第10話 一人目の来訪者と一万人目の来訪者 ②
宿は国王の命令で、城の者がすでに2部屋、数日前から確保してくれていた。
2部屋なのは転移者が男なのか女なのかは事前にはわからないためであり、転移者が男の場合、部屋を一緒にすると巫女を襲いかねないためだった。
突然見知らぬ世界に転移させられたリバーステラからの来訪者は、自分のことを知る者が誰もいないというだけでも不安にかられるというのに、わずかばかりの支度金を渡され、魔王だ魔物だ魔法だといった話を聞かされる。精神が不安定に陥りやすい傾向にあった。
巫女は仕事とはいえ転移者に優しく接するため、転移者の中には自分に恋心を抱いているのではないかと勘違いする者も多いという。
過去に転移者が巫女を襲おうとし、巫女が身を守るために転移者を魔法で殺害せざるを得ないということもあったらしい。
転移者が女であったとしても、精神安定のために別々の部屋でゆっくりと休ませる必要があった。
ひとりの転移者に巫女をふたりつけるとまでは聞かされていなかったらしく、宿の主はあわててピノアの分のベッドをステラの部屋に用意した。
宿の主は、一万人目の客人を丁重にもてなすよう言われており、盛大な料理を振る舞われた。
ステラもレンジもあまり食欲はなくほとんど食べられなかった。
申し訳ない気持ちになったが、ピノアが3人分の食事をペロリと平らげてくれたので、正直助かった。
ピノアは部屋に戻るとすぐに眠ってしまった。
ステラは、なかなか眠ることができず、ピノアの無神経さが羨ましかった。
いや、神経が図太いのは確かだが、彼女は決して無神経ではない、と思い直す。
ピノアもきっと、レンジが転移者の中で特異な存在であることに、最初から気づいていたはずだった。おそらくはステラよりも早く。
だからこそ、道化を自ら演じてくれていた。
彼女が道化を演じてくれていたからこそ、ステラはレンジと最初からうまく話をすることができた。
ピノアがいなければ、リバーステラの言葉で言うところの、『コミュショー』である自分やレンジはおそらく満足に会話をすることもできなかっただろう。
ふたりはまだ17歳だが、ふたりとも魔人であった。
成長は十代のうちに終わり、それ以後は不老となる。
魔人は人がエーテルと一体化して産まれ、それゆえにエーテルの扱いに長ける。
魔人はそれほどめずらしい存在ではなく、数年にひとりは必ず産まれてくる。
しかし、ピノアのようなアルビノの魔人は1000年に一度現れるかどうかという伝説上の存在であった。
エーテルという魔素と一体化した肉体を持つだけでなく、人並み外れた力を持つがゆえに魔人は魔人と呼ばれてはいるが、ただの魔人でしかないステラとは、ピノアは産まれもった才能が桁違いだった。
「この子には、幼い頃から世話になってばっかりね……」
ピノアのだらしない寝顔を見ながらステラが呟いた。
そのとき、隣の部屋から物音がした。レンジの部屋だった。
部屋の扉を少しだけ開けると、レンジは魔装具を身にまとい、鞘に納めたふたふりの剣を腰に下げ、部屋を出るところだった。
こんな真夜中に一体どこに行くつもりだろうか?
彼が宿を出ていくのを見届けると、ステラは魔法で姿を消し、彼を追いかけることにした。
夜道でたとえ彼の姿を見失ったとしても、彼の財布はどうやら彼が持っているようだったから、城で財布にかけた魔法で彼の居場所は特定できそうだった。
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