第2話 ボーイ・ミーツ・マジシャン・ガールズ

「異世界『リバーステラ』とのゲート開通から今年で100年。

 通算一万人目のお客様、ただいまご到着で~っす!!!」


 面倒なことに巻き込まれた。

 それが、秋月レンジにとって、異世界への転移や転生に対する、正直な感想だった。



 リバーステラというのは地球のことだろうか? と、レンジは思った。


 テラというのは、確か地球のことだ。アースやガイアと呼ぶこともあったような気がした。もしかしたらガイアは違うものかもしれない。

 彼が元いた世界をリバーステラと呼んでいるということは、この世界ではこの星がテラと呼ばれているのだろうか。

 この世界と自分がいた世界は裏表の関係にあるということだろうか。


 ゲート開通から100年、通算一万人目ということは、1920年にはこの世界と彼の世界は繋がっており、自分の前には9999人もこの世界への来訪者がいたということだ。


 なるほどな、と思った。

 道理でATMがあんなところにあったわけだ。どうやってこの世界に持ち込んだのかまではわからなかったが。


 おそらく、この世界「テラ」とレンジが元いた世界「リバーステラ」を繋ぐゲートは、この世界では先ほどの商店街のはずれにあり、この世界から見て異世界にあたる彼の世界では日本にあるのだ。それも、彼が通う高校の、登下校の道のどこかにあったのだ。


 もしかしたら、この数年、異世界転移や異世界転生ものが流行っているのは、そのゲートやこの世界が原因なのかもしれない、レンジはそんなことも思った。

 そんな言葉やジャンルが産まれる前からも、そういった物語は小説や漫画、アニメやゲームの中に無数にあった。

 この世界への転移を経験した者が、元いた世界に帰還した後、この世界で体験したことを元にそういった小説を書いている、そういう可能性があるのではないか、と。

 無論、ネット小説の一ジャンルとして最も高い人気を誇るようになり、既にテンプレ化されていると聞いていたから、大半の作品は完成度の高い作品を真似て、作者独自の要素を足したものに過ぎないのだろうが。



「お客様のお名前は~、ふむふむ、秋月レンジ様! 高校2年生!!」


 いつの間にか、クラスカーストの上位の方に学生服の胸ポケットから生徒手帳を取られていた。

 本当に耳障りなテンションだな、と思ったレンジは、乱暴に生徒手帳を奪い返すと胸ポケットに戻した。


 彼女は銀髪で、美しい顔立ちをしていた。髪だけでなく瞳や皮膚の色も薄く、一見はかなげな印象を与える、そんな外見をしていた。

 遺伝子の異常か何かで、まれにそういった色素を持たずに生まれてくるアルビノと呼ばれる者が、人や動物に産まれるという話を聞いたことがあった。

 アルビノは特殊な力を持つが短命、そういった話は物語でだけの設定だったろうか。

 だが目の前にいる少女は、そんなはかなげな見た目とは正反対の性格をしていた。


「あれれー? わたしの言葉、わかりますよね?」


 アルビノの少女が問い、


「大気中のエーテル濃度は正常みたいね。

 すでに、こちらの世界への順応は済んでいるはずよ」


 もうひとりの黒髪の少女が答えた。

 その少女はスマートフォンのようなものを片手に持っていた。


 レンジがいた世界では、10年ほど前に起きた大地震の際に、原子力発電所から放射能が漏れたことがあった。一部ではあるが、それがきっかけで一般市民も放射能の濃度を検出するガイガーカウンターを所有するようになったが、おそらく少女が手にしているスマートフォンのようなものは、そういった目に見えない「エーテル」という存在を計測する機械か何かなのだろう。



「あれれ~? じゃあ、どうして~?」


「たぶんあなたのそのおかしなテンションにまだ順応できていないのよ」


「ありゃりゃ。これは困りました~~」


「ちなみにわたしもまだ順応できてないわ。あなたとはもう十年来の付き合いだけれど」


 確かに黒髪の少女の言う通り言葉はわかったが、アルビノの少女のテンションにはレンジにはとてもついていけそうもなかった。


 しかし、それより何よりもふたりの少女の格好が、レンジの思考を停止させていた。


 少女たちは、セーラー服のようなスクール水着のような、一言で言えば変な服を着ていた。おまけにニーハイとローファーを履き、色違いのランドセルを背負っていた。


 外国人がよく調べもせずに作った侍や忍者の映画のように、彼女たちやこの異世界もまた、レンジたちの世界の洋服を勘違いや思い込みで再現した、そんなところだろうか。


「じろじろ見ないでくれるかしら?」


 いつの間にか、レンジは右手側にいた黒髪の少女をじろじろと見ていたらしい。


 レンジは、ごめん、とだけ言って、目をそらして言った。


「珍しい格好ではないはずよ。

 この服はあなたが今着ているガクランというものと同じくらい、10代の少女が着る服としては最もスタンダードなものなのでしょう?」


 レンジは、片手で否定のジェスチャーをしながら、


「いや、そんな格好してる女の子は、見たことがないよ」


 しっかりと、彼女たちが着ているもののモデルとなったセーラー服とスクール水着、それからニーハイやランドセルというものについて説明をした。


「な、なんですって……」


 黒髪の少女は顔を真っ赤にして座り込んでしまった。


「道理で……こんな破廉恥な衣装……女性蔑視にもほどがあると……」


「確か~、8888人目の方がそんな風におっしゃって~、国王陛下が異世界の方をお招きする際の正装として採用されたんですよね~」


「8888人目というと、確か例の……

 スライムを捕まえて遊んでいたら、顔に貼り付かれて窒息したっていう……」


「そう! 伝説の最弱の冒険者!!」



 秋月レンジは、その不名誉すぎる肩書きに同情しながらも、恥じらう黒髪の少女を見て、直視する勇気こそなかったものの、よくやった、と思った。



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