第22話

 まずは龍に対する直接的なダメージ。

 俺の拳は龍のウロコを突き破り、肉を裂いて骨に到達した。

 そして、粉砕。

 ボグっと言う音と共に龍の骨が砕ける感触が手に伝わった。





 続けて、魔力の塊が波動衝撃となって龍の体内を駈け廻る。

 メリメリメリメリっと嫌な音が響き渡る。

 


 ――恐らくは守護者の内臓は完全にオシャカになった。

 


 大ナマズの化け物と同じように、クレーター状の穴が開くと同時に臓物と血と肉を爆発四散させなかったのは、流石は龍のウロコと言うところだろう。




 ズシィー……ン、と、重低音と共に金色の龍はその場に倒れた。

 そしてその場で吐血しながら痙攣を始める。



 同時に俺はその場で、重度の貧血症状のように立ちくらみを起こした。

 猛烈な頭痛と共に片膝をついて、脂汗を全身に浮かべる。



 ――ギリギリも良い所だな……一発で仕留めきれなければ……俺が終わっていた。




 肩で大きく息をする。

 鞭打ちながら再度立ち上がり、横たわる龍に視線を送る。



 幾度も幾度も深呼吸。

 その度に痛みは薄れていき、数分後にはどうにか動けるようになった。



 そうして俺は転がっている斧を拾い上げる。

 龍の首筋まで移動し、大きく斧を振り上げる。



 俺はリリスに視線を送った。

 このまま俺がトドメを刺すのは簡単だ。

 でも……。


「リリス? 本当に良いのか?」


「……良い。これは父さんの望んでいたことだから」


 じゃあさ、と……俺は何とも言えない表情でこう言った。


「なんでお前は泣いているんだ?」


 先ほどからリリスの瞳から涙が止まらない。

 大粒の真珠が地面にいくつもいくつもシミを作っている。


「……分からない」


「分からないってお前さ……」


「…………なぜ泣いているのか……本当に私には分からない。父さんは既に死んだ。そうであれば……リュートに……若者に殺されて神龍となって……それは龍としては幸せな事なのに……」


 しばし考えて、俺は倒れる龍に――加減して斧を振り落した。


 場所は延髄の辺りだ。

 ビクンと龍は大きく痙攣したが、未だにアンデッドとしての活動限界には達していない。


「何故泣いているのか……だったか? 龍にとってこの儀式は神聖で、誰も疑問に思わず、本当に誰しもがこれが当たり前の事として受け入れている訳なんだよな?」


「……そう。そして魂の存在となり昇神することは喜ばしい事とされている」


「それでもお前は泣くのであれば……それはやっぱりお前が人間だからじゃねーのか?」


 人間同士でも肌の色の違いや宗教の違いで互いを理解せずに攻撃したりする。

 同じ知的生命体とは言え、龍族と人族では……教育以前の問題として考え方や感じ方に違いがあるのは当たり前だろう。


「……私が人間だから?」


 だったら、リリスには……この葬式は人間式に幕を引いてもらうのが一番適切だろう。


「だったら……お前がトドメを刺すんだ」


 棺桶の蓋を閉めるのは親族と相場が決まっている。

 リリスの父親としても最後に俺と死力を尽くして戦えたのだから……そういう意味では龍式の葬式としても成立しているだろう。


「……私が? そうすれば……恐らく神龍の祝福のスキルは貴方ではなくて私に……」


「その事なら気にするな」


「…………でも……貴方は……尋常では無い決意と覚悟の結果、こうしてこの場に立っている。ならば、貴方は強くならなくてはいけない。スキルを私は受け取れない」


 深いため息と共に俺は口を開いた。


「強くなる方法なら他に幾つもある。けど……葬式は一回こっきりだ。最後に……お前の父親を、お前が送ってやらずにどうするんだよ?」


 しばし考えて、リリスは溢れる涙をローブの袖で吹いて頷いた。


「………………何故に泣いているのかは結局私には分からない。けれど……父さんを私が送る……その言葉の意味は……心の部分で理解できた」


 リリスは掌を突き出した。

 その向かう先は俺が先ほど突き立てた巨大な斧だ。


 使われる魔法は電撃呪文。

 金属を通じて直接に延髄への攻撃――いかな龍でも神経系統を焼かれてはどうにもならないだろう。


「……父さん。私を……拾ってくれてありがとう」


 念を込めると同時に彼女は続けた。


「……リリスは父さんに優しく育てられて……幸せだった」


 電撃が走り、そして龍はその活動を停止した。

 その場で泣き崩れそうになったリリスの肩をしっかりと抱いてやる。


「……これで私は本当の天涯孤独……少し……寂しい」


 声にならない嗚咽と共に、リリスは俺の胸に頭をうずめてきた。

 そうして俺はゆっくりと彼女の頭を撫でてやる。


「泣くってのは悪い事じゃあない……楽になるからしばらく泣いてろ。泣きたいだけ……泣け」


「……うん。しばらくこのままで……お願い」



 ――どれほど、そのままそうしていたのだろう。



 数分だったような気もするし、あるいは数十分だったような気もする。


 確かな事は、リリスの様子が少し落ち着いたこと。

 そして泣きすぎたせいで目が腫れぼったくなっている事だった。


「さて……そろそろ行こうか」


 コクリと頷きリリスは口を開いた。


「……うん」


 俺はステータスプレートを取り出した。 

 先ほどの戦闘における経験値とレベルアップを確認する為だ。


 と、そこで絶句した。


「どういう事だ……これは?」


 目を見開いて何度も確認するが、そのスキルはやはりそこに記載されていた。


「どうして俺にこのスキルが?」


・スキル:神龍の祝福

 ステータスを底上げする貴重なスキルが確かに記載されているのだ。


 リリスにプレートを見せると、彼女も目を見開いて驚いた。


「……最後に一撃を加えたのは……私のはず……どうして?」


 そこではっと息を呑んで彼女は自らのステータスプレートを取り出した。


「……あっ」


 訳が分からないと言う風に彼女は首を左右に振り、俺にステータスプレートを差し出した。


「なんじゃ……こりゃ?」


・スキル:神龍の守護霊

 バッドステータスに絶大な耐性を与える。成長率に大きく上方補正。攻撃力・防御力・魔力・回避のステータス全てに+500の補正。


 しばし俺とリリスは見つめ合う。

 そして俺はその場で堰を切ったように笑い始めた。


「なるほど、なるほど……そういう事か」


「……どういうこと?」


 怪訝な表情で尋ねるリリスに俺は笑顔でこう言った。


「お前の父親は相当な親バカ……だって事なんだろうよ。証拠にチートスキルを娘に残していきやがった」


「だからどういう事?」


「リリス……お前さ、さっき……天涯孤独で寂しいって言ってたよな?」


「……うん」


 俺は握り拳を作る。

 そしてリリスの薄い胸のその中心――心臓をコツリと叩いてこう言った。




「――ちゃんとお前の父親はココにいるよ……お前と一緒にな」




 その言葉の意味を理解した時、リリスは再度の号泣を始めた。


「ってかお前……涙もろいのな?」


「……うるさい」


 そうして俺はリリスの手を引きこう言った。



「さあ……帰ろうか」

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