第8話 彼はあまりにも、受け入れすぎている。
魔装具店を出る頃にはすでに日は落ち、夜になっていた。
魔装具はステラが大賢者たちから話に聞いていたものよりも、はるかに優れた武器や防具だった。
ステラやピノアは、異世界からの来訪者であるレンジを導く巫女であり、自分の命よりも、レンジの命を優先して守らなければならない立場であったから、彼が自分で身を守れるだけの武器や防具を手に入れられたことは、大きな収穫だった。
ステラとしては、いくらレンジの学ランを借りていたとはいえ、恥ずかしい衣装から解放されたこともありがたかった。むしろその方がありがたかったと言えるくらいであった。
彼女が手に入れた魔装具は、大気中のエーテルを消費することなく雷の精霊の中級魔法を無限に発動させることができる「雷神の杖」と、同様に風の精霊の魔法を発することができる「風神の盾」だった。
便宜上、雷神・風神とされているが、結晶化したエーテルで作られたその杖の先端は雷の精霊ベリアルの姿が象られていた。盾はその全体が風の精霊ヴァプラの顔になっていた。
それだけでなく、杖は仕込み杖にもなっていた。
杖としての先端は雷の精霊の姿が彫られているが、逆の先端は剣の柄になっており、引き抜けば、細身で鋭く尖った刺突用の片手剣・レイピアとなるように作られていた。レイピア自体には雷の魔法を発動する力はないが、こちらも結晶化エーテルで作られているために、単純に高い攻撃力を持っていた。同じ刺突攻撃であれば、レンジのふたふりの剣よりもその威力は高いらしい。
杖とレイピアの同時使用も可能だということだった。
盾は敵の接近を許してしまった場合、盾に彫られた精霊の顔自体が敵に噛み付くという。
魔法使いはあくまで魔法によって後方支援を担当する兵種であり、ローブを身にまとう者が多い。
しかしローブは大変動きづらく、身を守るための鎧と比べたら、洋服の延長線上にあるものでしかなかった。
そのため、敵の接近を許してしまった場合、零距離での魔法発動以外に攻撃手段がなく、剣や槍によって簡単に殺されてしまいかねない。魔法使いが戦死するときは大概がそういう死に方だった。
ステラはそういった場合にも魔法以外の攻撃が可能なような杖と盾を選び、レンジの甲冑ほどではないものの、ローブよりもはるかに高い防御力を持つ鎧を選ぶことにした。
ピノアはどうやらあの破廉恥な格好を気に入っていたらしく、相変わらず同じ格好のままだった。
肌が露出していた両腕に、肘から手の指先までをおおう魔装具「ガントレット」を装着していた。それは魔法使いにとってエーテルを集め、魔法を発動するために最も大事な腕や手を守るだけでなく、攻撃魔法の威力を高める効果があり、ピノアらしいチョイスだと思った。
リバーステラから転移者がやって来るとき、その数日前に、前兆としてゲートからひとつだけリバーステラから何かが転送されてくる。
商店街のはずれにあるATMというマキナは、レンジが転移する数日前にこちらの世界に転送されてきたばかりのものだった。
それによって彼は魔装具を購入できるだけの資金を得ることができた。
彼はただの一万人目の転移者というだけではないのかもしれない。
国王が巫女をふたりつけると言い出しただけではなく、大賢者はステラだけでなくピノアまでをも選んだ。
ふたりは、巫女の中で現在最も高い実力を持つ者だった。
レンジのためにあまりに準備がされすぎていた。
それにこの国のトップで立つ国王と大賢者が関わっている。ふたりは何か知っているのだろうか。
「結局のところ、ぼくはステラとピノアといっしょに魔王を倒せばいいんだよね?」
レンジはステラにそう訊いた。
「そうね。魔王を倒すこと、そして大気中のダークマターをすべて浄化し、この世界をエーテルに満ち満ちた本来あるべき姿に戻すこと。それがあなたとわたしとピノアに与えられた使命」
ステラには不思議だった。
レンジのことだ。
彼はあまりにも、すんなりとすべてを受け入れすぎている気がした。
「でも、それは最終的な目標で、ステラやピノアと世界中を旅する必要があるのかな?
確か、枯渇しつつあるエーテルを人工的に産み出そうとした結果、ダークマターが産まれたんだったね。
ステラやピノア、この世界の人々にはダークマターを扱うことができず、魔物やぼくのような異世界からの来訪者のみがダークマターを扱えるんだっけ」
異世界に来たことにさして戸惑う様子もなく、混乱もしていない。
元いた世界に帰りたがることもなく、帰れるのかを問うこともなかった。
自分以前の9999人の来訪者についても何も訊いてはこない。
まるで、ステラやピノアが答えられないのをわかっているような気さえした。
答えをステラたちは知っていた。
ゲートは一方通行でしかなく、帰ることはできない。
彼以前の9999人の来訪者は、ひとりをのぞいてすでに全員が死亡している。
だが、それを伝えることはタブーだとされていた。
うまくはぐらかす、あるいは嘘をついてでも使命を全うさせる。
それが巫女としての使命のひとつだった。
「ダークマターの扱い方は、エーテルと同じだと聞いているわ。
だから、エーテルを扱う術(すべ)は、わたしたちが教える。
エーテルを扱えるようになれば、あなたはダークマターを扱えるようになる。
あなたは同じ魔法でも、わたしたちよりも強力な魔法を扱えるようになるはずよ。
だけど、それはおいおいね。
まず、あなたはこの城下町を拠点として、この世界での生活や魔物と戦いに慣れることが必要だと思うわ。
とりあえず、今夜は城下町に宿を取りましょう」
彼が元いた世界にはない、魔法やエーテル、魔装具、魔物や魔人や魔王と行った存在を、彼はあまりにもすんなりと受け入れすぎていた。
いくら転移直後にエーテルによってこの世界への順応化が行われたとはいえ、それはあくまで読めないはずの文字や理解できない言語を翻訳するものに過ぎず、本人自身をこの世界に順応させるものではなかった。
それに、あまりに彼は勘が良すぎた。
頭がいいというだけでは、テラとリバーステラの関係性にあっという間にたどり着いたことの説明がつかなかった。
レンジは、両手の指先までを被う甲冑の手のひらを広げて見せた。
「さっき、ピノアはこんな風にして大きな火球を手のひらから出してたよね。
魔人である魔装具鍛冶の彼が驚くような強力な魔法を、詠唱呪文のようなものもなく、あっという間に作り出していた。
確か魔法とは精霊の力を大気中のエーテルを通じて借りるものだったね」
彼は何をするつもりだろうか。
まさか一度見ただけで、何の訓練もなく、魔法を使ってみせるつもりだろうか。
そんなことはできるはずがなかった。
魔法を扱うには、まず、大気中のエーテルを手のひらに集めることが出来なければならない。それだけでも相当な修行が必要となる。
火の魔法が使いたければ、火を司る精霊の存在を感じなければならない。水や氷の魔法が使いたければ、水を司る精霊を。風や土、雷もまた同じだ。
精霊は誰にでも力を貸すわけではない。
才能がある者が正しいことに使うときにのみ、精霊は力を貸す。
「ねぇ、ステラ、レンジの右手に集まってるの、エーテルだよね?」
だから、それはありえないことだった。
「左手に集まってる黒いのは何?」
おそらくはダークマターだった。
左右の手にダークマターとエーテルを別々に同時に集めるなんて、ありえないことだった。
彼は、ふぅ、とため息をつくと、両手に集めたふたつの魔素を散らした。
「今はここまでがぼくの限度みたいだ。
精霊たちとは契約か何かを結ばなければいけないということみたいだね」
「あなた、一体何者なの?」
ステラは、レンジに尋ねた。
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