第20話それが全てである
◆
奴隷。
その言葉でわたくしは目に前が真っ暗になった様な感覚に陥ってしまう。
わたくしが奴隷に落ちるなど一ヶ月前のわたくしは想像もしていなかった展開である。
「まったく。 そんなんだからいつも他人に勘違いされるのでしょうに」
「いやしかしだな、ルルゥよ。 そうは言っても今から行う行為は奴隷契約の一種である事は間違いない訳であるのだから、そういう事は隠さず嘘をつかずちゃんと話すべきだろう?」
「別に嘘をつけとか騙せとか言っている訳ではないでしょう。 どういう内容の契約か初めに伝えれば良いだけなのに何で毎回毎回勘違いされやすい事から言ってしまうんですか」
そしてわたくしは『何でもする』と言った手前奴隷契約を断る事が出来ずにいると、旦那様の横に居たメイド(一般的なメイド服ではなく旦那様の着ている服に白い前掛けを羽織っている)であろう四十代程の羊族の女性が呆れ声を隠す素振りも見せず旦那様へ苦言を言い始めるではないか。
わたくしのお父様の事を振り返ってみてもそうである様に、いくら彼女がメイドの中では偉い存在であったとしても旦那様からすればたかがいちメイドの一人にしか見えない。
もし、あのメイドが苦言を上げている相手がわたくしのお父様であったのならば即刻クビであろう。
しかしながら目の前で繰り広げられている光景は、何処かメイドと旦那様との目に見えない信頼関係の様な物を感じて少しだけ嫉妬してしまう。
もし、わたくしとシュバルツ殿下との間にもこのメイドと旦那様の様な信頼感が有れば、いまわたくしは違った未来を歩めているのかもしれないなどと、有りもしない未来の事を思ってしまう。
わたくしはシュバルツ殿下の事を愛そうとする事も無ければ知ろうともしなかったし、シュバルツ殿下もわたくしの事をわたくしと同じく愛そううとする事も無ければ知ろうともしなかった。
それが全てである。
「ほら、旦那様がその様な事を言うから奥方様が不安になられて泣いてしまわれたではないですか。あーよしよし、大丈夫ですよー。 旦那様は舌っ足らずなだけですからねー。 ただただ不器用なだけですから」
悔しさなのか、後悔なのか、懺悔なのか、悲しさなのか、寂しさなのかよく分からない、もしかしたらそれら全てがない混ぜになったかの様な感情に襲われて思わず涙を流してしまった。
今まで泣くもんかと我慢をしてきたのだが一回出してしまうともうダメだ。
まるで崩壊したダムであるかの様に涙が次から次へとながれ落ち、止めようと思っても止める事が出来ない。
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