第88話

 真っすぐに獣人の国の王都を目指して平原を歩いていた時、リリスが困惑した表情で口を開いた。


「……リュート?」


「どうしたんだよリリス?」


「……何か……めっちゃエルフが増えている」


 後ろを見ると、先ほどまで100人ちょっとだったエルフたちが、今は1000を数えるほどに人数になっていた。

 そこでリズが困ったようにため息をついた。


「リュートお兄ちゃんが……一直線にこだわったせいだと思います」


「まあ、正直やりすぎた感はある」


 だって、真っすぐ進んだら大きな街があって、奴隷商の倉庫と刑務所があったんだもんよ。

 まさか、そこに400人もエルフが囚われているとは思わなかった。

 で、俺が大規模に設備破壊をしながら真っすぐに進んで、元々、俺の後ろからついてきていた連中が雑魚の露払いをした後に、奴隷と受刑者を解放して武装も与えたって話だな。

 ちなみに、エルフは森に生きているだけあって、全員が狩猟の心得がある。

 更に言うと魔法適性も高いので、ほぼ全員が一定以上の魔法も使えるんだよな。


 ――つまりは戦闘民族だ。


 必然的に、解放した連中も武器を取れば戦闘要員になるって訳だ。

 で、俺が建物を破壊しながら進み、混乱した獣人連中達はエルフに殺られて、街中で使用人や最底辺労働者として使われていたエルフも一団に加わって――都合、1000人を超えたというわけだ。


「全てはリュート殿のおかげです。同胞をたった数時間でこれだけ大勢解放できるとは」


「うむ。全くじゃフェリス嬢。ほとんど妖怪じゃもんな、このボンは」


 タダ乗り連中がニコニコ顔で俺に語りかけてきた。


「いや、だから俺は別にお前らに協力してる訳じゃねーからな」


 と、俺が背後を振り向くと、エルフの軍勢から歓声が聞こえてきた。


「武神殿がこちらを見られたぞっ!」


「歓声で応じろっ!」


「救いの御子様っ! 武神様っ!」


「武神っ! 武神っ! 武神っ!」


 いやいや、凄い人気みたいだな。

 まあ、奴隷扱いしているところを解放したんだからそれはそうなのかもしれん。


「とはいえ……大げさすぎるだろ。何なんだよ武神って……」


「いやいや、本当にリュート殿のおかげなのですよ。いや、違いますな、これはきっと神の思し召しなのでしょう。最後の最後でこのような……奇跡としか思えないような武人を我々の下に遣わしてくださったのですから」


「いや、むしろ冗談ではなく……このボン自体が神の化身かもしらんぞ」


 神様扱いされちゃったよ。

 と、俺は背後のエルフ達を見てため息をついた。


「しかし、壮観だな」


「どういうことですかリュートお兄ちゃん?」


「何か、一軍を率いる総大将みたいになっちゃってるじゃないか」


「はい、そうですね」


「ただの村人だった俺にとっちゃ、これは結構衝撃的な光景ではあるんだよ」


 そこでリリスは呆れたとばかりに肩をすくめた。


「……今までリュートが自重しすぎていただけで、やろうと思えば数十万の軍勢すらも……すぐに率いることはできる」


 まあ、実際にそれはそうなのかもしれねーな。

 と、そこで俺は平原にポツンと建てられた塔を発見した。

 距離的には10キロ先程度か、見たところ、高さは150メートル程度だろうか。


「あれは何だ?」


「儀式の塔じゃよ、ボン」


「儀式の塔?」


「ここいらは昔はエルフ族の支配下でな。大規模儀式魔法を扱う際の祭壇となっておった。獣人の国の王都に睨みをきかせる為の軍事施設じゃよ」


「なるほどね。ちなみにここから獣人の王都は?」


「あの塔から4キロ程度じゃが?」


 と、俺はリリスに語りかけた。


「アダマンタイトとオリハルコンはアイテムボックスに残っていたよな?」


「……高価な物だから、世界の最果てを回っている時に大量に回収して保管してある」


「良し、それじゃあ行くぞ。向かう先はあの塔だ」


「……塔? 何故に?」


「初手ってのは、派手に決めた方が良いだろう?」


 そこでリリスは俺が何をしようとしているのかを理解したようで、クスリと笑った。





 サイド:獣国の王


 ――薄気味の悪い子供だったのを覚えている。


 賢者だと名乗ったその子供は当時7歳。

 世界連合からの獣人の国の視察とのことだった。


 亜人である我らは人族とは交流は基本的には持たない。

 が、それでも我が国は所詮はただの辺境の小国だ。世界連合に目をつけられて良いことはない。

 我々は数日間の滞在中、賢者モーゼズに最高のもてなしを行った。

 

 そして、私は――悪魔からの贈り物を受け取ったのだ。



「12神将……我が国の虎の子のAランク級及びBランク級相当の猛者が……Sランク級の本物の神の領域へと一晩で……貴方は一体?」


 迎賓室で紅茶をすすりながら、7歳の子供が優雅な仕草で眼鏡の腹を右手人差し指で押し込んだ。


「説明差し上げているとおりに、ただの賢者ですよ。ただし、まあ、進化の研究を少し……ね」


「進化? 大厄災と関係のある研究でしょうか?」


 そこでモーゼズと名乗った賢者は首を左右に振った。


「ええ、そうですね。ただし、私の研究は大厄災そのものではありません。人族の進化ですよ」


「人族の進化……ですか? あるいは、ただの村人が勇者になる……ような」


 苦笑しながら、モーゼズは笑った。


「いえ、その先です。勇者を進化させた場合に何が起きるか。人類の究極的な到達地点がどうなるのか、まあ、そういう研究ですね」


「……私なぞには良く分からない世界ですが」


「分からなくて結構。で、下等な生物であればあるほど進化は易いですね。魔物、亜人、そして――人間」


 そこで私の耳がピクリと動いた。


「ああ、これは失礼。決して亜人を差別している訳ではないのですよ。遥か昔に元々の生命としての理(ことわり)から外れた度合いが少ないほうが……システムを逆手にとる進化の秘術が効きにくいということです」


「やはり、私なぞには良く分からない世界ですな」


 と、そこでモーゼズは懐中時計を取り出してため息をついた。


「少し喋り過ぎましたか。私は忙しい」


 そうして立ち上がり、モーゼズは退室しようとする。


「ともかく、今回はお力を授けていただいてありがとうございます。これで仇敵であるエルフの国を叩き潰すことができます。お礼は如何ように?」


 モーゼズは振り返り、そしてクスリと笑った。


「見返りは求めませんよ。好きに力を使えば良い」


「と、おっしゃいますと?」


「――その力の使い方を確かめるのもまた私の研究です」



 ――それからほどなくして、我々はエルフの国を滅ぼすことになる。





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