第6話 かわらぬ姿
間違いない。やっぱり彼女は、元モデルのIZUMIだ。
彼女が自らの名前を〝いずみ″と明かした後に、渡辺店長がメモ紙に〝維澄”という漢字を書いてくれた。
IZUMIという芸名は〝維澄〝という本名からくるものだ。
私の部屋にある、一番目につくところで毎日見ている、フォトフレームに収まった一枚の写真。その写真はあるモデル雑誌でひっそりと掲載されていた。
たった一枚の写真という手がかりしかなかった。雑誌に掲載されたモデル写真なら、もしかすると強い修正の掛かった写真かもしれない。ちょっと角度が変われば、本人と写真とは似ても似つかないかもしれない。
そんなことを思うこともあった。
私が憧れたのは本人ではなく、この写真。その写真から想像たくましくいろんな幻想が私の頭の中にできあがっていたのは確かだ。
情報が少ない分、より想像が膨れ上がってしまったいた可能性だってある。本心を言ってしまえば、本人に“リアルで会いたい“なんて思ったことはなかった。
幻滅してしまう可能性が高いと思っていたから。
彼女の情報を調べつつもどこか”どうか分らないままでいて”なんて矛盾に満ちた思いもあった。そのうち熱も冷めるだろう。きっとリアルな世界で夢中になれる”異性”にでも出会えれば……
しかしそんな想像こそ、全く意味のない妄想でしかなかったことが今、まさに想い知らされてしまった。
信じられないが、彼女は写真のままだったのだ。いや、冷静に考えれば写真のままであるはずがない。写真の彼女は、最上のファッションに身を包み、最上のメイクを施されている。
おそらくそのカットにしても何百枚も撮影されたデータの中から厳選された最上の一枚に違いない。
その写真はこれと言った派手なポーズをとっていなかった。両手にちいさなブーケをもっただけの上半身の写真。でもその表情は、はにかみながら誰かに笑顔を送っていた。
”誰に向けた笑顔なんだろう?”
私はたったそれだけの事で嫉妬心を覚えて心をざわつかせたこともあった。
あの写真が撮られたから何年経っているのだろうか?今目の前にいる維澄さんの印象から推察するにきっと20代中ごろだと思う。
それなのに全くのスッピンだ。でもそれに耐えられる透き通るような肌。これだけですでにありえない。だって女子高生の私が羨む程の綺麗な肌をしている。
髪だって、栗色の美しいロングヘアーであったあの写真とは似ても似つかない無造作に纏められた髪型。
なのになんで?私は胸が締め付けられる程に美しいと感じてしまっているの?
また着ている衣装なんて酷いものだ。ホントにダサイドラッグストアーの制服にセンスのかけらもないエプロンまでつけている。どこを切り取ってもあの写真との共通点なんてない。
こんなダサダサなユニホームを着て、綺麗に見える人なんているはずがないのに……
それなのに、一瞬だった。彼女がどんな外見をしていようと、そんなものを突き抜けてその姿は……
私の心を打ちのめしてしまった。
彼女の魅力は、衣装とかメイクとか……そんな”後付け”されたものの影響なんて全く関係がない次元にいた。
”碧原維澄”です〝
たったその一言で、私は放心して立ち尽くしてしまっていた。
そんな私がようやく我を取り戻すことが出来たのは、隣にいた渡辺店長が〝突然の爆弾を放って来たからだった。
〝
「じゃあ、碧原さん?ちょうどお客さんいないから神沼さんに店内案内してもらっていい?できれば簡単に仕事の内容とかも教えてもらえると助かるんだけど」
え?……
う、うそ?……
い、維澄さんが私に店内を案内する?私は突然の店長爆弾に、激しく動揺てしまった。
私は恐る恐る維澄さんの顔をみると、ほらやっぱり……
そんな顔しないでよ。そんな困った顔。凹むな~。
憧れ続けてきた維澄さんに店内を案内してもらうなんて、天にも昇る気分なのにそんなに嫌な顔されてれば逆に落ち込んでしまう。
「じゃあ、碧原さんよろしくね!」
私と維澄さんの間にできてしまった微妙な空気なんて全く読みもせず、渡辺店長はそう一言残してさっさとスタッフルームへ消えてしまった。
さて……
維澄さんと二人きりになってしまった。や、やばいでしょ?この緊張感。
私はもやは彼女を直視できず、下を向いて目を泳がせてしまった。
「神沼さん?」
突然、維澄さんが私の名前を呼んだ。
「は、はい!」
維澄さんが、まさか自分の名前を呼ぶ日が来るなんてあまりに想定外過ぎて、パニックを起こしそうだ。
維澄さんの声は綺麗なアルトの声だった。
私は呼吸が乱れ、心拍数が跳ねが上がるのをギリギリの自制心で抑えつける。
「こちらから……」
維澄さんは、私の『脳内独り相撲』なんて知る由もなく言葉少なくそう私を促した。
維澄さんは、そそくさと、まるで私の存在を無視するかのようにレジを離れ、狭い店内の通路へ向かって歩き始めてしまった。
私はただただ、慌てて後を追うしかない。
”このエリアは生活雑貨””ここは食品”……
維澄さんは、私の顔を見ることもなく淡々と説明を始めてしまっていた。つくづく”やりたくもないことを仕方なくやっている”感が半端ない。
そんなやっつけな維澄さんの態度に私はいちいち暗くなる。
しかし無表情だった維澄さんの表情が”あるエリア”で微妙に動いた。
”そのエリア”に来た途端、彼女は下を向き……足早に通り抜けようとした。
そのエリアとは……化粧品コーナーだ。
そこには化粧品メーカの宣伝ポスターが何枚も貼られていた。もちろんそこに写るのは今をときめくモデル達だ。
彼女は、それらのポスターから目線を逸らしながら辛そうな顔をした。
元モデルだった維澄さんが、モデル達の写るポスターを避けるように、目を逸らす。やっぱり”過去に”何かあるんだ。
”維澄さんがIZUMIとして掲載されていた雑誌に、彼女の経歴がどこを探しても出てこない。あの一枚の写真ですらインパクトは相当なものだから、彼女が業界で話題になっていない訳がない。
それくらいは私にだって分った。だからネットを探せばいくらでも情報は出てくると思っていた。
それなのに何をやっても情報でてこない。
ここまで出てこないのとなれば、意図的に情報が削除されてると考える方が自然だと思えるようになった。
削除される理由は、どう考えてもネガティブなことしか思い浮かばない。
雑誌の掲載号を考えると、一世代前に活躍したモデルだと思う。
でも今、目の前にいる維澄さんは二十代中盤にみえる…。全然現役で通用する歳だし、もっと言えば、あの写真に写る姿と今の姿はあまり違いがないようにすら思う。
”意外に最近のことなのか?”
彼女は、私のことを警戒している。それは過去の自分を知るかもしれない人間だからという気がしてならない。
狭い店内だ。
あっという間に、店内の説明は終わってしまった。
さて……どうしたものか?
維澄さんを目の前にずっとずっと押し込めていた私の本音が吹き出してしまった。私はただただ“この人のそばにいたい“
だから……“これ以上深入りしてはいけない“と思っていた私は既に何処にもおらず……
私の気持ちは”別の方向へ”走り始めてしまっていた。そうだ、ここでアルバイトをはじめてしまえばいい。
そうすれば嫌が応にも、毎日、維澄さんにあうことができる。もう迷わない。
悩んでも何も始まらない。
迷っているなら行動だ。
私はそう決意したが……その決意の顔を悟られたのか……
私の決めたばかりの気持ちをに待ったをかける様に……
維澄さんが初めて……
”必要最低限以外のこと”
を口にした。
「神沼さん?……」
「は、はい……」
私は彼女の表情の変化に緊張した。
「神沼さん……私のこと……知ってるんでしょ?」
そういった維澄さんの表情は、全身が凍りつくほどに冷たいものだった。
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