第13話 死と旅立ち ①

 翌朝、宿までレンジたちを迎えにやってくると言っていたレオナルドはなかなかやってこず、


 そして、


 死体で発見された。



 城下町の広場の噴水に彼は浮かんでいた。


 彼の死因は不明。

 死体には傷ひとつなく、解剖してみなければ詳細はわからないということだったが、おそらく外傷はないものの心臓やその他の内臓を魔法によって潰されているのではないか、ということだった。

 殺害後も傷ひとつつけることなく、彼の死体からはその血がすべて抜かれ、皮と肉と骨だけになっていたという。

 そのため、最初は誰もそれが死体だとは気づかなかったらしい。


 レンジとステラが駆けつけたときには、噴水が循環させる水は、彼の血で真っ赤に染まっていた。


 死体は魔法によって沈められており、死体から抜かれた血も小分けにされたいくつかの袋に入れられ、沈められていたらしい。


 広場に人が集まりだす、リバーステラでいう通勤ラッシュの時間帯に、死体が浮かび上がり、血の入った袋が破裂する、そういった時限式の魔法がかけられていたそうだ。


 レオナルドは魔装具店の2階に住んでおり、レンジと分かれた後、店に帰る途中で殺害されたのだと思われた。


 ダークマターからエーテルだけを切り離し、もうひとつの魔素である放射性物質と思われるものを封印する試験管のようなものは奪われており、店も荒らされていた。

 魔装具が盗まれたりはしておらず、彼が産み出したこの世界を救う唯一の手段に関する資料だけがすべて盗まれていた。



 レンジは、レオナルドが死んだ、殺された、ということは理解できた。


 しかし、その死体はレンジが知る彼と同一人物とは思えないほどに変わってしまっており、殺害方法やその後の手口もすべて魔法によるものだったから、理解が追いつかなかった。


 だからだろうか。悲しいと感じないのは。


 もっと彼から父の話を聞きたかった。

 ステラやピノアだけでなく、彼と共に旅をし、魔王となった父を救いたかった。

 父を救い、この世界をあるべき形に戻した後、リバーステラに存在する負の遺産もまた、父や彼と共にどうにかしたかった。


 レンジにあるのは、それらがもうかなわなくなってしまったというむなしさだった。



 犯人は、おそらくネクロマンサーと呼ばれる魔法使いだということだった。


 炎や水、風、土、雷を司る精霊が存在するように、死さえも司る闇の精霊、というよりは死神や悪魔のようなものが存在し、その力を借りることで、人や魔物を一瞬で死に至らしめるだけでなく、死者の魂を呼び戻したり、死体を操り人形のように扱うことができる禁忌の魔法を使う魔法使い。

 それが、ネクロマンサーらしい。


 エウロペの王宮に仕える巫女や魔法使い、魔法戦士にも、大賢者がそれらを育成する魔術院にも、誰ひとりそのような魔法の使い手はいないが、ネクロマンサーという存在は確かに存在し、この国の近隣諸国のひとつである「ペイン」にその存在が最低でも数人存在することが確認されているという。


 ペインという国がそのような禁忌の魔法に手を染めなければいけなかったのもまた、この国の王が枯渇しつつあったエーテルを独占しようとするために引き起こした戦争がきっかけだったという。


 100年以上前のエウロペは魔法に長けた軍事国家であり、隣国であり同盟国でもあるランスは竜騎士を多く有する軍事国家であった。

 そのふたつの国に攻めいられ劣勢にあったペインは、禁忌を犯してまでも国やエーテルを守ろうとしたそうだ。

 ネクロマンサーは、死者の軍隊「ファントム」を作ったが、しかしそれでもエウロペとランスに敗れた。


 すべてはエウロペが引き起こした戦争のせいだったが、テラもまたリバーステラ同様に、戦争に勝利した国家こそが正義であり、敗戦国であるペインがしたことは許されないと断罪され、当時の国王や大臣、軍の幹部らは皆処刑されたという。


 100年以上が過ぎた今もなお、ペインは他国との交易等様々なことを禁じられたまま、復興できていないということだった。



「どうやら、わたし以外にも、あなたと彼の会話を盗み聞きしていた者がいたようね」


 ステラはレンジに言った。


「だとすれば、次に狙われるのは、ぼくか……」


「それに、わたしね。

 犯人があの場にいたことをわたしは気づかなかったけれど、犯人はわたしの存在に気づいていたはずだから。

 急いで城下町を出ましょう」



 本当にネクロマンサーだけの犯行なのだろうか、とレンジはふと思った。

 レオナルドの死体や血の入った袋を特定の時間に浮かび上がらせたり破裂させたりするような時限式の魔法は、時を司る精霊のようなものの力を借りなければ不可能ではないのか、と。


 そんな精霊がいれば、の話ではあったが、彼はなんとなくだが、そう思った。



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