第19話 すべてを喰らう者 ③
すべてを喰らう者。
それは、エーテルや精霊たちと同じように、この世界をこの世界たらしめる存在のひとつだという。
目に見えないほど小さく、どこにでも存在し、この世界に存在していいものと、してはならないものを仕分け、存在してはならないものだけを喰らうという。
エーテルのように人が扱えるものではないらしい。
おそらくはバクテリアのような細菌がエーテルによって進化した存在なのだろう。
レオナルドは、すべてを喰らう者ならば、ダークマターから放射性物質だけを喰らうことができると考えたのだろう。
魔法使いが手のひらにエーテルを集めるように、本来なら集めることのできないはずの存在を集める方法までも見つけたのだ。
彼はおそらく、この世界のことよりも、この世界を救うためにダークマターを浄化しつづけ、魔王になってしまったレンジの父を救うためだけに、100年近くもの間、その方法を模索しつづけていた。
それだけではなく、自分の身に万が一のことがあった際に、こんな風に魔装具の中に研究結果を残してくれてもいた。
まるで彼は、友人であったサトシの息子である『レンジがいずれこの世界にやってくることを知っていた』かのようだった。
「見せて」
とピノアは言った。その表情はとても真剣で、ステラは試験管のようなものを彼女に渡した。
彼女は、試験管を沈み始めた太陽に向け、その中身に目を凝らした。
レンジは、テラの太陽もまた、リバーステラと同様に東から上り、西に沈んでいくことに気づいた。
宇宙のすべてが反転しているわけではないのだ。
「すべてを喰らう者は、どこにでも存在し、存在してはならないものだけを喰らう。
だからダークマターは、人や魔物にとって害があるだけで、すべてを喰らう者にその存在を許されていたはず。
でなければ、とうの昔に食いつくされてたはず」
ピノアはまるで別人のような口調で淡々とそう話した。
きっとこれが本来の彼女なのだろう。
「この中にいるのは、すべてを喰らう者じゃない。
ダークマターを浄化するわけでもない。
エーテルに取りついた別の魔素だけを喰らうよう、人工的にその存在を作り替えられた者……」
ピノアにはもしかして、その目には見えないものが見えるのだろうか。
ダークマターは、レンジのようなリバーステラからの来訪者だけが魔法を使う際に扱うことができる。
それによってダークマターは浄化されエーテルになる。
そのように、彼女やステラは教わってきていたはずだった。
ダークマターがエーテルに別の魔素が取りついたものであることは、それに気づいたレオナルドと、彼から直接話を聞いたレンジ、そしてレンジを心配するあまりその話を盗み聞きしていたステラしか知らないことだった。
「テラでは遺伝子というものは見つかってる?」
レンジはステラにそう尋ねた。
「遺伝子? 親が子によく似ていたり、同じ病を持って生まれてくることを遺伝と呼んではいるけれど、遺伝にはそうなるべくしてなる因子が存在するということ?」
ステラの問いに対して、レンジは自分が元いたリバーステラでは、科学文明が発展する中で、遺伝子というものの存在にたどり着いたことを話した。
それは、ステラの言う通り遺伝を司る因子のようなものであり、人を含めたあらゆる動植物、あらゆる生命が持つ、設計図のようなものであると。
リバーステラでは遺伝子についての研究が行われ、様々な動植物が人にとって都合のいいように遺伝子操作されはじめている、と。
例えば蚊だ。
人の血を吸わないオスばかりが増え、血を吸うメスは年々減っている。
それは、オスしか生まれないように遺伝子操作されたものが、野に放たれたからだった。
倫理さえ無視すれば、人の遺伝子を洋服を選ぶようにコーディネートすることが可能なほどにまで、そして今生きている者や死者の肉体から採取した遺伝子から、全く同じ遺伝子を持つ者を生み出すことができるほどにまで研究は進んでいる、と。
「その遺伝子というものは、今わたしが見ている、二重の螺旋のような形をしているもの?」
ピノアは、レンジにそう尋ねた。
彼女は、人の目には見えないはずのすべてを喰らう者、いや「放射性物質だけを喰らう者」がやはり見えていたのだ。
それどころか、遺伝子までも見えているのだ。
「そう、あの二重の螺旋が遺伝子というものなのね」
ステラにもまた見えていたようだった。
「まだレンジには話していなかったけれど、わたしもピノアも魔人なの。
だから、わたしたちには人には見えないものが『 視え』てしまうの」
ステラは少し悲しそうにそう言った。
人がエーテルと一体化して産まれてくる魔人は、人であって人でない。人という肉体や自我を持ったエーテルでもあるのだ。
もしかしたら、巫女というのは、魔人だけが集められているのかもしれない。
巫女が幼い頃に両親から引き離されてしまうのは、魔法使いとしての英才教育のためだけでなく、人を超えた存在である彼女たちを差別や迫害から守るためなのかもしれなかった。親からの虐待から守るためなのかもしれなかった。
「確かにレオナルドならば、このような存在を生み出すことができる可能性があるわね」
ピノアは言った。
「彼は魔装具鍛冶職人だから。
本来ならば、大賢者にも引けをとらないほど、魔法使いの才能を持っていたはず。
けれど、彼はエーテルの魔法以外の運用方法を模索する道を選んだ。
だから彼は大賢者様よりもエーテルについて熟知している。
本来は、テラとリバーステラを繋ぐためのものではなかったけれど、あのゲートを作ったのも彼。
人工的にエーテルを産み出そうとし、ダークマターを産み出してしまったのも彼。
すべて国王の命令であり、国王の尻拭いだったとはいえ、彼が魔王を生み出した。
彼は、この100年、贖罪の日々を生きてきたのね」
ゲートやダークマターを産み出したのがレオナルド?
レンジはステラの顔を見た。
どうやらそのことをステラは知らなかったようだった。
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