気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。【異世界転移奇譚 RENJI 1,2,3】
【第一部 異世界転移奇譚 RENJI】 第1話 1万人目の転移者
気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者。【異世界転移奇譚 RENJI 1,2,3】
雨野 美哉(あめの みかな)
【第一部 異世界転移奇譚 RENJI】 第1話 1万人目の転移者
そこは、どうやら城下町の商店街のはずれのようだった。
レンガが敷き詰められたその通りの先には、大きな噴水が見えていた。広場だろうか。
そのさらに向こうに、中世ヨーロッパの城のようなものが見えた。それは古代の神殿や宮殿のようにも見えた。
空には大航海時代のような船が浮かんでいた。飛空艇というやつだろう。
鳥ではない、もっと大きな、翼竜とでも呼ぶべきものが空を飛んでいた。
秋月レンジは気づいたら異世界にいた。
転移したのか、転生したのか、わからなかった。
どうやってこの世界にやってきてしまったのか、記憶がなかったからだった。
高校指定の制服姿のままだった。
2020年の11月11日、彼には確かに高校に登校した記憶があった。
授業を最後まで受け、確かに下校した。
しかし、帰宅した記憶はなかった。
帰宅途中に召喚され転移したのか、あるいは事故にあって死んでしまい、異世界に転生したか、そんなところだろう。
よくは知らなかったが、確かそんな風にして異世界に行くのが定番だということは知っていた。
彼は自宅のある市内の高校に通っており自転車通学だったが、乗っていた自転車はそこにはなかった。
しかし学校指定のボストンバッグを持っていた。
顔には、スポンジ製の洗って何度も使い回せるマスクをしたままだった。
彼が生まれ育ち、先ほどまでいた世界では、「カーズ」という感染致死率100%のウィルスによるパンデミックが世界規模で起きていたからだ。
制服のポケットにはスマートフォンがあった。やはりというか、当然というか、スマホは圏外だった。
彼はスマホの中に、ショッピングモールや飲食店などにある無料のWi-Fiスポットに、逐一選択し指定されたパスワードを入力などせずとも、自動的に繋がるアプリを入れていたが、無論Wi-Fiにも繋がってはいなかった。
スマホで連絡を取り合う相手など家族や親戚以外では皆無であったから、その本体機能やアプリにあまり興味がなかった彼が愛用しているのは、所謂格安スマホというやつだった。
格安スマホといっても、OSのバージョンは最新のものだったし、それ自体も三大キャリアで主戦力となっているものとほとんど変わらなかった。本体容量や機能の一部、例えばカメラの画素数などを落としただけのものだった。
格安スマホの本体や月額料金が安いのは、その本体が三大キャリア用に作られたスマホの廉価版であるからであり、会社自体も携帯電話の電波の中継基地を持ってはおらず三大キャリアからそれを借りているからだった。
インストールした覚えのないアプリが入っていた。
魔法使いが持つ魔道書のようなものの絵が書かれたアイコンには「異世界転移アプリ」と書かれていた。
レンジはそれを起動しようとしたが、すでに起動していたようだった。終了させることもできなかった。
いつから入っていたのかはわからないが、スマホの電源が入っているうちは常時起動し続けるアプリのようだった。
レンジの預かり知らぬところでそのようなアプリがスマホにインストールされていたため、彼は異世界転移した。おそらくはそういうことだろう。
自分が一度死に異世界へ転生したわけではないと決まったわけではなかったが、少しだけほっとした。
不思議なことに、電池残量が80パーセントを切っていたスマホは、彼がそのアプリについて考えているうちに90パーセント近くにまで戻っていた。
このアプリやこの世界と何か関係があるのだろうか。
異世界転移ものは一番流行したもののアニメを観たくらいで、あまり興味のないジャンルだった。
この数年、やたらに長いタイトルと、似たような異世界転移や転生を題材にしたアニメがよく深夜に放送されていた。どうやらネットには似たような小説が溢れており、タイトルがあらすじのようになっているのだという。
そういった作品が書籍化され、アニメになっているそうだった。
レンジがよく読む文庫本の巻末には、出版社が開催するライトノベルの新人賞が告知されていたが、今はプロの小説家になる道はそれだけではないようだ。むしろ、ネットの方が近道なのかもしれない。
それにしてもだ。
自分の目の前にあるATMは何なのだろう?
異世界になぜこんなものがあるのか、レンジは不思議だった。
彼は財布の中のゆうちょ銀行のカードを試しに入れてみることにした。
コンビニにあるものと同様に、ATMは反応し、暗証番号の入力を求められた。
何年分かのお年玉が、使わないまま十万円はあったはずだった。
十万円を引き出すと、見知らぬ紙幣が出てきた。
この世界の通貨に換金されたということだろうか。
紙幣には数字らしきものが書かれてはいたが、よくわからなかった。
商店街では、エプロンをした若い女性が道行く人々に声をかけていた。
レンジも声をかけられたが、日本語でも英語でもなく、何を話しているのかはわからなかった。おそらく店の呼び込みだろうということはなんとなくわかった。
見慣れない文字ばかりが並び、聞こえてくるのは聞き覚えのない言葉ばかり。
商店街を抜けると、一瞬目眩を覚えた。
目眩がおさまると見慣れないはずの文字が読めるようになっていた。
聞き覚えのない言葉が聞こえるようになっていた。
それは、とても奇妙な感覚だった。
そして、クラッカーのようなものが彼の左右から放たれた。パンという渇いた音ではなく、ポンという手品のような音だった。
「コングラッチュレ~ショ~ン!!」
「コ……コングラッチュレーション」
彼の左右からそんな声がした。
左から聞こえる声は、彼が苦手とするクラスカーストの上位にいる女子たちと同じテンションのものだった。
右から聞こえる声は、それとは真逆の、彼と同じようにひとりで休み時間を読書をして過ごすような女子のものだった。
「異世界『リバーステラ』とのゲート開通から今年で100年。
通算一万人目のお客様、ただいまご到着で~っす!!!」
面倒なことに巻き込まれた。
それが、秋月レンジにとって、異世界への転移や転生に対する、正直な感想だった。
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