第7話 転移して数時間で最強装備 ②

「その甲冑は、にーちゃんみたいな戦いのど素人でも身にまとうだけで、炎や氷、風や雷といったあらゆる魔法攻撃を無効化してくれる。

 そっちの銀髪のねーちゃん、あんた魔法使いだろ?

 ちょっとあんたが使える一番強力な魔法を、そのにーちゃんに向かってぶっぱなしてみてくれ」


「え~? 本当に大丈夫なの~~?」


「もし、にーちゃんに火傷や凍傷が起きるようなことがあれば、その鎧はただでくれてやるよ」


「おっもしろそ~~! じゃ、レンジ、いっくよ~~!!」


 ピノアは、両手を高くかかげると、直径1メートルはあるであろう火球をふたつ作り出した。


「おいおい、ねーちゃん、それ、業火連弾(ごうかれんだん)とかっていう大賢者の野郎が編み出した最強の火炎魔法じゃねーか?」


「そ~だよ~、この火球の温度は~~大体4000度~」


「そこらへんの魔物や人間なら骨も残らないな。この店も結晶化したエーテルで作ってなきゃ、とっくになくなってる。

 ねーちゃん、頭悪そうなしゃべり方してるわりに、かなりの使い手じゃねーか」


 レンジに向かって放たれた業火連弾は、燃え盛る火炎が『確かに熱そうに見えた』。

 しかし、彼はその熱さを全く感じることはなく、まるでドッジボールのようにひとつ目の火球を受け止めた。

 やはり熱くはない。

 ふたつめの火球は、彼の顔面に直撃したが、痛くもなければ痒くもなかった。

 もちろん、火傷などもなかった。


「え……嘘でしょ……」


「な? その甲冑、やべーだろ?

 おまけに、そいつはただ魔法を無効化するだけじゃねーんだ。同時に魔法をエーテルに還元し、吸収する。

 つまり、ねーちゃんが業火連弾を放つときに使った、最上級火炎魔法『インエフェルノ』2発分のエーテルを吸収して、魔装具として一層質が高くなってるってわけだ。

 魔法を受ければ受けるほどその魔装具自体が成長する。

 そいつは、100万ρ だが、どうだい?」


 3人分欲しかったが、魔装具とは基本的に一点ものらしく、甲冑はレンジ用に、ステラとピノアは別のものをしてもらうことにした。


「にーちゃんはその甲冑があれば盾はいらねーな」


「そうですね。たぶんいらないと思います。盾は一番いいものをこのふたりに」


「まいどあり」


 レオナルド・ダ・ヴィンチ・イズ・ディカプリオは、魔装具が100年ぶりに売れたことよりも、鍛冶としての腕や魔装具の性能を認められることを喜んでいるように見えた。

 職人というものはきっと皆そういうものなのだろう。


「にーちゃん、見たところあんた両利きだな?」


「よくわかりますね」


「動きを見れば大体な。

 リバーステラは、左利きだったのを無理矢理右利きに矯正するって聞いたことがあるしよ。なんでそんなことするのか、全然理解できねーけど。

 つまりにーちゃんは、二刀流の才能がすでにあるってことだ。剣術の才能があるかどうかまでは知らねーけどな。

 その甲冑があれば、ねーちゃんたちに守ってもらう必要はねえ。

 むしろ、にーちゃんが守ってやれ。ふたりは魔法使いだからな。魔法が使えないにーちゃんの仕事は接近戦だ。

 で、両利きのにーちゃんにおすすめなのが、はじめから二刀流を想定して作られたこの剣だ」


 差し出されたふたふりの剣は、ダ・ヴィンチ・ソードと、ディカプリオ・ブレイドというそうだった。


 レンジは、この人本当に自分のこと好きだな、と思った。




「生き死にがかかったような戦いでは、剣術のイロハとかはあんまり関係がねぇ。もちろん基礎くらいは知っといた方がいいけどな。

 それよりも武器自体の切れ味と、それを持つ者のスピードがものを言う。

 リバーステラにある、『攻撃は最大の防御』って言葉がまさにそれだ。


 こっちのダ・ヴィンチ・ソードには、持ち主の俊敏性、つまりはスピードだな、それを自動的に2倍から3倍に高める力がある。

 で、そっちのディカプリオ・ブレイドには、相手の俊敏性を逆に半分から1/3にまで鈍化させる力がある。


 つまり、このふたふりの剣を両手に持つだけで、にーちゃんは相手より最低でも4倍、最大9倍の早さで動けるってわけだ。

 けどよ、もちろんそれは、剣を持ってないときのにーちゃんと相手のすばやさが同じ場合のときだ。

 剣を持っていても相手の方がすばやい場合がある。魔物の中にはそれくらい俊敏性が高い奴らがいるからな。


 剣を持ってない状態で、にーちゃんより4倍から9倍すばやい相手と戦う場合、4倍なら剣を持てば互角かそれ以上にはなれる。5倍以上の場合は互角かそれ以上になれる場合もあるが、なれない場合もある。

 だから、にーちゃん自身のすばやさにその剣が持つ力は依存する。

 にーちゃんのすばやさが高ければ高いほど、その剣の力は本領を発揮する。

 にーちゃんの身はその鎧が守り、そしてにーちゃんのそのほっそい腕はその剣の軽さと切れ味が補う。

 だからにーちゃんは下手に剣術を学ぶくらいなら、とにかくすばやさを磨け」



 ふたふりの剣もやはり軽く、確かに持つだけで身が軽くなるような感覚があった。


「では、次はわたしが相手になります。これでも剣術には多少心得がありますので」


 そう言ったステラに、


「やめておけ。死ぬぞ」


 と、レオナルドは真剣な表情で釘をさした。


「そのにーちゃんは剣を持つのもはじめてだ。もちろん剣術の心得どころか基礎も知らねぇ。だから寸止めなんて手加減も当然できねぇ」


 確かにレオナルドの言う通りだった。


「だから、俺が相手になる。

 きれいなねーちゃんの体が真っ二つになるところは見たくねぇからな」


 レオナルドは壁にかかった剣を手に取り、言い終えると同時にレンジに切りかかってきた。


「早いっ!!」


 ステラはそう叫んだが、その動きはレンジにはひどく遅く見えた。

 斬撃を避け、レオナルドの後ろに回り込むのは容易かった。


「レンジはもっと早いよ!?」


 ピノアの声もひどく遅く聞こえた。



 レオナルドの後ろには鉱石で作られた試し斬り用の人形があった。

 レンジはその人形に向かって斬撃を繰り出した。


 右手に持つディカプリオ・ブレイドは鉱石人形の上半身と下半身を真っ二つにし、左手のダ・ヴィンチ・ソードは真っ二つになった人形を、左右にさらに真っ二つではなく、なんと3つに分けていた。


「早すぎて斬撃が見えないよっ!!」


「特に左手の剣がすごいわね。どちらも剣の名前が残念なのがかわいそうだけれど。

 あとピノア、あなた、せっかく作ってたキャラが早速崩壊してるわよ」



 レンジも驚いていた。

 もちろん、ピノアの早速のキャラ崩壊にではなく、自分の体の動きにだ。


 体を動かすことはあまり好きではなかった。むしろ嫌いだった。


 何の部活動もやっておらず、体育の授業も仕方なくいやいや受けていた。

 走るのは遅く、球技も苦手だ。

 小学生の頃から、運動会や体育祭ではいつも勝とうが負けようがどうでもいいような種目に勝手にまわされていた。


 スポーツなんてものは、勉強のできない連中にも活躍の場を与えるためにその存在があり、クラスカーストの最上位という、学生の間だけのつかの間の地位や名誉を与えるためだけのものだと思っていた。


 そんな自分がこんなにも早く、こんなにも強くなれるほどの力を魔装具は持っていた。


 道理でスポーツができる者たちは自信に満ち溢れ、できない者を馬鹿にするわけだと思った。



「ディカプリオ・ブレイドは相手を鈍化させ、あくまで斬撃を一撃繰り出すだけ。

 しかし、ダ・ヴィンチ・ソードは持ち主の俊敏性を増すだけでなく、斬撃を一度に二撃繰り出す。

 ちなみに、その鉱石人形は、純度100パーセントのオリハルコンだ」


「オリハルコン? あの世界で最も硬いという?」


 ステラもピノアも驚いていたが、レンジもそれは同じだった。

 リバーステラではオリハルコンは伝説上の鉱石や金属に過ぎず、存在しないものだったからだ。オリハルコンが確か西洋の伝説の金属で、ヒヒイロカネと呼ばれるものが日本の神話に出てくる金属だった。


「あぁ、だが、結晶化したエーテルはそれよりもはるかに硬い。

 にーちゃんは、今、おそらくこの国の騎士団の隊長クラスと互角くらいには強いだろう。

 だが、それはにーちゃんの力じゃねぇ。すべて魔装具の力だ。


 だから、にーちゃん自身がその魔装具の力をすべて引き出せるくらいに強くなれ……

 それが、エウロペの最高の魔装具鍛冶である俺の遺言だ……」


 ぐふっ、とレオナルドは床に崩れ落ちた。



「いやいや、あんた切られてないし~~」


「それに、この国に魔装具鍛冶はあなたひとりしかいないのだから、最高も何もないでしょう?」


 早くわたしたち用の武器を用意しなさい! ステラにそう言われたレオナルドは、はい! と返事をして立ち上がると、いそいそと魔装具を用意した。



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