第2話

 良し、と俺は心の中でほくそ笑んだ。




 前回の時と同じ場所、同じ状況で俺の2回目の人生がスタートしたからだ。



「リュートちゃんーー!!」


 そう言って、あばら家の中で俺を大きく掲げたのは金髪碧眼の女性だった。


 まず、思ったのは若いな……という事。

 まあ、それはそうだ。

 何しろ単純計算で、ついこの間まで見ていた母親から13年の年齢が差し引かれている訳なのだから。


 で、マジマジと母さんを眺めながら思う。

 20代後半で豊満な胸の持ち主――ぶっちゃけ、美人だ。

 良くもまあ貴族に見染められずに無理矢理に妾にされずに普通に恋愛結婚が出来たモノだと思う。


「2歳のお誕生日おめでとうー!」


 そう、今日は俺の2歳の誕生日だ。


 ボロボロのログハウスの中には精一杯の豪華な料理が並んでいる。

 まあ、とは言っても……いつもの黒パンにベーコンのスープがついているだけなのけれど。


 ともかく、貧乏なりに精一杯の頑張った感を漂わせる状況での祝いの席となっている訳だ。



 近所の人たちも呼ばれていて――そこには当然、お隣さんのコーデリア一家の姿もある。

 コーデリアを抱く赤髪の女性を見て『ああ、叔母さんも若いなー』と、素直な感想が浮かぶ。

 そして、これまたとんでもなく美人だ。



 抱かれているコーデリア自体が『本当に人間なのかよ』という程に整った顔をしているので、その母親が美人であることは当たり前と言えば当たり前なのだが……。


 まあ、それは良しとして母さんに抱かれている俺はテーブルの上の黒パンに手を伸ばそうとする。


「こらこらリュートちゃーん? リュートちゃんにはちょーっと固形物は早いかなー?」


 そういうと、母さんは俺を抱えながら部屋の片隅に移動を始めた。



 我が家は貧農だ。

 家は当然に狭く、一部屋しかない。



 そして母さんが向かったのはカーテンで仕切られている場所だ。

 ……一部屋を無理矢理に二つに仕切っていると言えば分かりやすいか。

 まあ、要は多目的に使われる場所なのだが、今回は授乳室代わりに使われているという寸法だ。


 そして母親は乳房を取り出した。


「はいリュートちゃーん。おっぱいでちゅよー」


「あら奥様? まだお乳を吸わしているので?」


 カーテン越しにコーデリアの母の驚いた声が聞こえてきた。


 その疑問も当然のもので、ウチの母親は2歳児にオッパイを吸わせているのだ。

 無論、それは非常識な事で、通常の赤子の場合は1歳にもなれば卒乳となる……一回目の時は正直面を喰らったものだ。


 いや、そもそもそれ以前の問題だったか。


 何しろ見知らぬ美人女性の胸をいきなり吸えというシチュエーションに慣れる……と、そこから始まったのだから。


「ええ、吸わしていますが何か? 何か……おかしい事でも?」


「…………いや、おかしいと言えばおかしいし、おかしくないと言えばおかしくないと言いますか……」


 叔母さんがゴニョゴニョと口ごもっているその時、コーデリアの父親が抱いていた赤子の鳴き声が聞こえ始めた。

 それはコーデリアの弟で、生後数か月の赤ん坊だ。


「あらあら。ウチの子もお腹が空いちゃったみたいね」


 そういうと叔母さんもカーテンの仕切りの中に入ってきた。

 そうして叔母さんもウチの母親と同じく乳房を露わにして息子に授乳を始めた。


 で、俺が母親の乳を吸いながら叔母さんを見ていると、叔母さんは冗談っぽく笑ってこう言った。


「ん? リュート君は私のオッパイも欲しいのかな?」


 笑いながらそういう叔母さんに、ウチの母親がマッハでこう言った。




「欲しがってません」




 迫力のある声色で――そして全否定だった。


「……えっ?」


 しばしの静寂が流れる。

 そして俺はやはり母親の乳を吸いながら叔母さんの様子を窺っている。


 再度、叔母さんはニコリと笑い冗談っぽくこう言った。


「やっぱり、リュート君は私のオッパイも『欲しがってません』」


 叔母さんが言い終える前に母さんは『欲しがってません』と断言した。


「……えっ?」


「リュートは私のオッパイだけがあればそれで良いんです」




「……えっ?」




「リュートは……私の……私のオッパイだけがあればそれでいいんです」





「…………………えっ?」





「リュートはママが大好きなんです。ママがラヴなんですっ! 何なら試してみますか?」


「試す……?」


「この子は私以外の抱っこを嫌がります。抱っこしてみますか? 他の人に抱かれるとこの子はすぐに泣きますから。だってリュートはママ大好きなんですから泣かないはずがないですからっ!」





「…………えっ?」




 かなり引いた様子の叔母さんに向けて、ウチの母親は俺を差し出した。

 そして叔母さんは条件反射的に両手を広げて、俺を抱っこした。


「すぐに泣きますから」


 自信満々にそういう母親だったが、俺は泣かない。

 地球での記憶が復活する前の俺は本当にママが大好きな人見知りっ子だったということだが……。


「……泣きませんよ?」


 叔母さんにそう言われると同時、ウチの母親の顔面が蒼白になった。


「何で……どうしてなの!? リュートちゃんっ!!! リュートちゃんっ!? こんな女よりもママが……リュートちゃんはママが好きよね? リュートちゃんはママに抱っこされたいのよね!!? だったら……何で!? なんで泣かないの!? 泣き叫んでママに助けを求めないの!?」


「こんな女……?」


 キョトンとした表情を浮かべる叔母さん。

 彼女は前回の時と同じく、今回のこの対応でウチの母さんの異常性に気付いたはずだ。


 それでもまあ、結局、なんやかんやで仲良くご近所づきあいをしてたんだからコーデリア一家も相当だとは思う。




 ――そろそろお気づきだろうが、ウチの母親は病的なレベルで息子大好きなのだ。




 そのまま、母さんは俺を抱えて玄関へと走りだし始めた。


「おい、お前!? どこに行く!?」


 呼び止める父さんを無視して母さんは脱兎の如くに駆けていく。



「リュートちゃんを……リュートちゃんをお医者様に……っ!」



 そうして、村唯一の薬師の家へ向けて物凄い勢いで一直線で駆けていく。





 ――まあ……そんな感じで相変わらずの母さんに俺は安心した。














 そして時は流れて深夜。

 今現在の時刻は分からないが、まあ……丑三つ時とかそういう感じだろう。



 ベビーベッドに寝かされた俺は周囲を窺った。良し、母さんも父さんも寝ている。

 個室があてがわれているのであれば、もう少し大胆に行動に移れるのだが……と、俺は寝たままの姿勢で掌を天井に向けて突きだした。


 そして念を込める。




 ――できた。




 今、俺が何をしているかというと……魔法を使っているのだ。


 それは俗に生活魔法と言われるもので、概念を理解していてコツさえつかめば赤子ですらも使う事は簡単だ。



 まあ、概念を理解する事は普通の赤子には難しいというか、生まれながらに高レベルの魔力制御のスキルを持っているような、感覚で全てをこなしてしまう天才児以外には、無理なんだけどな。


 そこはホラ、俺は頭は大人で体は子供的な……名探偵的なアレだからクリアーしている訳だ。



 で、その魔法行使の結果として、室内に微かに風が巻き起こった。

 赤子の起こす風なので窓から風が舞い込んできた程度の威力もない。だから、両親が寝ている今であれば、感づかれて面倒になるとかそういう事は無い。

 しかし、わざわざ夜中まで起きてて、その上で生活魔法を使って室内に微弱な風を起こす。


 その事に何の意味があるのかというと……風を起こすその事自体に意味は無い。

 風を選んだ理由は一番目立たないというだけで、別にマッチ程度の火を起こしても良かったし、コップ一杯の水を出しても良かった。



 俺の目的は――つまり、魔法を使うと俺のMP(マジックポイント)が消費されるという事にある。



 再度、俺は天井に向けて掌を突き出した。すると再度室内にゆるやかな風が起きる。



 1回、2回、3回、4回……目は不発。



 どうやらここで俺の魔力は打ち止め……枯渇したようだ。

 で、どうして俺はMPがゼロになるまでそんな事を繰り返したかというと……そんなもんは決まっている。




 強くなるためだ。





 ――さて、そろそろ本題に入ろうか。村人が強くなる為にはどうすれば良いか……その第一段階目にな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る