第23話

 ――白馬の王子さまなんていない。その事に気付いたのはいつの事だろうか。




 互いが6歳。



 あの日、あの時、私はアイツにこう言った。


「ねえ、リュート? 私……勇者になるんだって……みんなを守る為に……戦わなくちゃいけないんだって……正直……怖いんだけど……どうしたら良いかな?」


 あの日、あの時、アイツは私にこう言った。


「お前は勇者だ。だったらみんなを守る為に戦え」


 その言葉を受けて、あの日、あの時、私はアイツにこう言った。


「でも……怖いよ……。悪魔も、邪龍も、魔王も……魔神も……みんな、勇者の敵なんだよ? 私にはできないよ」


 その言葉を受けて、あの日、あの時、アイツは私にこう言った。


「……だったら俺が助けてやる。何があっても、お前がどこにいても、相手が何であっても……俺がお前のピンチの時には駈けつけて、必ずぶっとばしてやる。だから安心して……お前は勇者として戦え。俺が……助けてやるから。必ずな」



 子供心にその言葉が凄く嬉しかった事を覚えている。



 実際、アイツは妙に大人びていて――子供の時はずっと私が妹で、アイツがお兄ちゃんみたいだった。

 コケて膝をすりむいて泣く私をあやしてくれたり、迷子になった私を探しにきたり。



 私にとって、アイツはおとぎ話の中に存在する白馬の王子さま――うん、大袈裟に言うとそういう存在だったのかもしれない。 






 でも、私の年齢が10を超える辺りで私は気づいた。


 ――私がどんなピンチの時にでも、さっそうと現れて悪者をぶっとばしてくれる、そんな白馬の王子さまなんて……存在しないんだって。



 アイツは村人で、私は勇者。

 そんな当たり前の事に、その本当の意味に――私は気づいたんだ。



 成長率も違えば職業スキルも違う。

 何もかもが違って……アイツと私の将来へと至る道はいつのまにか――完全に別の道を進んでいたんだって。




 けれど。

 でも、私はそれで良かった。



 アイツが村人なら私は勇者。

 あの時のアイツは兄貴風を吹かせて私を守ってやるなんて言ってたけれど……私がアイツを守れば良い。



 アイツは平和に畑を耕せばいいのだ。



 アイツと、アイツの家族と、私の家族と、私の大好きな近所のオジサンとオバサン達で……私が狩って来た得物で……たまにバーベキューなんかをしちゃったりして、それでみんなで笑っていれば良いのだ。



 

 ――そして、そんなみんなの笑顔を守るのが私の仕事。うん。それで良い。私の使命は……その規模がちょっとばっかし大きくなっただけ。



 そう覚悟を決めて、色んな事を諦めて……私は勇者としての教育を受け、勇者として生きる事を決めた。




 そして3年前。

 12歳のあの日に珍事が起きた。



 アイツはあろうことかゴブリンの群れ数百に立ち向かい、そして勇者を超えるほどの力を見せたのだ。



 とはいえ、あの時のアイツの力は私と比べて50歩100歩……実際にアイツも滅茶苦茶に疲弊していたし、あの日あの時、アイツが言ったように、どんなピンチでも救ってくれる……とまでは思えなかった。



 まあ、村人があそこまで自らを叩き上げていた……ということには私は驚愕したんだけれどね。

 で、私が何を言いたいかというと……。




 ――どんなピンチでもぶっとばしてくれる白馬の王子さまは存在しない。



 けれど、どんなピンチでも一緒に乗り越える事ができる……そんな信頼できる戦友ならちゃんと存在するんだ。まあ、そういうコトね。

 







 と、そこまで私が話を終えた所で、一同が爆笑に包まれた。



 時刻は夜。場は宴会。


「戦友って……またその話かよコーデリア? 当時12歳で……ステータス成長前とは言え、お前に村人が勝てるわけがないだろう?」


 葡萄酒を軽く煽りながら、私は騎士団長に喰ってかかった。


「いや、でも……実際に私はあの時……アイツのおかげで九死に一生を……」


「で、その後がお笑いだ。お前の王子さまは龍に連れられてどこかへと旅立ってしまったんだって? どこのファンタジーなんだよ」


 そこで一同が更に爆笑を強める。

 酒が回っていて、みんな、相当なご機嫌さんだ。


「どこのファンタジーって言われても……」


「そもそもな、コーデリア?」


 騎士団長の笑みに私はトゲを混ぜて応じた。


「何でしょうか?」


「ゴブリン400匹だったか? それくらいだったら……俺も含めて……ベテラン冒険者だったら誰でも狩れるぞ? 俺で1500って所か……で、今のお前なら1万匹でも余裕だろう?」


「そりゃあ、まあそうですけど……」


「村人の12歳だとしたら……そりゃあまあ人外だが、そこからその村人が……どれほど成長できるってんだ? 断言するが成長率はお前の足元にも及んでいないぞ?」


「そりゃあ、まあ、そうかもしれないですけど……」


「そんな村人が、お前の戦友役を務めるには、ちょっとばっかし荷が重すぎる無茶振りじゃねーか? ってか、そもそもの話が眉唾だ」


 むぐぐ、と頬を私は膨らませる。

 まあ、ぶっちゃけた話……私がこの話を他人から聞かされても信じられる訳が無い。



 私の成長記録と言う――諸国連合の公式記録上、ゴブリンの事件について……後半は私の魔力暴走にかかる記憶混濁ということで片付けられている。

 実際にゴブリンを片付けたのは私で、あるいはリュートと言う少年が死亡し、その影響で……私に記憶混濁と暴走が起きたと。



 そういう風に結論が付けられている。

 確かにあまりに突飛な話で……しかも龍が現れたと言う話だから、信じられないのは分かるけど。



 でも……と私自身も思う事もある。

 あるいは、本当に諸国連合から派遣されてきた事務方の連中の言う通りに、アレは全てが記憶混濁――夢なのではないかと。

 リュートがあの場で死んでいたとすれば、当時12歳の私にはとても耐えられたものではない。

 しかも、結果として……私が守り切れなかったせいで、彼が死んでいたと……そういう事になる。



 そう考えると私の心は絶対に悲しみに耐えきれない。



 脳は確実に機能不全を起こし、精神障害と言う意味で致命的な状態に陥るだろう。

 だから――緊急避難として、ありえない幻覚を見せたのではないか……と。



 そこで、私はプクっと頬を膨らませた。


「はいはい、良いですよーっだ。どうせあの時の記憶は……私の記憶障害か何かですよーだ」


 そう言って、赤ワインをラッパ飲みする。

 顎髭の騎士団副長が楽し気にこう言った。



「お、コーデリア? イケる口だねえ?」


 そこで騎士団長が大きく頷く。


「まあ、とは言え、我々も深淵の大森林の深部でこうやって酒盛りができるのは……コーデリアのおかげだからな。お前さえいれば……この周辺の魔物であれば我々に敵は無い」




 と、そこで私の脳裏に微かな違和感が生じた。



 今回の遠征は大森林を抜けた先の……砂漠のサンドワームの討伐だ。

 商隊を率いる大富豪から多額の献金も出ているもので、目的の魔物も強い。112を数える私のレベルも少しはアップするだろう。



 でも……と胸に嫌な予感を覚える。

 確かに、この森では飲んでも良い。警戒心はゼロでも良い。


 騎士団のみんなも優秀だ。

 私が出るまでも無く……並の魔物ならよってたかっての瞬殺だろう。



 だからこそ、私たちは祝勝前夜会の宴会に興じているのだが……胸にピリピリと嫌な予感を感じる。



 飲んだワインの総量はグラスで1杯半前後――普通の夕食時と変わらず、戦闘には支障はない。


 けれど、急いで私は立ち上がる。そして杯のワインを捨てて、一気に何度も何度も水を煽る。



 ――生存確率を上げる為に。



「どうしたんだコーデリア?」



 背中から嫌な汗が流れ落ちる。この感覚は……3年前にゴブリンの軍勢がウチの村を襲った時依頼以来だ。




「いや……ちょっと……酔っただけ」


 

 既に酔いはさめている。

 っていうかそもそもほとんど酔ってはいない。



 場の空気を読んで酒が回ったフリはしていたかもしれないが、そもそもこの場で……みんなの命を預かっているのは私だ。



 厳密に言えば現況では、騎士団長は私の補佐官。

 騎士団のみんなは私を子ども扱いするが、いざ、戦闘となればそこは全員がプロだ。何が得で何が損かはわきまえている。



 だからこそ、みんな全員が私の指揮下に入る。



 そして私はそういう教育を受けて来たし、実際問題として実力で現場を黙らせる圧倒的な力もある。



 私の様子が変わった事で、みんなが水を煽り始めた。



 そして各々、自らの獲物を手に持ち、周囲の警戒を始める。

 流石に、かつてはオークキラーと呼ばれていた鬼の団長が率いていた騎士団だ。


 バカ騒ぎをしていたようでいて、意外に酒量は控えられていた様だ。



「……お嬢?」



 騎士団長の私への呼称が戦場でのソレへと変わる。

 彼は私の――勇者としての第六感へ、多大なる信頼を寄せているのだ。


「…………サンドワーム討伐依頼は……破棄した方が良いかもしれない。半端じゃない嫌な予感がする……」


 言葉を受けて、騎士団長は無言で頷いた。

 そして手を挙げて周囲の全員に聞こえる声で呼びかけた。


「――現時刻を持ってサンドワームの討伐命令を破棄する。総員、これより撤退戦に――ぁ……ぎゃっ?」



 気が付けば騎士団長の上アゴと下アゴが……離婚していた。

 厳密に言うのであれば、それは頭部の切断と言う。




 ――カマイタチ……だったのだと思う。




 勇者である私ですら、全く見えない真空の斬撃。



 元より、私の状態の急変に異変を感じていた団員達。

 そして撤退を告げる騎士団長が、その中途で突然に死亡した事。


 致命的だったのが――私ですらもその攻撃に全く対応できていない事に、団員達が気づいたこと。





「アハっ! アハハっ! アハハっ!? ねえねえ、お姉ちゃん? それで……お兄ちゃんたち? どうしたのかな? どうしたのかな?」




 

 勇者である私に何の気配も感じさせずに……忽然として眼前10メートルの位置に現れていたのは、黒と紫を基調としたゴシックロリータの衣装に身を包んだ少女だった。



 年の頃なら10歳そこそこの金髪縦ロール……私よりも数歳年下だ。

 そしてそれは――伝承の、あの危険生物の姿と完全に合致する。




「……貴方は?」




「アハっ!? アハハハっ!? ねえねえ、お姉ちゃん? 勇者だよね? お姉ちゃん勇者だよね? しかも成長途中の弱っちい勇者だよね? そんなお姉ちゃんが、こんな弱っちい騎士団を引き連れて……ねえ、ねえ? 質問しても良い?」



「……何?」



「死にたいの? 馬鹿なの? 死ぬの? 死ぬ気なの?」


「……だから、貴方は誰だって……聞いてんだけど?」


 ゴスロリ衣装のフリルスカートを両手でつまんでたくしあげて、縦ロールの少女は小首を傾げてこう言った。



「邪龍:アマンタ……そこそこ程度には有名な……伝説の魔物だよ?」



「んな事は知ってんのよっ!」



 今まで、数多の勇者が……若年期に……育ち切る前に、こいつに喰われている。

 けれど……騎士団長が殺されたとは言え、ここの全員で連携を組んでこいつに対処すれば……相当な犠牲は出るだろうけど、対処はできる。



 冷や汗を垂らしながら、私は腰の長剣に手を伸ばした。



「みんな! とりあえず……こいつを全員で取り囲んで――!」


 だがしかし、私の声が誰にも届かない。


「あれあれ? お姉ちゃん? お姉ちゃん? お姉ちゃんはアホなのかな?」


「どういう事?」


「何でわざわざ、こっちが――最初に、一番強いお姉ちゃんじゃなくて、騎士団長をぶち殺したと思っているのかな? かな?」


「……?」


「外様の脳筋にどれだけの団員が信頼を寄せているのかな? かな? で……本当に信頼を寄せている団長が一瞬でぶち殺されたのをみて……しかも、お姉ちゃんは対処できそうにないとなれば……みんなは普通どうするのかな? かな?」


 恐る恐る、と言った風に私は背後を振り向く。 



 総数100を超える騎士団は――恐慌に陥っていた。



 武器を持ったままに逃げる者。

 武器を捨てて逃げる者。

 それらが9割8分。

 たった3人だけが、私の背後で剣を構えてアマンタと対峙していた。

 そこでクスクスとアマンタの笑う声。


「スキル:魅了」


 言葉と同時、残った3人は武器を片手に私に向けて突撃してきた。


「犯して殺せ」


 アマンタの言葉と共に、騎士団員の股間が――ズボンの下で膨らんでいく。

 ああ、と私は絶句した。



 ――最悪だ。


 

 流石は邪龍。これは本当に最低な類の敵だ……と。 

 聖剣を3度振る。死体が3つできる。


「ごめんね……でも、貴方達を上に乗せる気も無い。ごめん……本当にごめん」


 アマンタを殺意と共に睨み付け、そして各々に逃走を始めているみんなに向けて私は大声で叫んだ。


「ダメっ! みんな……落ち着いてっ! 全員でかかれば……何とかなるから!」


 でも、私の声は届かない。


「クスクスっ……。ねえ、お姉ちゃん? 今どんな気持ち? 騎士団のみんなに見捨てられて、無視されて……今どんな気持ち?」



 ちなみに……との前置きでアマンタは続けた。



「勇者が雑魚騎士団すらまとめられないなんて、マジウケルんですけどー!」



 幾度も幾度もアマンタは両手を一心不乱に振り続けた。




 同時にカマイタチが発生。




 死体がその場で量産されていく。

 正面を向いていればあるいは違ったかもしれないが、逃げている背中に、ただ攻撃を加える作業――それは簡単な作業だろう。

 やがて、その場には私とアマンタ以外の生命の息遣いは消える。


「ねえねえお姉ちゃん? 一人になっちゃったけど……どうする? どうする?」


 私は剣を構えながらこう応じる。


「殺すなら殺せ――私は負けるだろう。ただし、その腕の一本は……道連れにする」


 キャハハとアマンタは笑った。


「お姉ちゃんにはそういう自由もないんだよ?」

 

 アマンタは楽し気に笑い、金髪縦ロールをたくしあげた。

 そして人差し指を立てると、こう言った。


「えいっ♪」


 指先には20センチ程度の魔力エネルギー体。

 そして私に放たれる。


「ふんっ!」

 

 聖剣を一閃。

 魔力球を両断する。



「へー。じゃあ、これはどうかな? えいっ♪」


「ふんっ!」


 50センチの魔力球を断ち切る。


「えいっ♪」


「ふんっ!」


 1メートルの魔力球を断ち切る。

 


「えいっ♪」


「ふんっ!」


 2メートルの魔力球を断ち切る。

 


「えいっ♪」


「ふんっ!」


 3メートルの魔力球を断ち切る。


 そこで私の背中の嫌な汗が走った。


 ――これ以上の大きさの魔力球を断ち切ることは……できない。


「あれあれ? お姉ちゃんどうしたの? えいっ♪」


 アマンタの指先から放たれるのは5メートルの魔力球。

 それも、超高速で迫りくる。



 私は体を翻して避ける。

 上手くかわして魔力球体は後方に行くが――けれど、その球体にはホーミング機能がついていたらしい。



 避けたはずの魔力球が私を再度ロックオンして迫りくる。

 再度、身を翻すが……が、避け切れるものでもなく――被弾。



 右手にかすめるように喰らう。

 肘関節に異常をきたして、私は長剣を取り落した。

 そうして巨大な魔力球は明後日の方向に消えていく。



「キャハッ! キャハハッ!! キャハハハハハっ!? ねえねえ? 死んじゃうの!? 死んじゃうの? 勇者? 勇者死んじゃうの!?」



 楽し気に笑い、アマンタは再度、右手人差し指を突き出した。

 そこで私は絶句した。



 ――10メートル級の魔力球……何の冗談?



 避けようとする私の足元――地面から、モコモコと腕が飛び出してきた。

 私の足は手に捕まれ、そして左手に魔力球がかすめるように直撃。


 まともに正面から喰らうと、下手すれば絶命……しかも、今のタイミングなら余裕で正面からあてることはできた……。


 いや、これは……と私は思う。



「わざと……外した?」


 ええ、とアマンタは動かぬ私の両手に満足げに頷いた。



「だって、私……好きだもん」


「好き……何を?」




「豚――オークの集団に、賢者や勇者のお姉ちゃんが……輪姦されるのを見るが――大好きなのっ♪」




 パチリとアマンタは指を鳴らした。





 地面から人豚――オークが現れた。




 ボロ布を纏い、棒切れで武装した2足歩行の人型の豚が総数10名程度。

 すると、いつの間に現れたのか、オークの集団が股間を直立させながら、鼻息を荒くし、私の視界に次々と現れて来た。


「あ……あっ……」


 怪我のせいで私の両手は動かない。

 確かにオークは弱い。

 でも、そのバックにアマンタという絶対的暴力装置がある以上、これから先に……何が行われるかは必定。

 へなへなと腰を落としながらも、私はアマンタを睨み付けた。


「……それでも、私は勇者……邪なる者には屈しない」


「クスクスクス」


 心底楽しそうにアマンタは続けた。


「ねえねえお姉ちゃん? 子宮に子種を注がれても……同じ事言える? ねえねえ? 人間でもオークの子供は産めるんだよ?」


 言葉に、ゾクっと背筋に嫌なものが走ったのは事実だ。

 だが、私は勇者……どのような状況でも屈する訳にはいかない。


 迫りくるオーク。

 その股間から、私は顔を背けた。

 50センチは優に超えている規格外の…………。

 同時に、その生理的嫌悪感が私の脳髄までを支配した。


「……めて」


「ん? 何なのかな? 何なのかな? お姉ちゃん?」



「……だから……ゃ……ゃ……めて……」


「ん? なんで……辞めてほしいのかな?」



「――好きな人がいる。だから……オークだけは……オークだけは……辞めて……っ!」


 その言葉で心底嬉しそうにアマンタは頷いた、

 そして再度、人差し指を立て、半径20メートル程度の魔力球を現出させる。


「キャハっ!! キャハハッハ!? ねえねえお姉ちゃん?」


「……辞めてくれるの?」


「ううん? 両足が元気だったら……お姉ちゃんだったら、オークを蹴り殺してしまうので……足を一本、無力化させてもらうよ? いやー思い人のある女をオークがレイプ……これは楽しそう……」

 

 そうしてアマンタは人差し指を差し出した。


 ――半径20メートルの魔力球かァ……


 ちょっと私には捌けそうにないな。

 そう考えて、私は口の中に潜ませていた錠剤を舌に乗せる。

 

 そして、ペロリと舌を出し、アマンタにそれを見せた。


「トリカブトとマンドラコラの錠剤だよ。唾液で溶けないけど……胃液では溶ける」


 こういう稼業をしているからには、こういう時の備えもある。

 どうせ死ぬのなら、私は綺麗なままに死ぬ。


「死ぬの? 死ぬの? お姉ちゃん……自害しちゃうの?」


「流石に……プライドってのはあるからね」


「キャハハ? キャハハ? ねえねえお姉ちゃん? 本当に死ぬの? 死んじゃの?」


「私はそれで構わない」


 つまらなそうに、アマンタは頬を膨らませた。


「本当につまらないの。オークの輪姦ショーに始まって……色々考えていたのになぁ……奴隷100名によるぶっかけ大会とか……スカトロ祭りとか……まあ、色々」


 アマンタの指先の魔力球が更に膨らんでいく。

 半径20メートル、25メートル、そして30メートル。

 天に向けて掲げられた指の先――規格外の魔力に私は絶句する。


「でも、まあ、ここで自害するっていうなら興ざめ。それなら私の手で死んでくれるかな? くれるかな?」


 圧倒的な魔力が私に迫りくる。

 

 ああ、これが私の終わりか……と今までの記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡る。



 私は、精一杯の抵抗として――アマンタに背を向けた。

 そして全力で走った。


 それは不格好だった。

 およそ勇者らしくなかった。


 ――でも、この場合の私の勝利条件は――ただひとつ、それは私の生存。


 万が一つの可能性にかけて、私は一心不乱に駆けた。

 でも、魔力球の速度は私の全力ダッシュよりも幾らも早い。


 後ろを振り向く。


 ――そこには半径30メートルを超える魔力球。帝都の大魔導士でも……ここまでの球体は大儀式によるサポートと事前準備なくして作れないだろう。


 いや、だからこそ、それができるからこそ、この魔物は伝承に残った。


「どうやらここで終わりみたい。ごめんね、リュート……」


 でも、私は操は守った。

 ざまあみろ、腐れオーク共――お前らに喰わせる処女はない。



 背後を再度見る。

 球体と、彼我の距離差は3メートル程度。 



 すぐに、私は魔力球に飲まれて……死ぬ。

 

「さよなら……さよなら――リュート」


 今まさに、魔力球に飲まれようとするその時――その声が聞こえた。









「勝手に……さよならとか言ってんじゃねーぞ?」








 

 球体と私の間に――人影が割って入った。


 そして人影はふんっと鼻息を鳴らすと同時に――背中の大剣を抜きもせずに、フックアッパーの要領で半径30メートルの球体に拳で殴りかかった。


 ――ブオンと言う風斬り音。


 同時、今まで、数多の英雄を屠って来たアマンタの――魔力弾が掻き消される。


 正直、何もかもが信じられない。 

 人間がアマンタの力を掻き消したこの現象も。

 

 そして、私の前に、何故にこの人間がいるのか……も。





「リュート……?」


 リュートは振り向き、そして私にむかって歩みよってくる。

 そして、優しく私の肩にポンと掌を置く。


「勇者殿? 肩が震えてるぜ……? 本当に……らしくねえな。まあ、後は……俺に任せておけ」


「………………えっ?」


「……約束だろ? 何があっても、お前がどこにいても、相手が何であっても……俺がお前のピンチの時には駈けつけて、必ずぶっとばしてやるって……さ」


 コツリとゲンコツを私の頭に落として、リュートはそのまま前へ進み出る。


 本当に何がなにだか分からない。意味が分からない。状況が読み込めない。


 村人が……勇者すらも即死の魔力球を拳で弾き飛ばす? そんな……馬鹿な、ありえないと。


 でも、リュートは……後は任せろと言ったのだ。


 ――そして、子供の時からあいつは私に一度も嘘をついたことは無い。


 だからこそ、ヘナヘナと私はその場で崩れ落ちる。緊張の糸が切れた。


 何故だか分からないけど、リュートが来たから……何とかなるものだと私の心は安心しきってしまっている。

 子供の時からの刷り込みと言う奴なのだろうか……。

 今は私は勇者でアイツは村人。

 立場も実力も全く違うはずなのに……でも、その背中の安心感はなぜか全く変わらない。


 リュートの背中、頼れる背中。


 ――ビックリする位に負ける気がしない。






 で……私はそんな背中を眺めながら、ずっと思っていた。




 ――白馬の王子さまなんていない。その事に気付いたのはいつの事だろうか。どんなピンチでもぶっとばしてくれる白馬の王子さまは存在しない……と。




 

 でも私はリュートが現れた、その瞬間に思った。





 ――どんなピンチの時にでも駈けつけてきてくれて私を助けてくれる……そんな、白馬の王子様は……実在する。




 ――それはリュート=マクレーン。私の幼馴染だ。














 



 さて……と俺は思う。

 村へのゴブリン襲撃から3年。まあ、色々あった。うん、それはもう……ドラゴンゾンビから……色々あった。



 何回、死ぬ思いにあったか分からない。

 でも、だからこそ俺は強くなった。




 ――そして今現在。








 ――背後には震える勇者、そして前方には邪龍。


 悪者と守るべき者――状況は非常にシンプルだ。



「ねえ、何者? アナタ何者? 私の魔法をはじき返しちゃうなんて、あなた何モノ? どこの国から派遣されたAランク冒険者? ねえねえ本当に何者? それとも貴方……勇者? ねえねえ? 勇者なの?」


「何者……か。Aランク級冒険者とは……これまた甘く見られたもんだな」


 自嘲気味に、次に続く言葉を思って――俺は笑う。


「俺は――」


 そして、続けた。









「――――――世界最強の村人だ」








※ 邪龍討伐の直後から入学編までは原作2巻で完全書下ろしです。

  よろしくお願いします。

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