左脚 (※ホラー注意)

春嵐

第1話

 学校に行くときに。

 左脚が落ちていた。

 まだ血が出ていて。断面は綺麗で。

 その靴に。靴下の縮れかたに。見覚えがあった。


 彼女の脚だと、思った。

 すぐに走り寄って、携帯端末で保存方法を検索する。


「いや。119番が先だと思うけど?」


 声。


 後ろを振り向く。


 彼女がいた。

 顔はぐちゃぐちゃ。腹からは何かぶよぶよしたものがはみ出ていて。そして、左脚がない。


 そこで、はじめて。怖くて声をあげた。


「うわあ。びっくりしたなあ」


「何その間の抜けた叫び声」


「なんっ。え。何が」


「なんかさ、すごく、思ってた反応と違うんだけど」


 彼女。顔とおなかの悲惨さに比べて、両腕や肩の部分は綺麗なまま。そして、左脚の綺麗な断面。


「もしかして、轢かれた?」


「うん。正解。いや待って、クイズしてるわけじゃないんだけど」


「通報した。とりあえず左脚をなんとかしてもらわないとね」


「え。こわい。こわいこわい。あなたもしかしてこわいタイプの人なの?」


「なにが?」


 彼女に触れようとして。


 すり抜けた。


「あ。すり抜けるんだ」


「ここにいないもの。わたし」


「化けて出てるのかな。ちょっと写真撮っていい?」


 携帯端末を向ける。彼女。ぐちゃぐちゃのおなかと顔で、にっこりダブルピース。


「どう。うまく撮れた?」


「うん。ちゃんと写ってる」


 写真に写る。ということは、幽霊や霊魂の類いではない。少なくとも、光の反射を受けて像を結んでいるというのは分かった。


「ねえ。何その冷静さ。怖いんだけど」


「俺自身もびっくりしてるよ。自分の冷静さに」


「え。俺って言った。あなた一人称ぼくじゃなかった?」


「そうだっけ」


 救急車が来たので、物陰に隠れる。


「なんで隠れるの?」


「救急隊員の動きで色々なことが分かるから」


「直接訊けばいいじゃない」


「疑われるよ、そんなことしたら。左脚の断面が綺麗すぎるし」


 救急隊員。

 脚を丁寧に何かに包んで。

 少し遅れて、警察の捜査官らしき人が来た。


「おい」


 そして、すぐに見つかってしまう。


「おまえだな。通報したのは」


「え。あ。はい」


 おかしいな。物陰に隠れてたのに。


「おまえは、彼女さんの何だ。彼女か?」


「え?」


「その、後ろの。後ろの顔と腹がぐちゃぐちゃな人間と。どういう繋がりだ?」


「見えてるんですか?」


「見えてる。こっちに向かってダブルピースしてる。いい気なもんだな。ホラーな見た目のくせに」


「これ。どうなってるんですか。ぼく、全然意味が分からなくて」


「おまえ。嘘つくのが上手いな」


「あ。だめだ。警察の人ってすごいなあ」


「轢いたのはおまえか?」


「いいえ。たまたま路上で脚を見つけただけです」


「なぜ、冷静なんだ。普通、路端に切り取られた脚があったら驚いて腰を抜かすもんだろうが。それに、この脚が誰のものかも一瞬で理解している」


「あ、ええと。彼女。ずっと、死にたがっていたんです」


「死にたがっていた?」


「はい。心がおかしくなっちゃってたみたいで。俺にはどうしようもなくて。だから、いつか、こんなふうに。なるんじゃないか、って」


 涙が出てきて。ぽろぽろと、こぼれた。


「死んでほしくなかったか?」


「はい。生きていて、ほしかった、です」


「わかった。じゃあ、連れ戻してきてやる。ただし、顔はぐちゃぐちゃ。腹からは臓物が出てる状態だからな」


「連れ戻して、くれるんですか?」


「彼女の意志次第だがな。まあ、やるだけのことはやる」


 捜査官らしき人が。目の前で。消えた。彼女も。いない。


 いなくなった。


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