第49話 がんばるよ!
"おめでとうございます。第一次審査に合格しました”
仙台で行われるオーデションの一次審査の結果がメールで届いた。
なんとなく一次審査は通ると思っていたが、いざそれが現実のものとなると手が震えるほどに動揺してしまっていた。
メールに気付いたのは夜の11時を回っていたが、すぐ維澄さんにはLineで知らせた。
するとLineの”既読”が表示されるやいなや……
Line通話の着信が鳴った。
「あ!檸檬!よかったね~」
喜びあふれんばかりの第一声。
維澄さんの声は透き通ったアルトだけど、この時の声のキーはいつもより高く心から”喜び”を表現する声色になっていた。
始めてこんな維澄さんのはしゃいだ声を聞くと、私はメールを見た瞬間よりもよほど喜びを実感してしまった。
「ありがとう、維澄さん。ぜったい維澄さんがプロデュースしたくれた写真のお陰だよね?」
「そんなことないよ。檸檬はホントに綺麗なんだから」
この人の場合、お世辞でそんなことは言わない。
例えそれが維澄さんの”私びいき”の色眼鏡が入っての評価だとしても、維澄さんが本心でそういってくれるのが嬉しくて嬉しくて、つい涙が零れそうになった。
「ん?どうしたの?檸檬?」
感極まって少し黙ってしまったので慌てて維澄さんが聞いてきた。
「維澄さんにそんなこと言われると、なんか嬉しくて……」
「もう、檸檬はいつも大げさなんだから」
そう言う維澄さんの声も少しこわばってたから、きっとウルウルしてるんだろうな。
「維澄さん?一応メール転送したから内容確認してください」
「わかった」
「ちゃんと指導してくださいね?」
「うん、頑張るよ。バレンタインの日だから後一ヵ月ちょっとだね」
このオーデションは、震災のチャリティーを兼ねているので集客することを想定としたイベントになっている。だからオーディションも大きなホテル会場でお客さんを前にした審査形式になる。
今回の一次審査を通ったのは30名ほどいるが最終選考の10人だけがお客さんの前で”お披露目”ということのようだ。
私はそもそもこのオーデションに参加したのは、維澄さんとの接点を増やすのが最大の目的だったのでそれほど”勝ちたい”というモチベーションがある訳ではない。
特に大勢の観客の前で素人丸出しのポージングするなんて想像すると、はずかしくて悶え死にそうだ。
ただ、維澄さんにモデルというトラウマをきっちり解消してもらいたいのでこのオーデションの結果がどうであれ、しばらくは維澄さんのご指導のもとモデルになることを目指すのも悪くはないと思っている。
「絶対、優勝しようね、檸檬」
「え?優勝ですか?……さすがにそれは難しくないですか?」
「大丈夫だよ!檸檬なら……それに私が指南するからね」
「あ、随分強気な発言するようになりましたね。維澄さんも成長したな~」
「また子供扱いして!でも結構私は本気だからね。覚悟しなさいよ!」
ハハ、もう維澄さんのほうが楽しそうにしている。
先日維澄さんの手首の傷を見て以来、ずっと暗い想像が頭から離れてくれなかったがこんな明るい維澄さんを目の当たりすると少しホッとする。
そしてその明るさを引き出しているきっかけが私であることが何よりも嬉しい。
焦る必要はない。
ずっと側にいると決めたんだから。
一つづつ山を乗り越えればいい。
まずはオーデションで優勝か。
ハードルは高いけど、できればここで維澄さんを喜ばせたい。
だから私だって全力でいく。
私がそんなふうに努力する過程で、きっと維澄さんの傷も少しづつ癒えると私は信じて頑張る。
「じゃあ、維澄さん?」
「なに?」
「せっかくだから、私の優勝祈願で初詣一緒にいきませんか?」
「ああ……いいわね!私も2日から仕事だからずっと盛岡にいるし」
「やった!もしかして振袖着るの?」
「え~どうしようかな?……檸檬のお望みとあらば着てもいいよ?」
「え~!私が比較されて残念なことになる!……でも見たい!!」
「ハハハ、じゃあ一緒に着付けして行こうか?」
「え?マジ?」
マジか?……そんな夢のようなことが起こってしまっていいのか?
でも……そ、そうかこれもモデル修業の一環と言うことで……
その後、私は興奮のあまり饒舌になりすぎてついつい長電話になってしまった。
維澄さんもやさしく話しにつきあってくれた。
「じゃあ、檸檬、今日はもう遅いから……またお店でね」
ようやく通話が終わった。しかし私はしばらく頭がグワン、グワンとするほどに興奮醒めやらなかった。
だって維澄さんと二人で……振袖を着て初詣。想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。
そして、今日の電話でもそうだったが、維澄さんは会った当初とは比べ物にならないくらい”明るくなった”のが私の興奮をさらに大きなものにしていた。
絶対、いい方向に向かっている。
そう思えたから。
も~いくつ寝ると~お正月……
こんなに年明けが待ち遠しいのはいつ以来だろう?
維澄さんも同じように思ってくたりすると……嬉しいな。
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