第93話 もうひとつの架け橋

 リバーステラから転移してきた大艦隊は、空にとどまったままだった。


 驚くほど静かだった。


 だが、リバーステラには、空に浮かぶ戦艦はまだなかったはずだった。



「それはリバーステラにエーテルがなかったからじゃねーのか?

 オリジナル・ブライなら、俺にでも作れたような飛空艇の魔法人工頭脳くらい余裕で作れるだろ。

 当然ゲートもな。

 ゲートを作れるなら、俺やお前の甲冑みたいに別次元に存在する大量のエーテルも使い放題だ」


 レオナルドの言う通りなのかもしれない。



 艦隊は間違いなくオリジナル・ブライが率いている。

 ブライの指示で動いている。

 ブライが艦隊の中にいるかどうかまではわからなかったが。


 いや、おそらくはいないだろう。

 と、レンジは思った。


 この世界はブライにとっては所詮ゴミ処理場だ。

 そんな場所に送り込んだ大艦隊は掃除機のようなものであり、その掃除機もまたゴミになってもいいものなのだ。


 オリジナル・ブライにとっては9999人のコピー・ブライですら、ゴミになってもよかった存在だ。


 そんな人間が、わざわざあの大艦隊の中にいるわけがない。

 テラの安全な場所で高みの見物をしているにちがいなかった。


 人はひとりでは世界を変えることはできない。生きていくことすら難しい。

 だが、だからと言って、他人を手駒として利用することしか考えていなかったり、自分が複数存在すれば世界を変えられるなんていう傲慢さにたどり着く人間には世界は変えられない。



「あいつは、テラを見限り、リバーステラの王にでもなったつもりなんだろうな」


 レオナルドのその言葉を聞いて、レンジはようやく思い出した。


「リバーステラの王……そうか、合衆国の大統領か」


「合衆国?」


 レンジは、自分がこの世界に招かれる前、合衆国という大国で新たな大統領を決める選挙の真っ最中だったことを話した。


 大統領制の国はテラにもいくつか存在するらしく、


「つまり、世界一強力な軍隊を持つ国の大統領こそが世界の王ってわけか」


 現大統領と一年近くにわたり大統領選を行っていた男がいた。

 その男がブライ・アジ・ダハーカだった。

 名前が同じだけじゃない。顔も同じだった。


 だが、何故そんな大切なことを自分は今の今まで忘れていたのだろう。


「ゲートをくぐるときか、あるいはお前がエーテルによってこの世界に順応化したときか、あっちの世界のブライを忘れるように細工がしてあったんだろうな。

 これまでの来訪者は、サトシですらブライを知らなかったからな。

 だが、これで確定したな。

 オリジナル・ブライがゲートを作った。

 リバーステラの人間がエーテルによってこの世界に順応するようにもした」



 だが、なぜ今になって表舞台に立ったのだろうか。


 オリジナル・ブライは、この世界にダークマターやゲートが生まれる前には、リバーステラに渡っていたはずだ。


 100年以上も前だ。

 第二次世界大戦よりも前の時代だ。


 第二次世界大戦はオリジナル・ブライが仕組んだ?

 いや、あれは旧日本軍の真珠湾攻撃がきっかけじゃなかったか?

 合衆国は真珠湾を攻撃されることを知っていて、事前に軍の被害が最低限にとどまるようにしていた。

 旧日本軍も、ブライの手駒だったということか?


 違う。

 真珠湾攻撃は1941年だ。


 戦争自体はその2年前、ドイツと旧ソ連のポーランドへの侵攻から始まっていた。

 世界規模に繋がる戦争のきっかけになったのが、真珠湾攻撃だった。


 しかし、100年以上前のリバーステラに放射性物質は存在しない。

 中性子による原子核の分裂が連鎖的に行われれば、膨大なエネルギーが放出されるという仮説が立てられたのは1930年代のことだ。

 ウランの中で中性子数が倍増する現象が発見され、連鎖反応が可能だと判明し、それを受けて各国で原子炉の開発が開始されはじめたのは1939年だ。

 そして、その年に第二次世界大戦のきっかけとなるドイツと旧ソ連へのポーランド侵攻が起きている。

 それによって、当初は兵器としての利用を考えていなかった膨大なエネルギーの兵器利用が考えられはじめた。


 だが、なぜぼくはそんなことを知っている?

 本で読んだのか?

 父から教わったのか?


 レンジにはわからなかった。

 頭がおかしくなりそうだった。



「たぶん、それもエーテルによる順応化のせいだ。

 オリジナル・ブライは、お前に教えてやろうとしてんだよ。

 あいつはリバーステラの王になる前からずっと、エウロペの大賢者様だからな」


 それからな、レンジ、とレオナルドは続けた。


「俺は、オリジナル・ブライは、こっちの世界でエウロペが世界中のエーテルを手に入れるために起こした戦争によって、より一層エーテルの枯渇が深刻化した後に、リバーステラに渡ったと考えている。

 おそらく、時の精霊の他に、まだ姿を現していない『次元の精霊』みたいなやつがいるんだろうな。

 じゃなきゃ、ブライも俺もゲートは作れなかったはずだ。

 だが、ブライが時の精霊の力を借りる許可を得たのはサトシが来てからだ。それは間違いない。

 俺が言いたいことはわかるか?」



「時の精霊の魔法を使えるようになった後で、オリジナル・ブライはコピー・ブライを作った……

 けれど、時の精霊がそんなことを許可するわけがない……

 だから、ダークマターの魔法を触媒として、時の精霊に気づかれることなくその力を使った……

 そして、この世界にダークマターが生まれる前の時間に戻り、次元の精霊の魔法で、テラへ向かうことが可能なゲートを産み出した……」


「そうだ。あくまで仮説だけどな」



 ゲートは最初、とても不安定だった。

 だから、この世界の100年前に作られたゲートから、最初に訪れたリバーステラからの来訪者は、レンジにとっては11年前でしかない父だった。


「たぶん、オリジナル・ブライですら、次元の精霊の魔法の扱いは難しかったんだろう。

 俺たちの知るブライにとっての闇の精霊の魔法みたいにな。

 だから、オリジナル・ブライが、あっちの世界の100年ほど前に行ったとは限らない」


 レンジの父とは逆に10年ほど前のリバーステラに、オリジナル・ブライは行ったのかもしれない。

 もしかしたら、1000年前や1000年後かもしれない。



「別次元にエーテルが大量に存在する場所があるなら、ダークマターかそれに代わる何かが大量に存在する場所があってもおかしくはない。

 だからあいつは、テラでも魔法が使えたんだと思う」



 大厄災の魔法を習得するためにアンフィスの時代に向かったのは、オリジナル・ブライだった。


 アンフィスの時代にはダークマターは存在しない。

 それどころか、時の精霊はまだ姿を現していなかった。無論、姿を現していたとしても、許可を出すはずがなかった。


 だが、オリジナル・ブライは、アンフィスが処刑され、意識を失った瞬間に放つ大厄災の魔法を習得するために、九回も時を巻き戻している。


 存在しないはずのダークマターによって時の魔法が使えたということは、レオナルドの言う別次元のダークマターを使ったとしか考えられない。



「あいつはたぶん、ふたつの世界の未来を見たんだろうな。

 だから、どちらかの世界を、自分が王として君臨できる世界を残すことにした。

 あいつにはこんな方法しか、思い付かなかったんだ」



 リバーステラでは、2020年の2月頃から、感染致死率100%の未知のウィルス「カーズ」による世界規模のパンデミックが起きていた。

 たった7、8ヶ月で人類の半数が間引かれていた。


 パンデミックはまだ続いていたが、軌道エレベーターやスペースコロニーの建造、月や火星のテラフォーミングは、もはやその必要がなくなるほど、エネルギー問題や食糧問題をはじめとする様々な問題は解決していた。


 レオナルドが「すべてを喰らう者」を「放射性物質だけを喰らう者」に進化させたのが、「レオナルド・カタルシス」だ。

 ピノアはそれをさらに「ゴールデン・バタフライ・エフェクト」へと昇華させた。


 おそらく、オリジナル・ブライが、リバーステラに存在していた何らかのウィルスを、「人類を間引く者」として進化させたのが「カーズウィルス」なのだ。

 オリジナル・ブライは、人類の間引きが終われば、おそらく「カーズウイルスを喰らう者」を生み出すのだろう。


 まるでサノスだな、とレンジは思った。

 彼がサノスもどきであるならば、レンジの鎧はアイアンマンスーツもどきだった。


 オリジナル・ブライは、未来を知るだけではなく直接行き、その目や耳で、五感のすべてを確かめることが出来、過去をいくらでも変えることができる。

 下手をすれば、リバーステラの人の歴史そのものが、オリジナル・ブライの手のひらの上で転がされていただけだったのかもしれない。



「あの大艦隊は、俺がお前にあげたその鎧とは真逆の形で、ブライがふたつの世界にかけた橋なんだろうな……」



 そう言ったレオナルドの口調は、とても寂しそうだった。




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