第2話
「えっ。なにこれ。え」
「よお。幻想のなかは初めてかい?」
目の前。警察官。入ってきた。わたしの空間に。
「ここは、幻想だ。実際には存在しないが、たしかに存在する場所。そういうところだな」
「わたし。轢かれちゃって」
「車か?」
「はい」
「轢いた車はどうなった?」
「特に何も。わたしだけが吹っ飛ばされて、車は無傷で、ボンネットが凹んでもいませんでした」
「なぜ轢かれた?」
「あ、さっき彼が言った通り、心がおかしくなっちゃってたみたいで」
「違うな。心がおかしいやつが幻想に来ることはない。なにか、おかしくなりそうなぎりぎりで、踏みとどまった。そうだな?」
「あ。え」
「何がつらかったんだ。言ってみろ」
「わたし。生きるのが。いやになったんです」
「生きるのがいやになった理由は、分かるか?」
「わかりません。急に。何もかもが、どうでもよくなって。わけがわからなくなって」
ぐちゃぐちゃの顔が。歪む。痛みはなかった。
「つかれたんだな。生きることに」
「そう、かも、しれません」
「普通に轢かれたのか?」
「いえ。猫が轢かれそうだったので、助けました」
「そうか」
「わたし。どうすれば、いいですか?」
「おまえがいなくなったことで、泣いてるやつがひとりいる」
「はい」
「このまま泣かせておくのか?」
「それは、いや、です」
「じゃあ、現実に戻ってこないといけないな」
「でも。わたし。どうすれば、生きていけるのか。わからなくて」
「俺も分からないよ。なんで生きてるのかも、どうしてここにいるのかも」
「そう、なん、ですか?」
「ああ。俺は、幸いなことに恋人がいる。恋人が手作りシチューを作ってくれたりお弁当を作ってくれるから、それを食って、なぜか生きている。でも、それだけだな」
「わたし。彼に、なんて言ったらいいか」
「わかんねえよな。そりゃあ、生きていくのが分からない側の人間には、生きている側の人間の気持ちは分からない。逆もそうだ」
「わたし。だめ人間ですね。生きたいのに生きれない人間がたくさんいるのに」
「そうじゃねえよ。人の命は、もともと平等じゃない。産まれてすぐ死んだ幼児に向かって、同じことが言えるか。息もせずに死んでいく胎児に、申し訳ないと思うのか?」
「いえ」
「そんなもんだ。人の命の感じ方なんて、人の数だけある。だめ人間だと思うのは勝手だが、おまえがそう思っているうちは、彼のところには辿り着けない」
「はい」
「生きたいと思うことだ。とにかく、生きて、彼のところに行って、とりあえず謝る。それだけ考えろ」
「はい。分かりました」
「じゃあ、行くぞ。歯をくいしばれ。顔と腹がぐちゃぐちゃなのは変わらないからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます