第129話 レンジが犯した過ちとは

 この世界でレンジの父・富嶽サトシが大厄災を起こし新たな神となったのは、レンジが犯した過ちを正すためだ、と父はピノアに告げたという。


「ぼくが犯した過ち?」


 レンジにはまったく思い当たる節がなかった。


「わたしにもよくわかんないんだけど、レンジは過去に2回、リバーステラの歴史を作り変えてるんだって。

 リバーステラの神様は、レンジなんだって言ってた。

 元々ひとつだった世界がふたつに分かれたのは、2回目の時なんだって」


 自分がリバーステラの神?

 レンジにはまったく意味がわからなかった。


「4000年も前に聞いた話だから、わたしも記憶がちょっと曖昧なんだ。

 でも確かにそう言ってた」


 とピノアは言い、思い出したかのように、スマホ、と口にした。


「スマホを見せて」


 レンジに詰めよった。

 レンジはポケットから、スマホを取り出すと、ロックを解除することもなくピノアに渡した。

 スマホにロックをかけてはいなかったからだ。


 彼にはリバーステラには親しい友人はおらず、アプリで遊ぶ趣味もない。SNSや電子マネーの類いも登録はしていなかった。

 スマホ自体、持ち歩いてはいるものの滅多に使うことがなかったし、使いたいときに暗証番号を入力するのが手間だったからだ。


「確か、これ」


 ピノアは、LINEのアイコンを指差して言った。


「これのことをレンジのお父さんは言ってた」


 LINEがなんだというのだろう。

 祖父母と妹、それから中学時代や高校の、大して親しくもない同級生が数人登録されているだけだ。

 酒浸りの母は登録していなかった。



「LINEっていうの? このムリョーツーワアプリは、元々はRINNEっていう名前のアプリだったんだって。

 元々っていうのは、レンジがリバーステラの歴史をリセットする前の世界。

 最初、RINNEは一度登録した友だちを削除することができなかった。

 でも、リバーステラの暦の2013年に友だち削除機能が追加された」


 レンジが生まれた最初のリバーステラにおいて、彼は2013年にはもう高校生になっていたという。


「カクチョーゲンジツってわかる?

 わたし、よくわからないんだけど、レンジならわかるって」


 拡張現実。ARのことだ。

 VR同様、スマホや様々な機器にその機能は搭載されているが、まだあまり浸透しているとは言えない機能だった。


「レンジが最初に生まれたリバーステラで、そのカクチョーゲンジツっていうのを詰め込めるだけ詰め込んだスマホが開発されたって、確かレンジのお父さんは言ってた」


 その試作品のようなものを、その世界でレンジは手にしたという。


「でも、そのスマホは試作品だったから、カクチョーゲンジツ機能が、RINNEの友だち削除機能に影響を及ぼした」


 RINNEで削除した友だちが、現実世界でも消えてしまう仕様になってしまったそうだった。

 殺すのではなく、その存在自体を消すのだという。なかったことにしてしまうのだという。


 まるで大厄災の魔法の小規模版のように。


 アプリ上での人間関係がどうなろうが、それが現実世界に影響を与え、人の存在を消すことがあるなんて、にわかには信じられない話だった。

 だが、ピノアが自分に嘘をつくわけがない。嘘をつく理由がない。

 だとしたら、父が?

 父がそんなわけのわからない嘘をつく理由もないような気がした。


「試作品を手にした者たち同士が、自分の存在を消されることを恐れて、存在の消し合いを始めた」


「そして生き残ったぼくが、世界を作り直した?」


 ピノアはうなづき、


「そう言ってた」


 スマホをレンジに返した。


「でも、新しい世界でも、また似たようなことが起きた」


「だから、ぼくはもう一度、世界を作り直し、そのときに世界がふたつに分かれた?」



 ひとつは今のリバーステラになり、もうひとつがテラになったという。


 本来のテラは、月がひとつではなく、ふたつかみっつある世界だったという。


 だが、今はテラには月はひとつしかない。


 月はいつ消えた?

 いつからひとつになった?


 わからないことだらけだった。



 父が、自分が犯した過ちを正そうとしているのだとしたら……


 世界をあるべき形に、ふたつの世界をひとつに戻すこと。


 それが父の目的だということだろうか?

 そのために大厄災を起こす必要があったということだろうか?


 だが、なぜ父が自分の尻拭いをしているのかがわからなかった。


 息子だから?


 それだけではないような気がした。



「ごめんね、ピノア、頭の中がぐちゃぐちゃで、整理がつかないっていうか、まだ全然理解できてないんだけど……」


 ピノアは首を横にふり、


「わたしも、こんなときにごめんなさい。

 これからステラを助けにいかなきゃいけないのに」


「ピノアは悪くないよ」


 レンジはピノアの頭を撫でた。


 ピノアはえへへと笑い、


「4000年ぶりにレンジに頭を撫でてもらえた。

 ずっとレンジにこうしてほしかったんだ」


 嬉しそうにそう言った。


 彼女は、本当に来るかどうかもわからない自分のことを、4000年も待ってくれていたのだ。




「わたしも、いっしょに考えるから。

 レンジと、ステラがいっしょなら、今度こそうまくいくから」


 ピノアはレンジの手を握った。


「ステラには内緒だよ」


 レンジにキスをした。


 そして、


「わたしも、あなたが好き。ずっと好き。

 4000年くらい平気で待てるくらい好き」


 彼女はそう言った。



 だけど、彼女の気持ちに自分は答えることができない。

 胸が、しめつけられるように痛かった。





※作者注

 今回明らかになったレンジが犯した過ちについての詳細は、当サイトに連載中の「RINNE 友だち削除」に詳細が書かれております。

 そちらもお楽しみ頂けたら幸いです。

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