第33話 熱い決意
維澄さんは神妙な面持ちで、過去モデル時代に起きた上條さんとのエピソードを語ってくれた。
私を”友人として”信用してくれたのだと思えば、これだけ赤裸々に語ってくれたといことは私にとってはこの上なく嬉しいことなのだが……
維澄さんが当初あそこまで”触れられること”を怖れていた話題を、ここまで”ぶっちゃけてくる”隙だからけの維澄さんに少々不安になった。
私は少し(いやかなり強引に?)維澄さんに接近したのは事実だ。
維澄さんがこのモデル時代に起こした”事件”以降、殻に閉じこもって人との関わりを頑なに避け続けてい彼女に私ほど強引に距離を詰めてくる人がおそらくいなかったのだろうと思う。
きっと辛すぎる『この事件』の記憶が、すっと心の奥に強く強く押し込めてしまったからこそ、維澄さん本人が気付かないところで『誰かに話したい』という想いが芽生えてしまっていたのかもしれない。
だから私と言う「話してもいい相手」が現れた瞬間、維澄さんの”心の振り子”が逆方向の端へ一気に振れてしまったのだ。
こんなにも必死に、赤裸々に……全てを私に話してしまった。
私はそのことを思うと、気持ちの中では”私を信用してくれた”という嬉しさよりも”そんなに辛かったんだ”という「悲しさ」が勝って、また年上のはずの維澄さんを私が護ってあげなければと思ってしまう。
私は話しの核心には敢えて触れずに、それでもどうしても突っ込んでおきたかったことを聞いてみた。
実を言うと、維澄さんの”気持ち”に寄り添いながらそんな”悲しさ”を感じつつも維澄さんが語った内容があまりに突っ込みどころ満載でいろいろ唖然としてしまっていたのだ。
「維澄さんってワールドコレクションに出る予定だってんですか?」
「ええ」
「ちなみにその時、維澄さんっていくつだったんですか?」
「18歳よ。高校卒業前だった」
こともなげにそう応える維澄さんに私は心底、驚愕せざるを得ない。
あり得ない。
だってワールドコレクションと言えば4年に一度、オリンピックの年に合わせて行われる世界最大のファッションショーだ。
出場するモデルは世界に名の通った限られたスーパーモデルだけ。時にはその年話題になった映画の主演ハリウッド女優が出ることもあるが。
今でも日本人が出場するなんて誰も想像すらしていない。
それを18歳で?出場が決まっていた?
私は改めてIZUMIというモデルの天才性に全身から震えを感じるしかなかった。
大丈夫だろうか?私?
こんな世界に通用するほどの天上人を好きになってしまって!?
私はそんな不安を打ち消すために冗談交じりで尋ねた。
「大丈夫だったんですか?……ワールドコレクションをドタキャンして、違約金とか?」
「わ、わからないわ」
維澄さんは辛い顔をしつつもこともなげに言う。
「え?わからない?……それ、やばくないですか?」
「や、やばいかな?」
「いやいや……」
私は呆れて今度はあんぐりと口を開けてしまった。冗談で聞いたんだけどこの調子だとホントに放り投げてその後のことを分かっていない様子だ。
この人、大丈夫なんだろうか?
もしかしてこんな田舎に隠れてたのって借金取りから追われてるからなんてオチじゃないよね?
いや……
きっと大丈夫なんだろう。だって当時18歳で未成年の維澄さんにそこまでの責任を求めるのは酷な話だ。法的にはどうだか知らないけど、その責任はきっと上條さんが全部被ったに違いない。
上條さんの今の成功を見る限り、このことが原因で上條さんがモデル界から失脚していない。上條さんの社長としてのポテンシャルならどうにかしてしまったのだろうと思う。
そして……きっと彼女なら維澄さんに被害が及ぶようなことは決してしない気がする。
でも維澄さんは少し動揺をして私に尋ねた。
「私って酷いよね」
「ええ、最悪ですね」
「っ!……さ、最悪って……そ、そんな」
「そんなって自分で同意求めてきたじゃないですか?」
維澄さんはまた少女のように頼りなく泣きそうになってしまった。
「じゃあ、モデル業もそれ以来、放り投げたままですよね?」
「……」
維澄さんは黙っている。
そうか、これは業界からは抹殺されるよね。私がどんなにIZUMIを検索したって情報が取れる訳がない。
維澄さんには申し訳ないけど、これは日本のモデル業界始まって以来の汚点だ。いやまワールドコレクションに日本人が掠りもしない原因を作った張本人が維澄さんだった可能性すらある。
きっと維澄さんだってそれくらい分ってるはずだ。
あまいなあ~維澄さんは。ほんと子供だ。
でも、18歳の少女がどうにかできる問題でもない。きっと本人だって相当悩んだんだ。
そうか、だからか。
だからこそ……きっと誰かに「大丈夫」と言ってほしかったのかも。
維澄さんが堰を切る様に語り出した事を思い出すとそんな気がした。
だから私はきっと言ってあげないといけないんだ。
「まあ、でも当時18歳の少女の手には負えないもんね。仕方ないでしょ?大丈夫、大丈夫。7年も経てば時効だね」
維澄さんは情けない顔で私を見つめた。
それでも私は続けた。
「でも……」
「でも?」
「上條さんには、ちゃんと会って謝った方がいいかもね」
維澄さんは今までに見せたことがないほどに表情を歪めて辛い辛い顔をしてしまった。
ああ……
分った。
維澄さんが”あのお寺の絵”、つまり上條さんに会いに行っている理由。
もちろん昔愛した人に会いたいという気持ちだってあるのだろう。そうは思いたくないのが私の本音だが……
でもきっと維澄さんはあの”観音さま”に懺悔しているだ。
そう上條さんの顔をしたあの優しい観音さまに、許しを請うているんだ。
維澄さん……
18歳から7年間。
ずっと、ずっとこんな田舎の片隅で、自分のやったことを悔い続けて生きていたんだ。
そう考えると胸が痛くなった。
そしてその「痛み」は私の中で震えるような強い高揚感に変化した。
そして、その熱を帯びた高揚感は私に一つの結論を出してくれた。
『私は維澄さんを救う』
私が維澄さんをこの苦しみから助け出してみせる。
だから……私がモデルになって維澄さんがモデル界に関われるきっかけを作る。
やっぱりそれが今、私ができる最上の選択だ。
「維澄さん?もう私をモデルにするしかないですよ?」
「え?……どうしたの急に?」
「維澄さん、もう逃げるの止めましょう。まずは私をモデルにすることで”モデル”ということに前向きに向き合ってください」
「れ、檸檬……」
維澄さんは私の言葉の意図を察したのか、少し照れたように口元を緩めた。
維澄さんの本音は”モデル業が好き”なんだ。
「それまでは私も余計なこと言いません。だから維澄さんも余計なこと考えずに私をモデルにすることに集中してください。いいですか?」
「え、ええ。……なんか、檸檬ってやっぱり凄いね」
「なんかさ、維澄さん見てると、頭フル回転して私ポテンシャル上がるんだよね?」
「え?何それ?」
そういって維澄さんはようやく笑顔を見せた。
でも、簡単じゃないよね?私がモデルになるとか……
もっと言えば維澄さんのこんなにも深い”傷”を私が癒すとか……
でも私が救わなければきっと維澄さんは一生この傷をもったたまま生きづつけることになる。
そんなことは絶対にさせない。
とりあえずそのモチベーションだけで今は突き進むしかない。
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