第50話 何気ない幸せ
”も~いくつ寝ると~お正月~♪”
そう心待ちにしていた元旦の夕方。
私はベッドの中にいる。
しかも……ここ数日、全く外出できていない。
そう、維澄さんに電話で”初詣”の約束を取り付けた翌朝。
関節の節々があまりに痛く、熱を計ると38度以上もある。
私はすぐに近所のかかりつけ医を受診した。
「あ~A型だね」
「え?何が?」
「だからインフルエンザ」
「え?インフルエンザなんです?……す、直ぐ治りますか?」
「最近は薬が効くから、明日には熱下がるんじゃないかな?」
「あ~よかった」
あぶない、危うく初詣にいけなくなるところだった。
「でも5日間は出歩いちゃダメだよ」
「え?なんで!?それは困ります!」
「困ると言われてもね~。周りに感染しちゃうからね」
「元旦の初詣はいけないですか?」
「そりゃ、人ごみの中に行くなんてもってのほかだね」
やってしまった。
初詣に行けない!?もう、オーデションの優勝祈願するのになんか運からメチャクチャ見はなされるじゃないの?いや、そんなことよりも維澄さんの振袖姿が見れないのが悔しすぎる!!
そんな訳で、本来なら昼間、維澄さんと二人で振袖を着て初詣という夢のような時間を過ごして、今頃は優勝祈願のお守りを眺めて二ヤニヤしているはずだったのにこうしてベッドの上で一人寂しい時を過ごしているのだ。
熱は既に下がったので体調はいたって良いのだが、家族への感染を考えるとあまり家の中でうろつく訳にもいかず今日はほぼ部屋に閉じこもっていた。
私は暇を持て余して、ベッドの上で適当に動画サイトを眺めていると……
1Fでチャイムの音が響いた。
元旦からお客さん?
親戚のお年賀だろうか?
たいして気にも留めずやり過ごしていると、弟の翔が階段を上がってくる音が聞こえた。
「おい、檸檬!お客さん!」
「え?私なの?」
「ああ、綺麗な女性」
げ!!まさか!
また上條さん?
元旦に来るか?!普通?
いや、あの人は常識とかあまり関係なさそう。自分がルールブックみたいなところあるからな~
でも、私もインフルエンザ感染者だし、それを理由に申し訳ないが帰ってもらおう。
私は一応、形だけ玄関から顔を出した。
「あ、お待たせしました……って、え!?」
「あ、檸檬!……あけましておめでとう!」
「お、おめでとうございます……な、なんだ維澄さんだったの?」
翔のヤツ、ワザと維澄さんって言わなかったな。確かに綺麗な女性だけどさ!
まあ嬉しいサプライズだからいいけど……
「どう?具合は?」
「ええ、もう熱下がって全然楽なんだけど……出歩けなくて」
「そうだよね……」
「で?維澄さん、どうしたの今日は?」
「その……初詣は別の日に一緒にと思ったけど、やっぱり元旦の祈願がいいと思って……」
そういって維澄さんはセカンドバッグからお守りの袋を取り出した。
「え?私の?」
「もちろんそうよ?……是非、檸檬には優勝してほしいから」
維澄さんは相変わらずいちいち”はにかみ”ながら、そう言って顔を赤くした。
こういう時の維澄さんは、元カリスマモデルといよりは一人の可愛らしい少女のように見える。
年末から元旦までインフルエンザで全くいいことなかったけど維澄さんのこんな姿を拝めることができて、元気いっぱいになってしまった。
インフルエンザでなければ、近づいてこの可愛い生き物を抱きしめていたでろう。
「そういえば、振袖は着なかったんですか?」
「なんで?一人でいくのに着る必要ないじゃない?」
「そうなの?……周りには沢山人いたでしょ?その人たちに見せつけてやればいいのに」
「そんなことしないわよ……檸檬と一緒だから着るっていっただけで」
「それは私だけが見ればいいという意味になるけど?」
「ああ……まあ、そうなるのかな?」
でた、維澄さんの天然攻撃!
ホントこの人ときたら!ホントに危険!。
「檸檬の体調が良くなったらまた改めて行こうね、優勝祈願」
「うん。絶対行くよ!」
そうだ、元旦でなくてもまた行くチャンスはいくらでもある。
維澄さんがこうしてナチュラルに誘ってくれるようになっいるのも嬉しい変化だ。
「じゃあ、ごめんね、今日は具合悪いところ訪ねちゃって」
「そんな……むしろ維澄さんに会えて元気になっちゃったよ!」
「フフ、じゃあ……檸檬、お大事にね」
「うん、維澄さんも気をつけて……」
何気ない会話。
でも、こんな会話がどれだけ嬉しい出来事か。
わざわざ私の為に”出不精”なはずの維澄さんが初詣に行って、その日にわざわざそのお守りを届けてくれた。
確かに一緒に初詣と言うイベントこそ逃してしまったが、これ以上何を望むことがあるのか?
これが幸せだということをしっかりかみしめなければならない。
結果……
ちょっとシチュエーションは変わってしまったが私はベッドの上で維澄さんに貰ったお守りを見ながら”ニヤニヤ”することが叶ったのだった。
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