第5話 主人公の所持金がチートすぎる。
城に着くと、ステラはレンジと繋いでいた手を離してしまった。少し残念だった。
エウロペの城はとても大きかった。そして荘厳だった。
レンジひとりで入城していたら、きっと迷子になっていたことだろう。
王宮に仕える巫女であるピノアでさえ、よく迷子になるそうだった。
レンジは、巫女がピノアだけじゃなくて本当によかったと思った。ステラがいてくれることに感謝した。ステラがいて本当によかった。大切なことだから二度思った。
ヨーロッパに今もなお現存する中世の時代の城や古代の神殿や宮殿の大きさをレンジは知らなかったが、日本に現存している戦国時代の城ならば両親や祖父母にいくつか連れていってもらったことがあった。
その敷地面積は、レンジが知るそれらの城よりはるかに広く、そして城自体もはるかに高い建造物だった。
高い建築物というだけではなく、そのまわりにはいくつも、一応は橋のようなもので繋がってはいるものの、空に浮かんぶ別の建物がいくつか存在していた。飛空挺もそんな風にして浮かんでいた。
この国は世界で最も魔法の研究が進んでいるとステラは言っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
城のまわりに浮かぶ建物は、その多くが魔法研究所と呼ばれるものであるそうだ。
魔法をただの魔法としてだけでなく、リバーステラからの来訪者から得た科学文明による産物を、魔法で再現する研究が行われているという。
その中にはステラやピノアのような巫女を養成する機関・魔術学院もあるのだという。
城は13階建てで、その中央は大きな吹き抜けになっており、魔法の源であるエーテルを利用したエスカレーターに似たものがあった。エスカレーターのようなものは、のぼりとくだりのふたつ存在し、DNAのような二重螺旋の形に作られていた。
その二重螺旋の真ん中にはエレベーターのようなものまでも存在していた。
この世界では、電気の代わりが魔法やその源であるエーテルなのだ。
それだけでなく、城の各階には、別の階や城のまわりに存在する関連施設へのワープポイントのようなものがあるのだという。
ワープポイントさえのぞけば、一見非常に簡単な構造に感じられたが、国王との謁見の間や、王族のための部屋や寝室は、城の中央にあるエスカレーターやエレベーターでは決してたどりつけない構造になっていた。
謁見の間に向かうためには、一度最上階に向かい、そこからワープポイントを正しい順番に利用しなければならず、一度でも間違えれば最上階に戻されてしまうという。
王族のための部屋や寝室へ向かうワープポイントの順番を知っているのは王族と大臣やメイドといった数少ない者だけだということだった。
ずいぶんと複雑な構造になっているなと思った。テロやクーデターを見越して作られているのだろうか。
「そういえば、エーティーエムと言ったかしら? あのマキナはもう使った?」
王との謁見を待つ間、ステラはレンジにそう聞いた。
この世界では魔法で再現した機械のことをどうやら「マキナ」と呼ぶらしい。
「驚いたでしょう? 異世界に転移したかと思ったら目の前にあんなものがあるのだもの」
レンジは、鞄の中から財布を取り出すと、十万円分のこの国の紙幣を見せた。
「え、これって……」
「もしかして、100万ρ(ロー)紙幣?
はじめて見たんだけど!! それも10枚!!!!!!!!!!」
この世界の通貨は、ρ(ロー)と言うらしい。
1円=100ρ だそうだ。
レンジはATMで引き出した金額は10万円だが、1000万ρ になるという。
ふたりの反応からすると、おそらくこの国の賃金や物価は、相当安いようだ。
1000万ρ もあれば、城下町の一等地に土地を買い、大きな家を建ててもお釣りが来るどころか、一生遊んで暮らせるのだという。
リバーステラからの転移者に対し国王が旅立ちの準備資金と渡すのが10000ρ(100円)らしく、準備資金はアイアンソードやレザーメイルといった初歩的な武器や防具と、怪我や毒の治療薬を買うだけで精一杯だそうだ。
「でも、これだけのお金があれば、あなたは魔装具が最初から買えてしまうわね」
魔装具とは、結晶化したエーテルから作られた武器や防具のことらしい。
それ自体が高い攻撃力や防御力を誇るだけでなく、耐火性や耐氷性に優れていたり、俊敏性を高めるといった効果を持つものもあるという。
ステラやピノアのような巫女が、大気中のエーテルの消費を気にせず無限に魔法を放てるようなものもあるそうだった。
「ステラやピノアは、たぶんこれまでにたくさん巫女としての修行を積んできたんだよね」
「そうね。そもそも巫女は、産まれながらに魔法使いや魔法戦士、僧侶や聖騎士、それに召喚師や賢者といった才能を持つ者だけが集められ、物心ついたときには親と引き離され英才教育を受けてきた者を指すから」
ふたりとも望んで巫女になったというわけじゃないということだった。
才能を持って生まれてきてしまったがゆえに、親と引き離され厳しい修行を受けてきたのだ。
「ふたりとも、大賢者って人に選ばれるくらいだから、きっと優秀な巫女なんだよね。
ふたりはその魔装具を扱えると思うけど、ぼくはどうなのかな?
ぼくはなんの修行もしていない。魔法の使い方すら知らない」
「確かに今のあなたでは手に余る代物ね。
ちゃんと扱えるようになるかどうかもまだわからない。
けれど、魔装具の本来持つ力を扱えなくても、単純に攻撃力や防御力に優れている装備をあなたは最初からその身にまとうことができる。それだけでも、充分に価値がある。
あなたの命を守ってくれるのだから」
ステラは、レンジの財布に、魔法で彼しか開くことができないようなロックをかけてくれた。
それだけではなく、万が一盗まれるようなことがあっても、財布の持ち主であるレンジや術者であるステラなら、場所を特定することができるという。
「まずはあなたの身を守るための最高の魔装具を買いましょう。
できれば、残ったお金でわたしたちの分も買って頂けると助かるのだけれど……」
ステラはとても言いづらそうにそう言った。
レンジのお金だからだろう。
だから彼は言った。
「これは、もうぼくだけのお金ではないと、ぼくは思ってるよ。
ぼくひとりでは、何も出来そうにないからね。
三人分の魔装具に使おう」
お年玉を使わずに貯めておいてよかった、とレンジは思った。
「こうなると、国王陛下との謁見にはあまり意味はないわね」
「そうだね~、ステラがさっきした話を~、もう一回聞かされるだけだもんね~~。10000ρ くらいもらったところで~、1000万ρ すでにあるわけだから~、そんなはした金いらね~~って感じだし~」
「わたしとしてはピノアの代わりにもっと優秀な巫女をと進言するつもりだったのだけれど」
「え!? あれ、本気だったの!?」
ステラは衛兵に、一万人目の転移者の体調が悪いようなので日を改めて出直す、と告げにいったようだった。
「行きましょう、レンジ」
「王様に挨拶はいいの?」
レンジは聞いた。
「別にいいわ」
ステラは言った。
「元はと言えば、あの男が戦争さえ引き起こさなければ、エーテルの枯渇がここまで深刻化することはなかったの。
人工的にエーテルを産み出す必要もなければ、それによってダークマターが産まれてしまうこともなかった。
魔王が生まれてしまったのは、すべてあの男の責任。
あなたやわたしたちはその尻拭いをさせられているだけなのよ」
その声は、とても冷たかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます