第14話 死と旅立ち ②

 レンジたちは、広場から宿に戻るとピノアを叩き起こし、城下町を出た。


 叩き起こすという表現はよく聞くが、ステラが何のためらいもなく、ピノアの顔面に往復ビンタをして叩き起こしているのを見たときは、本当に文字通り叩き起こすことがあるんだな、と思った。



 ピノアはどうやら朝が弱いらしく、彼女が支度を済ませる間、ステラはレンジに、ピノアにはレオナルドのことは伏せておきましょう、と言った。


「彼女は、ゆうべのあなたと彼のやりとりをしらない。

 それに、ああ見えてとても繊細で、まわりにとても気を遣う子だから。

 わたしたちも気持ちを切り替える必要があるわ」


 彼女の言う通りだと思った。


 だからふたりとも、殺人事件が起きたために普段よりも騒がしい城下町の人々のことについても、何も知らないふりをしてピノアを連れて城下町を出た。



 ステラは、ピノアが背中に背負っていたランドセルから、筒のようなものを取り出すと、中に入っていた上質な紙に描かれた世界地図を広げた。


 その地図は、リバーステラの世界地図を左右に反転させたものであり、レンジが見慣れた日本を中心にしたものではなく、ヨーロッパを中心とした地図だった。


「エウロペはここよ」


 ステラはヨーロッパの長靴のような形をした半島を指で示した。


「エウロペは、ぼくのいた世界で言うイタリアにあったのか」


 ステラはくすりと笑った。


「リバーステラから来た人たちは、みんなそう言うって聞いてたけど、本当なのね」


「そりゃ驚くよ。世界地図は裏返しになったみたいに左右? 東西? が反対してるし」


「本当は昨日のうちに説明しておかなければいけないことだったのだけれど……」


「しかたないよ。昨日はいろいろあったからね」


 長靴のような形をした半島にあるエウロペの地続きに、先ほど聞いたばかりの「ランス」や「ペイン」があった。

 ランスはフランスに位置し、ペインはスペインに位置していた。


「まずは、ランスに向かいましょう。

 ランスは竜騎士の国。竜騎士が駆る飛竜は、火の精霊であるフェネクスがいる山で産まれるの。

 リバーステラからの来訪者であるあなたは、テラに産まれたわたしたちと違って、フェネクスに力を示し、認められ契約を交わすことでようやく火の魔法が使えるようになる」



 精霊に力を示すとは、精霊と戦うということだろうか。

 やはりレンジには、なんとなくわかってしまった。

 父はそれを乗り越えたが、転移者の多くは乗り越えられずに死んでいったのだろうと。



「ランスの竜騎士や飛竜の力を借りられるようなら空から、借りられなければ船で、アイスランドやグリーンランドに」


「そこに水の精霊や、地の精霊がいる?」


「えぇ。その通りよ。あなたは本当に勘がいいのね。

 でもそれは、まだ先のこと。

 今はランスに向かいながら、あなたは精霊に力を示せられるだけの力を身に付けなければならない」


「ぼくは『まだ実戦経験がない』」


 レンジは言った。本当は昨晩すでに経験していたが、ピノアはそれを知らないからだ。


「だから、魔物と戦うことになったら、なるべくぼくひとりにまかせてほしい」


「そのつもりよ。

 本来なら『一度も実戦経験がない』あなたひとりでは、ダークマターを取り込んだ魔物は、手に負えないくらいに狂暴だから、巫女も共に戦う必要があるのだけれど、あなたはその魔装具があるから」


 徒歩で行くには時間がかかりすぎるから、途中の村で馬車を借りることにしましょう、ステラはそう言った。



 レンジはステラの持つ世界地図の、アジアの西にある島国を指差した。

 この世界では、極東ではなく、極西になるのだろうか。


「ここが、ぼくが生まれた国だよ」


 と言った。


「知ってる。

 みんな、このドラゴンのような形をした島国から来たって言うって聞いてたから。

 確かそっちではニホンって言うんだったかしら?」


「そう、日本。ぼくは一度もその島国を出たことがないから、自分が生まれた国のことしかよく知らないけど。そんなに悪い国じゃないかな……

 イタリアのことはよくわからないけれど、エウロペほどきれいじゃないけど、確かすごくきれいな街並みの国だったはずだよ」


「いつか、あなたが生まれた国や、そのイタリアって国にあなたと行ってみたいわ。連れていってくれる?」


 いいよ、とレンジは笑った。



「あのさ~~」


 ひとりだけほったらかしにされ、ステラの荷物持ちにまでされていたピノアが不満そうに言った。


「なんかふたりとも昨日より仲良くなってない?

 もしかして、付き合ってんの!?」



 レンジとステラは、ふたりとも顔を真っ赤にし、


「まじか……」


 と、ピノアは愕然とした。



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