第67話 歓喜と恐怖
私は檸檬のことが好き。
それを認めてしまってからは、檸檬の周りにいる女性に嫉妬心を抱いてしまう自分に、私自身が当惑してしまった。
不安になってしまうのだ。
またかつてのように好きな人が私のもとから去ってしまうかもしれない。そんな不安が過去の忘れてしまった辛い記憶に手を伸ばそうとする。
檸檬が美香さんと一緒にお店に入ってきた時が最初だった。
二人の姿を見た瞬間に私は嫉妬のあまり胸が張り裂けるかと思った。”私の檸檬を取らないで!!”私の心はそう叫んでいた。
ついに私は自分の心をコントロールすることができないままパニック発作まで起こしてしまった。
檸檬が女性に人気があるのは分っていた。
私は女性しか好きになれない人間だからよく分かる。
だから檸檬本人には絶対言えないけど、檸檬を始めてみた時にその外見の美しさに心が騒いだ。
私は彼女ともっと深く関わりたい一心でモデルのオーデションを受けることを勧めた。
彼女がモデルになるのは簡単だということは分ったいたから。だからモデルと言う私との共通のベースができればきっと関係は深くなれると思った。
”きっと檸檬はオーデションで優勝する”
その確信があった。
でもそのことが、私にとっては事態を悪い方に向かわせてしまった。
そのことをこともあろうか裕子さんに気付かれてしまった。
だから私は裕子さんと檸檬が一緒にいる姿を見て驚愕した。
檸檬は裕子さんは私を心配し、”私に”会いに来たと言っていた。もちろんそれもあるかもしれない。
でも、それだけではない。
裕子さんは檸檬の写真を見ただけで彼女の才能を見抜いてしまった。だからわざわざ盛岡まで来て檸檬に会いに来たんだ。
あの日以来、檸檬がどこかに行ってしまうんじゃないかと言う不安で私は押しつぶされそうだった。
”檸檬を裕子さんに奪われる”
理論的にはそんなことは起こり得ないのに、なぜかそんな妄想に近い想像ばかりが頭から離れない。
私はモデルという仕事を投げ出して、人生に見切りをつけてからはまるで糸の切れた凧のように世間を流れゆくままに生きてきた。
社会というものからずっと距離を置いて生きて来てしまった。
だから自分が普通でないことにはとっくに気付いている。
自分のことしか考えられない社会性のない大人。
でも檸檬に会ってからは少しづつ自分を変えようとう気持ちが芽生えた。
今のままでは、いつか檸檬に嫌われてしまうかもしれないから。
それが私のモチベーションだった。
私は檸檬が望んでくれているような一人前の大人として自立できるようになろうと思った。
それからは、何事からも”逃げる”ことをやめようと思った。
特に……私がこんなになってしまった原因でもある裕子さんとの関係。
まずは裕子さんから逃げてばかりいないで、ちゃんと裕子さんと再会して過去の清算をしっかりやろうと思った。
でも現実は私が考えるように甘い話にはなってくれなかった。
こともあろうか、私がずっと不安に思っていたこと、つまり裕子さんが檸檬を奪ってしまうということが現実に起ころうとしてしまった。
「檸檬、Kスタジオに入りなさい」
私はこの言葉を聞いた瞬間に、パニックを起こしてしまった。
せっかくモデルという職業を介して檸檬との距離が縮まったと思っていたのに。
檸檬がモデルとして裕子さんのいるKスタジオに引っ張られてしまう。
そうすれば、私の存在価値が全くなくなってしまう。
過去に裕子さんは私を受け入れてはくれず、結果的に私は全てを失った。
そして今度はその裕子さんが、私からまた私の全てである檸檬を奪おうとしている。
許せなかった。
なんであなたは私からいつもいつも大切なものを奪っていくの?
せっかく檸檬との距離が少しづつ縮まってきていたのに……ここで檸檬と離れてしまったら、もう私は何もできない。
いますぐ、檸檬を盛岡に連れ帰りたい。
そして今まで通り、あのドラッグストアーで楽しい時間を過ごしたい。
でもそれをしてしまうと……
檸檬のモデルとしての可能性を奪ってしまうかもしれない。
私が子供っぽい独占欲を貫いてしまえば……
せっかく社会性のある大人になろうと思っていたのに……
これでは檸檬の為にも私の為にもいい選択にならない。
それは頭では分る……分るんだけど……
もう私は自分の考えられるキャパシティーを超えてしまい思考停止をしてしまった。ただただ不安で、昔のふる傷である左手首が疼いた……
その時……
檸檬が発した言葉が、私の心を鋭く貫いてしまった。
「私は維澄さんを”愛している!!”」
彼女からは何度も「好きだ」という言葉を聞かれていた。もしかすると”愛している”という言葉も聴いたことがるのかもしれない。
でも……この時、檸檬が発した”愛している”という響きは明らかに今までとは違っていた。
だからこんなにも私の心の奥深くに突き刺さってきた。
そしてその言葉は、私が過去につけた「心の傷」にまで届こうとした。
私は檸檬の「愛している」という言葉は「歓喜」と「恐怖」がないまぜになった状態で心の深い部分を響かせてしまった。
うれしい!!
私の心が叫んだ。
でもだからこそ、そんな檸檬が私の元から去ってしまったらという恐怖が同時に芽生えてしまった。
また私の元から全てがなくなってしまうと言う恐怖。
その恐怖を想像して……
私は……
ついに心のコントロールを失った。
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