第75話物足りなく感じてしまう

「ア、アイリス?」

「シュバルツ殿下ぁ、痛いですぅーっ!」


そして放り投げて来た物の正体はアイリスであった。

それと同時に雑に放り投げたのがアイリスと分かり、俺の怒りは更に深くなって行く。


「貴様の女ならば首輪をしっかりつけておけ。弟のカイザルにも最近色目使っている様な尻軽女など不幸を巻き散らす迷惑な行為以外の何物でもないからな」


やはりこの無能で老害な父上はアイリスの事を何も分かっていない様である。


「アイリスがカイザルに色目?フン、そんな分かりやすい嘘をついて俺が騙されるとでも思ったのか?そんな事も分からないから父上は無能なんだよっ!」


そして俺はそんな父上に父上が無能である事を叫ぶとアイリスを立たせて自分の足で外へと出て行く。


「触るなっ!自分で歩けるわこのクズめっ!」

「そうも行きません。それに今の貴方は私より立場は下であると言う事を良い加減分かりましょうか?」


しかし途中で衛兵が俺の腰のベルトを掴んでくる為触れない様に言うもまるで俺の方が聞き分けの出来ないような扱いを受け、そのまま外に配置された馬車でアイリスと共に隣町まで向かうのであった。





本日の晩ご飯はシノミヤ家のルールにより王国の伝統的な家庭料理、鹿肉のパイであった。


美味しい、確かに鹿肉のパイも貴族のパーティーで出てもおかしくない程美味しかったのだけれどもやはり何というか、今のわたくしには少し、いや、かなり物足りなく感じてしまう。


そしてその物足りなさが明日の日本旅行への期待へと膨らんで行き、興奮で今夜は寝れそうにもない。


こんなに明日が楽しみで仕方ないのは生まれて初めてではなかろうか?


良く弟が父上と一緒に行く鹿狩りの前日等には興奮して寝れないとは言っていたのだけれども、その意味がこの歳にしてようやっと分かったと同時に、弟にとって父上との鹿狩りはこんなにも興奮してしまう程楽しみな事の一つだったのであろう。


「奥方様、明日が楽しみで仕方ないといった感じですね」

「ええ、こんなに楽しみだと思った事は今までございませんので少し戸惑っていますわ」


そしてそのまま昔の事を思い出し悲しい感情が襲ってこようとしたその前にルルゥに声をかけてもらい何とか襲われずに済んだ。


今のわたくしにはルルゥがいる。


ミヤーコもいる。


シノミヤ家の使用人達もいる。


そして何よりもわたくしには旦那様がいる。


そう思うと不思議と悲しい気持ちは霧散して行った。


「でも、このまま寝れずに夜更かししてしまうと寝坊して置いていかれるかもしれませんよぉー」

「もうっ、小さな時ならいざ知らず成人のわたくしは分別の効かない子供では無いのですから。むしろわたくしよりもルルゥの方が楽しみで仕方ないと思っているのでは?」

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