第115話 一人目の転移者は
エブリスタ兄弟の見分け方は、顔のほくろの位置である。
ふたりとも涙ぼくろがあり、ライトには右にそれがひとつあり、リードには左にそれがふたつある。
説明するまでもないと思うが、とリードは前置きした後で、
「この世界は『テラ』。
お前らのいた世界とは表裏一体の存在だ。
だから俺たちは、お前らの世界を『リバーステラ』と呼んでいる」
「でも、お前らの世界を基準として考えるなら、お前らの世界がテラで、この世界がリバーステラということになるんだろうな」
城へと向かう道すがら、ライトとリードはそう説明した。
「それは誤りらしいぞ。
ふたつの世界は、同じ時間軸にある過去と未来らしい」
ショウゴはエブリスタ兄弟に告げた。
「どういう意味だ?」
リードの問いに、
「この世界の聖書の最後にある預言、大厄災が起きる前の人類の歴史がテラで、起きた後の人類の歴史がリバーステラだって話だ」
ショウゴはそう答えたが、彼にはずっと疑問に思っていたことがあった。
エウロペの大賢者ブライ・アジ・ダハーカがすでに逝去していたとしても、それはあくまで9999人いるコピー・ブライのうちのひとりにすぎない。
だから、9998人のコピー・ブライはレンジが先ほどランスの竜騎士を空に見た際に言ったように、世界中のいたるところに存在するのだろう。
そしてオリジナル・ブライは、今まさにリバーステラで合衆国の大統領選の真っ最中だ。
ショウゴとレンジが誰によって時を巻き戻されたのかはわからないが、おそらくはオリジナル・ブライ側に与(くみ)する何者かだろう。
敵はオリジナル・ブライが大厄災を起こすまで何度でも時を巻き戻すつもりなのだ。
オリジナル・ブライの目的は、大厄災を起こし、テラから彼以外の人間の存在をはじめ、人類が存在した痕跡すら跡形もなく消滅させることだ。
そして自らに似せ、人を作り、新たな人類の歴史をはじめ、その神となることだ。
だが、リバーステラの旧約聖書にある神の名はブライではなかった。
あの自己顕示欲と承認欲求の塊のような男は、テラの救厄聖書にある神であるハオジ・マワリーとは違い、救厄聖書にはなく旧約聖書にしかない「大洪水とノアの方舟」や「バベルの塔」のエピソードを確かに起こしかねない。
しかし、そんな自己顕示欲と承認欲求の塊のような男が、自らの名前を変えるだろうか?
ましてや、みだりにその名を口にしてはならぬとし、いつの間にかどう発音するかさえも憶測の域を出ないようなことになるような神になるだろうか?
ショウゴは、もし自分がブライなら、ブライという唯一無二の絶対神の名が永遠に語り継がれていくようにするだろうと考えていた。
神は旧約聖書において、アダムとイヴを楽園から追放しながらも、その後も人類の歴史を操り続けていたが、旧約聖書の先にある人類の歴史にはほとんど関与していない。
第三の預言の真実がいまだに明らかにされていない、ファティマの3つの預言ですら、現地のこどもたちに預言を伝える役割を天使と聖母に任せていた。
仮に自分がブライなら、それはありえないことだった。
だから彼が導き出していた結論は、雨野タカミが同じ時間軸から切り離したふたつの世界は、確かに大厄災の前のテラと大厄災の後にブライが作ろうとしている世界ではあるが、ふたつの世界はリバーステラとは無関係の世界だというものだった。
「お前、本当に未来から来たのか?」
「大厄災なら、2000年前にアンフィス・バエナ・イポトリルがすでに止めてるだろ?」
そんなこともしらないのか、とエブリスタ兄弟は口々に言った。
「ついでに、1000年前にも第二次大厄災をジパングのアベノ・セーメーが止めてる」
この2000年間のテラの歴史さえも変わっていた。
おそらくは歴史だけでなく、大厄災の預言自体が異なるのだろう。
「まぁ、記憶の混濁は珍しいことじゃない」
「最初の来訪者も相当ひどかったらしいからな」
レンジの父、富嶽サトシのことだろう。
説明を続けるぞ、とリードは言った。
「この国はエウロペって名前で、世界で最も魔法の研究が盛んな国だが、医療魔法では北のゲルマーニに負けてるし、召喚魔法じゃ海の向こうのヘブリカに負けてる」
「それに、ジパングのシャーマニズムや陰陽道、ペインのネクロマンシーの研究は一切してない。
だから、魔法をただの魔法としてじゃなく、リバーステラから来訪者を招き入れ、科学を魔法で再現しようとしてる国だ」
本末転倒だな、とショウゴは思った。
科学の行き着く先に魔法があると彼は思っていたからだ。
ライターがない時代にライターで火を起こせば、それは魔法に見えるからだ。
100年前に生まれたリバーステラとのゲートは、偶然の産物だったという。
神を召喚するためのはずの魔方陣が、なぜか異世界へ繋がるゲートになったそうだった。
城下町を抜けると、大きな湖があった。
日が暮れ始めた湖には、蛍のような光が無数に浮かんでいた。
小さいが優しく暖かな翡翠色の光だった。
「そういえば、お前の名前、最初の訪問者に似てるな」
と、リードは言った。
「俺に?」
大和ショウゴという名は、富嶽サトシとは似ても似つかない。
レンジにしても、父親が行方不明になった後、母方の苗字に変わっていた。
どちらの名前も富嶽サトシには似ても似つかない。
いやな予感がした。いやな予感しかしなかった。
「あぁ、確かヤマト・ショウタロウって名前だったはずだ」
それは、ショウゴの父親の名前だった。
ありえない。
彼はそう思った。
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