第16話 カオスは混沌化し続ける。②

 ダークマターの黒い瘴気に包まれた二角獣がすべての瘴気を取り込んだとき、バイコーンはヒト型に進化していた。


 馬の顔はそのままだが、その額に角はなく、二本の角は両腕へと場所を移していた。


 その存在を呼称する名前を、おそらくステラもピノアも知らないだろう。

無数の首や脚や尾を持つケルベロスもまた呼称する名前はなかっただろう。


 それらは、もはや混沌そのもので、カオスとしか呼びようのない存在だった。

 そして、そのような存在を産み出した人は、もはや業そのものだった。


 すべてのきっかけはエウロペの国王の業であったのかもしれない。

 だが、目の前にいるカオスを産み出したのは、レンジ自身の業だった。

 人の業が連鎖した結果が現在のテラの現状であり、リバーステラの現状なのだ。



 放っておけば、レンジが産み出したこのヒト型のカオスは、エウロペの城下町や城を襲い、罪もない人々を殺すだろう。


 殺すだけでなく、女性たちを強姦し子を孕ませようとするかもしれなかった。


 カオスとなったとしても、生物であることに変わりはなく、種の保存という本能はおそらく残っている。その証拠に、二足歩行となった脚の付け根には男性器がぶらさがっていた。


 ヒト型に進化した以上、もはやこのカオスはバイコーンよりも人に近い存在だった。

 種の保存の相手に、バイコーンではなく人を選ぶ可能性は高い。


 逃がすわけにはいかなかった。

 ここで必ず仕留めなければいけないと思った。


 これは、人が自らの業によって産み出した混沌を良しとせず、人の業によって混沌を無に帰そうとする、カルマとカオスの不毛な戦いだった。


 それでもやらなければいけなかった。


 角はどうやら取り外しが可能なようで、そのヒト型のカオスは、取り外した角をレンジの二刀流と同じように両手に構えた。


 レンジにはそれは知性があるように見えた。


 リバーステラとテラは、かつてはひとつの世界だった。

 世界がふたつにわかれたのは2000年ほど前だとテラでは考えられていた。

 だからふたつの世界は、神が七日間かけて世界を作ったという同じ神話を共有している。


 進化論を否定し、神が自らに似せて人を作ったという神話を信じるならば、神もまたヒト型であり、二足歩行で両腕を自由に使える状態が生物として最も優れた形だということだ。


 目の前のカオスは馬面のままであり、両目の位置から考えると、視界はレンジよりはるかに広い。

 その肉体も、両手に持った角もはるかに強靭なものとなっているだろう。もしかしたら、レンジの持つ剣のように何らかの能力を秘めているかもしれない。


 問題はスピードだ。

 たとえ角が、レオナルドメイルを切り裂くことができるほど強靭なものであっても、かわすことができれば問題はない。


 もうひとつ問題があるとすれば、肉体の強靭さがどれほど進化しているかだった。

 もし刃が通らないほどならば、あるいは刃が途中で止まるようなことがあったなら、それは大きな隙となり相手の攻撃を許すことになる。



 考えていても仕方がなかった。

 すでに敵はもう目の前に迫ってきていた。


 おそろしく早いスピードだった。

 振り下ろされた角を、両手の剣で受け止めるのがやっとだった。

 相手は片手の角しか使ってはいなかった。


 おそろしく強い力と角の硬さだった。

 レンジは両手の剣をはじかれ、腹部に強烈な蹴りを受けた。

 甲冑がなければ、内臓が破裂していたか、蹴りは腹部を貫通していただろう。


 よろめいたレンジの顔に向けて角の切っ先が迫ってきていた。


 しかし、弾かれたといっても、剣はまだ両手にあった。


 よろめいたまま、右手の剣を地面に刺し、そのまましゃがみこむようにして迫ってきていた角をかわすと、地面に刺した剣を軸にコンパスのように身体を回転させた。

 敵の背後にまわりながら、左手の剣で両脚に斬撃を放つ。

 ダ・ヴィンチ・ソードは一度の攻撃で二回斬撃を繰り出してくれる。

 敵の左脚が切り落としたが、右脚に剣が食い込んだ。やはり硬い。


 レンジはすぐに剣から左手を離し、右手の剣で敵の右脚を今度こそ切り落とそうとした。


 そして気づいた。


 剣から手を離してはいけなかったということに。


 追い付くのがやっとというスピード差は、両手に持つ剣のおかげであり、どちらかでも手を離してしまったら、その差はさらに開くだけだということに。


 敵はレンジがそうしたように、切り落とされた左脚の代わりに角を地面に突き立て、コンパスのように身体を回転させた。


 驚いている場合ではなかったが、やはり目の前の敵には、カオスでありながら知性があることにレンジは驚かされた。


 そして、敵は右手に持つ角で今度はレンジの胴を貫こうとしていた。


 レンジはそれを右手の剣で受け止めようとしたが、もはやスピードがあまりにも違い過ぎた。


 間に合わないとわかった瞬間、カオスの上半身は氷漬けになっていた。


 ステラがこちらに向かって走ってきていた。

 その右手にエーテルを収束させているのが見えた。


 氷の魔法を放ってくれたのはピノアだろうか。

 遠くに、両手を前にかざす彼女の姿が見えた。


「危ないから、一応伏せてて」


 ステラはレンジにそう言うと、氷漬けになったカオスに向かって、ゼロ距離から魔法を放った。


 それは、カオスを粉々にするほど強力な爆発魔法だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る