第34話 子供のような

 維澄さんとデートした次の日の午後。


 私は維澄さんとドラッグストアーのレジにいた。


 昨日は、結果的には”楽しいデート”だったのだと思うが、自分でも予想だにしない方向と距離?を進んでしまって未だに昨日の維澄さんとの会話が現実なのか夢なのか疑ってしまう自分がいた。


 維澄さんは自分の過去を全て私に打ち明けてくれた。


 これは当初の私と維澄さん関係からすると奇跡といっていい。


 そして私は改めてモデルを目指すことと、維澄さんがそれを全面的にサポートするということまで確約を貰った……ちょっと強引だったけど。


 でも私にとって最も大きなことは、私にしかこの維澄さんを救えないという事に「私自身が」気付けたこと。


 いや気付くと言うか思い込んだだけなのだが。


 我ながらこの結論に達することができたことに拍手を送りたい。


 いままで曖昧模糊としていた私と維澄さんの関係がはっきりした。向かうべき目標もはっきりしたのだ。




 ただ、こんなハイテンションの私とは裏腹に……


 維澄さんは、昨日確かにあれだけディープな話をしたはずなのに、いつも通りなのがちょっと寂しい気がする。


 でも心持ち、顔色は明るいと思うのは私の色眼鏡が過ぎるのだろうか?


 そんないつもの私と維澄さんがいるドラッグストアーに一人の来客があった。



 …… …… ……


「お~い!檸檬~!」



 右手を大きく振り、”彼女らしい”ハスキーボイスで私の名前を呼びながら、浅沼美香が店内に入ってきた。


「あれ?もう部活終わり?」


「いや、檸檬が愛する私に会いたいって言うから無理して早退してきたんじゃない?」


 何の躊躇いもなく、そう大声で話す美香の目線は、当の私より維澄さんに向いていた。




 美香は私が維澄さんのことが好きなことを無論知っている。


 目聡い美香は私が”そのこと”を言う前からそれに気付いてしまった。


 だから勝手に大泣して、あとから私がダメ押しのカミングアウト……


 結果、私は美香を一刀両断に振ってしまうという修羅場を演じる”はめ”となった。


 ただ、今のように冗談交じりで”このネタ”を振ってくる美香との間に全く蟠りはない。


 少なくとも”私と美香”の間には……


 でもどうやら美香と維澄さんの間には、まだちょっとしたモヤモヤがあるようだ。むろん美香の一方的なものだと思うのだが。




 美香の維澄さんへの目線は”気になる”というレベルのものではなくて明らかな”対抗心”のようなものが感じられた。


 ホント、いやな予感しかしない。


 維澄さんは美香の意地悪な目線に負けて下を向くのでは……


 と思っていたが、意外にも美香の視線をガッチリと受け止めてむしろ美香を睨み返していた。


 な、なんだこの緊迫感は!?


「ちょっと、美香?そういう意地悪な言動はやめてくれる?」


 私はこの緊迫感を和らげるべく、おどけた調子でカットインした。


「え?意地悪?誰に対する?」


「だから、それは……」


『維澄さん』と言いかけたが、咄嗟にひっこめた。


 だってこの論法だと、維澄さんが美香にやきもちを焼く前提になってしまうではないか。


 さすがにそれは自意識過剰が過ぎた。


「ゴメン美香、ちょっと調子に乗った」


「ハハ……最近の檸檬は面白いね」


 私は別に振った後ろめたさがある訳でもないのだが少したじろいでしまった。


 いや後ろめたさがあるのかな?これは……




「ところで維澄さん?」


 美香が突然維澄さんに話しの矛先を向けた


「はい?」


 美香は意地悪く維澄さんを見据える。


「な、なにかしら?」


 維澄さんは美香の視線に耐えながら緊張しつつも、臨戦状態のようにみえる。


 ナニナニ?美香は何を言おうと言うの?


 私はハラハラしながら話に入ろうとしたが美香が先に話を続けてしまった。


「維澄さん?檸檬ってさ……ただ見栄えがいいだけじゃなかったでしょ?」


「は?」


 維澄さんは一瞬、驚いたように目を見開いて疑問の表情をみせたが、すぐに下を向いてしまった。


「フフフ……否定しないか。やっぱりもう気付いてるよね」


 そう言い返す美香に対しても維澄さんは表情を動かさない。


 その沈黙が意味することが美香の質問に「首肯している」のは明らかだった。


 私が見栄えがいいだけじゃない?維澄さんは私に何を見ているのだろう?


「聞いてるんでしょ?私が檸檬に告白したことは?」


「なっ!何を言い出すのよ?美香?……」


 私は驚いて美香を制した。


「檸檬は黙ってて!私は維澄さんに聞いてるんだから」


「ええ、聞いたわ」


 維澄さんは意外にも即答した。


「聞いてるわよ……美香さん。あなたのこと。檸檬は、その……あたなが告白した次の日に朝一番で私に伝えに来たから」


「え?朝一に?そうなの?檸檬?」


「ま、まあ……」


「え~それちょっとショックだな。私が告白した翌日の朝でしょ?……そうか朝にはもう私より維澄さんに気持ち奪われてたのか、ああ悔しい!!」


 私自身も、当時それを想わないでもなかったので少し罪悪感を感じてしまった。美香の告白のあった次の日の朝くらい美香のことを考えていても罰は当たらない……


 それにしたって維澄さんも正直に言わなくなって……


「檸檬は意外に面倒見がいいでしょ?」


 美香は、一瞬大げさに落ち込んだように振舞ったが、すぐに維澄さんへの質問を続けた。


 維澄さんは美香にそう尋ねたれると、私へチラリと視線を向けた。なぜかその顔は少しむくれているように見えた。


 私はなんかその視線の意味は良く分からなかったが、視線に熱を帯びている気がして妙にドキドキしてしまった。




 ずるいと思ったが、私は維澄さんが何と答えるか気になり、この辺で美香の暴走を止めるべきだという思いを押しとどめて、維澄さんの答えを待ってしまった。


「まあ、そうね」


 維澄さんは不機嫌そうに一言だけ呟いた。


「ハハハ……なんかかわいいね、維澄さんって」


「美香、その辺しないと怒るよ」


「ゴメン……でも、これくらいの意地悪許してほしいな」


 そう言われるとまた私も強く出れない……でもいいかげんに”これ”をネタに強請られ続ける訳にもいかない!


 相変わらず勘のいい美香は、私の”怒気”を察知して、いままで緩めなかった維澄さんの視線をようやく緩めた。



 美香は場を荒らすだけ荒らして、部活で使うであろうテーピングを数本買って早々に帰っていった。



 しばらく気まずい雰囲気が残っていたが、珍しく維澄さんから口を開いた。


「檸檬?」


「ん?」


「檸檬はいつも……誰にも、その……昨日みたいにするの?」


「え?昨日みたいにって?」


「だから色々相談にのって、一緒に解決していこうみたいな」


「ああ、あれ?……する訳ないじゃない!?」


「……そ、そうなの?」


「そうでしょ?……伝わってないなのかなあ~、私は友だち少ないし、あまり人にも関心がないんですよ。昨日散々言いましたよね?私は維澄さんのことしか頭回らないって」


「そんな言い方はしてないと思うけど……でも、美香さんとは付き合いも長いし、仲もいいし」


「美香?……ああ、美香ね。美香は特別だからね」


「ほ、ほら、私だけじゃない」


「あれ?もしかしてやきもちやいてくれてるとか?」


 ちょっと調子に乗って言ってみたが、案の定維澄さんは横を向いて澄ました顔になってしまった。


 こういうところがこの人はずるい。


 人には散々言わせておいて、自分は肝心なところで逃げる。


 ほんとに、この人は逃げの体質直さないとこの先社会で生きていけないよね。


「もう逃げてばっかり」


 私はつい口に出してしまった。


「な、なによ」


「昨日逃げないで向き合おうっていったじゃない?」


「昨日は、檸檬はよけいなこと言わないからモデルのことだけ向きあえって言った」


「ま、まあそうだけど」


 なんなのよ、駄々っ子みたいに。


 ああ、まただ、これでまた護ってあげたくなってしまう私が負けなんだろうなあ~

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