第102話 契約

桜木光はただの日本の高校生だ。学校からの帰宅途中、足元が光ったと思ったら、ここに飛ばされていた。いくつかの質問で状況を理解したものの、現実は厳しいものだった。


(異世界転生なんて、小説の話の中だけだと思っていたのに、本当に起こるなんて・・・、しかも、戻る方法は知らないと来た)


その情報だけでも光が絶望するのには十分な情報だった。明日から何が始まるか、分からないが、最終的に勝てるかわからない魔王を倒さなければならないと考えると光はさらに気が滅入っていた。


「勇者様、宜しいでしょうか」


与えられた小さな部屋のベットで寝ていた光は、起き上がると返事をした。


「はい、大丈夫です」


光の声を聞き、一人の信者が入ってきた。


「それではご案内いたします」

「えっと、何処に、でしょうか?」

「私からは申し上げられません」

「つまり、黙ってついて来いってことですか。分かりました。ついて行きます」


信者は恭しく礼をするだけで、それ以上何も言わなかった。その様子にため息をつきながらも光は信者について行った。


「おお、勇者様、待っていましたよ」


光が連れて来られたのは、教会の地下に位置する場所だった。そこには、ひときわ豪華な祭壇があり、中心には神々しい剣が地面に突き刺さっていた。その目の前、ザルツブルグはいた。


「ここは何なんでしょうか?」

「ここは、前の勇者が使っていた聖剣エクスカリバーが封印されている祠です」

「聖剣エクスカリバーですか」

「ささ、勇者様、聖剣の封印を解いて下さい」


ザルツブルグの発言に光は驚いた。


「あの、もしかして、あの剣を引き抜くんですか?」

「そうですよ、勇者様」

「もし引き抜けなったら、どうなるのか、聞いていいでしょうか」

「そんな勇者様ならそんな事はあり得ませんよ」


光にはザルツブルグの笑顔が一番怖く思えた。引き抜けなったらどうなるのか、光は考えるのも嫌だった。しかし、ここで逃げるわけにも行かない光は、渋々と地面に刺さっている剣を握った。


すると、剣はあっさりと抜けるが、剣は光の手から離れ、空中に浮いた。そのまま聖剣は、空中でくるくると回ると、光に往復ビンタをして、剣は天井を積み破りながら、上に上がっていった。


その様子に皆があっけに取られる。


「お、追いかけるのだ、急げ」


ザルツブルグの声を聞き信者たちは一斉に地上を目指して走り始めた。残された光は何が起こったのか、分からないまま、その場に立っていた。


フェリクスは珍しく、聖教教会への侵入方法を決めかねていた。聖教教会の本部には、国が掛けるような警報系の魔法はなかったが、その代わりに、昼夜問わず、人が絶えず警護に当たっていた。その為、ある意味、見つからないと言うことは不可能に近かった。となれば、残された手段は、変装なのだが、それをするためには当然、相手の服を手に入れなければならない。それを行おうと近くの民家の屋根から聖教教会本部を見ていた時にそれは起った。


教会の地下から轟音が聞こえてきたと思ったら、突然、地面から剣が飛び出してきた。


普通の者にはただ剣が飛んでいるように見えていたが、フェリクスには違う光景が見えていた。精霊と思わしきものが剣を掴んでいた。


流石にフェリクスもその様子にどうするか、考えていると、精霊がフェリクスの方に飛んできた。


「お前、なかなかの神力だな。契約してやってもいいぞ」

「そんな急に言われても、一つ聞きたいのですが、もしかして、貴方は勇者関係の何かでしょうか?」

「おう、俺は前の勇者と一緒に魔王を討伐した聖剣エクスカリバーだ」

「なるほど、しかし、それなら私ではなく、普通なら勇者と契約するものではないですか?」


フェリクスが主張しているのは、当たり前の事だった。


「それらしき人物なら、さっき触れられたが、余りに神力が少なかったのでな。あれでは俺の力を引き出すのは難しいと思ってな、少し神力を分けて貰ってこうして出てきたのだ」

「なるほど」


エクスカリバーとの会話から、勇者召喚が行われた事と聖教教会が聖剣の存在を秘匿していた事が分かった。


「私としては契約しても構いませんが、どうしたものか」

「何が、いけないのだ?さっさと契約すればいいだろう」

「いえ、恐らく聖教教会の者が放っておかないと思うので、そこをどうしようかと、せめて剣を隠せればいいのですが、この本の中とかに入れます?」


フェリクスが見せたのは、今の精霊たちが入っている例の本だった。


「その本か?」


エクスカリバーが本に手を突っ込むと残りの体と聖剣が、あっという間に吸い込まれた。


「お、行けたようですね、エクスカリバーさん」

「いきなりでびっくりしたぞ、しかし、この中は神力で溢れていて居心地がいいな」

「それは何よりです」

「俺はこの中にいるから、必要になったら呼んでくれ、エクスカリバーじゃ、長いから、短くエクスでいいぞ」

「分かりました、必要な時は呼ばせてもらいます」


エクスはフェリクスの神力が気に入ったのか、すぐに本の中に戻っていった。


「さてと、こちらはどうするのかね」


フェリクスの視界には教会からわらわらと出てくる聖教信者たちが見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る