第95話

サイド:コーデリア=オールストン


 山奥の小屋。

 小屋の近くの滝のすぐ近く――岸壁に私は頭を押し付けられていた。

 右手によるアイアンクロー。

 後頭部には岩。

 ただひたすらにグリグリと押し付けられる。


「くっ……」

 

 万力で挟まれているように頭に過度の圧力がかかり、頭蓋骨は割れる寸前だ。


「しかし……本当にクッソ弱いな。これじゃあリュートが苦労する訳だぜ」


 やれやれとばかりにピンク髪のポニーテール……仙人:劉海が呟いた。


「だからこそ私は……貴方に師事を乞う為に……リュートが昔……そうした……ように……」


 いつまでも、リュートにおんぶにだっこではいられない。

 弱いままの私じゃ……助けられるだけの私じゃダメなんだ。

 せめて戦場でアイツと肩を並べられるようにならなくちゃ……アイツと対等な関係なんてなれっこないんだから。


「言ったはずだぜ? 俺様ちゃんにかすり傷一つでもつけることができれば見込みアりとして採用。それすらできんなら……試験の対価に地獄に送ってやるってな。俺様ちゃんも暇じゃねえんだ……時間を無駄に使わせた罪は重いぜ?」


 この人は噂通りに気難しい性格みたいだ。

 世間と隔絶して1000年以上も山奥で……伊達に暮らしてはいないということか。


「さあ、これで終わりだぜ?」


 右手で頭を持ったまま、仙人は左手を大きく振りかぶった。

 このまま拳を受け、私の頭部は破裂した西瓜のようになることは明白となる。

 

 ――最早これまで


 そう思って瞼を閉じる。


 そして数秒が経過し、仙人は私に言葉を投げかけてきた。 


「命乞いはしないのか?」


「……覚悟はできていますから」


「ああ、分かった」


 そうして仙人は私の頭部に向け、神速の拳を繰り出してきた。


 けたたましい破壊音と共に背面の岸壁が消し飛び、大規模なクレーターが形成される。

 けれど――


「どうして……外し……?」


 消し飛んだのは私の頭部ではない。

 拳が着弾したのは岸壁で、頭から数十センチは離れた場所だった。


「無駄に人殺しする趣味はもっちゃいねえ。とりあえず、テメエの覚悟は分かった……実を言うとリュートに止められてたんだよ」


「止められていた?」


「俺様ちゃんのやりかたは……無茶苦茶だからな。普通の覚悟の人間じゃあ絶対についてこれねえ。村人が強くなるなんて回りくどいことをせずに、直接勇者を鍛えりゃいいじゃねーか……って昔に聞いたことがあったんだよ」


「……まあ、アイツは昔から過保護でしたから」


「違いねえみたいだな」


 しばし無言のまま、やれやれと仙人は肩をすくめた。


「で、テメエ、魔法学院はどうすんだ??」


「退学届けなら既に出してきました」


「……勇者としての仕事は?」


「世界連合に無期限での休業を手紙で伝えています」


「……実家に迷惑かかるんじゃないか?」


「私の全財産を郵送しています。下手すれば責任問題になるので、山奥に隠遁しろと――伝えています」


 そこで苦笑しながら仙人は言った。


「――上出来だ。本当に全てを捨てた上でここに来たみたいだな」


「それでは……?」


「俺様ちゃんはテメエのことを考えてテメエを弟子に取るわけじゃねえ。俺様ちゃんの利益になるから弟子に取るだけだからな? 連中もそろそろ大規模におっぱじめるはずだし……使える駒は一人でも欲しいからな」


「……連中?」


「後々に教えてやる。だが、時間がない。下手せんでも死ぬ可能性があるような形で急ピッチで仕上げるが――それで良いな?」


 その問いに、私は迷わずに即時に首肯した。





 ――そして半年後。


「お世話になりました」


 半年を過ごした小屋を前に、私は深く師匠に頭を下げた。


「おいおい、俺様ちゃんは……お礼を言われるようなヤワなシゴき方はしちゃいないぜ? 本当の所を言ってみ?」


 まあ、この人には変に取り繕わないほうがいいな。

 本音で答えないと、また……半殺しにされてしまう。


「ええ、毎日……何度も死にかけましたから。貴方のことを殺したい……と思ったことは一度や二度じゃありません」


 苦笑いしながら言うと、嬉しそうに師匠は頷いた。


「それで良い。あれだけの地獄を見せられてそう思わない奴は……菩薩だ。人間じゃねえし、そんな奴とは関わり合いになりたくねえ」


 そうして、再度私は師匠に頭を下げた。


「でも、おかげで……強くなれた。お礼は言わせてください。ありがとうございます」


「この後に及んでお礼の言葉が出るか……まあ、テメエらしいっちゃあ……らしいかな。しかし……半年……か。勇者をシゴいたのは初めてのことだが、本当にとんでもない成長速度だったな。リュートよりかはよほど筋が良かったぜ?」


「お言葉ですが……勇者だからっていう、そんな軽い一言で済ましてもらっては心外ですけどね」


 そこで師匠は底抜けの笑顔で、おどけたようにこう言った。


「こりゃすまねえな。基本はテメエの折れない心のおかげだろうさ」


「……はい。決して折れない心を私に見せ続けてくれた人が近くにいたので。アイツにだけは私は負けられないんです」


「しかし、あと数年もあれば……っていうのは贅沢か。世界各地で人工的大厄災がおっぱじまりそうだし、タイムリミットはこのあたりだ。で、お前はどうするんだ?」


「教えてもらった事情からすると、やっぱり始まるんですよね?」


「ああ、間違いなく始まる」


「なら、私は世界連合に復帰して、勇者としての職務を全うしますよ。師匠は?」


「俺様ちゃんは俺様ちゃんで動くさ。俺様ちゃんは……龍王と愉快な仲間たちの殴り込み隊長だからな」


「それでは……」


「ちょっと待て。餞別がある」


 師匠は小屋に戻り、私に一振りの剣を差し出してきた。


「火之迦具土神(ヒノカグツチ)……超古代から伝わる聖遺物(アーティファクト)だ。国を産んだ地母神を焼き殺した神の名を冠するほどの神殺しの魔剣でな。じゃじゃ馬が扱うにはもってこいだ」


 そうして師匠は私の肩をバンと叩いた。


「さあ、驚かしてこいっ! テメエの白馬の王子様リュートに――俺様ちゃんの最高傑作の姿を見せてこいっ!」


「――はいっ!」


 そうして私は山を下りて、魔法学院の所在する国へと向かった。





 ――聖騎士


 ――武闘家


 ――魔術師


 ――仙人


 ――賢者


 ――村人


 

 ――そして、勇者



 この世界における職業適性は戦闘能力において、天賦の才というような生易しい言葉では片づけられないほどに、絶望的な差を与える。

 当然の話であるが――勇者がリュートと似たような道を歩んだ場合にはその成長の速度は桁違いとなる。



 ――最終的に、この世界での最強の座に座る者の職業が何になるかは――今はまだ誰も知らない。

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