもしれないと思うと、美食家達が見下すために毎回毎回言っているのだと思っていた「食わず嫌いは勿体ない」という言葉の意味が分かった気がした。


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