第18話 聖水の確認

 街での見学を終えて城へと帰ってきた。

 すぐにでも聖水と呪い耐性ポーションの確認を行いたいところだが、あいにくとすぐに夕食の時間となってしまう。


「夕食をとってからゆっくりと確認しましょう」


 本条さんのその言葉により、夕食の時間まで見学の際に手に入れた荷物の整理などをして時間をつぶすことになった。



 夕食を済ませ、勇者であるクラスメイト達に用意された待合室へと移動する。

 街の見学後ということもあり、それなりの人数が残っているかとも思ったが、残っていたのは女子のグループが1つだけだった。

 そのことを意外に思いつつ、いつも通り部屋の奥の机へと向かう。


「始めましょう」


 いつもの場所に着いてすぐに、本条さんから声がかかる。

 その声にわずかに遅れ、机の上に6つの瓶が現れた。

 無色透明の瓶が3本、薄い緑色の瓶が3本だ。


≪透明なのが聖水で緑のやつが呪い耐性のポーションね≫


 どちらが呪い耐性のポーションなのかと疑問に思うが、現れたノートの解説によってその疑問はすぐに解決した。


「どちらから確認しますか?

 あと、誰が確認しますか?」


 本条さんの言葉に少し考える。


 どちらから確認すべきか。

 まあ、これについては見学の途中だったさっきとは違い、十分に時間があるのだから深く考えず順番に確認すればいいだろう。

 強いていえば、一発で効果がありそうな聖水からか?

 もう1つの誰がについては、どうしようか。

 別にこっちも誰からでもいい気はするが、聖水は既に耐性を持っている本条さん、ポーションの方は耐性のない俺か明石さんかな?


≪私が確認する≫


 なんてことを考えていたんだが、先に明石さんが覚悟を決めていたらしい。

 そんな言葉が書かれたノートが現れた次の瞬間には聖水の瓶が1本机の上から消えていた。


「どっ、どうですか?」


 本条さんが不安げに問いかける。

 どうやら、明石さんはさしてためらうことなく、すぐに聖水を試したらしい。

 だが、俺に明石さんが見えるようになっていないことから、少なくとも呪いが解けるというような劇的な効果はなさそうだ。


≪ダメみたい。

 本条さんも田中君も見えないままだよ……≫


 やはりダメだったか。

 ただ、ダメ元で何か変化がないかを質問してみる。

 さすがに何の効果もないとは考えたくない。


≪何か変わったところはないの?≫


≪特に変わったところはなさそうかな。

 さっきと同じように見えないままだし、田中君の声は聞こえないし≫


 だが、その期待もあっさりと裏切られた。

 今までと変わらず、見えず聞こえず。


「って、声出してないじゃん」


 明石さん相手にはずっと筆談だったので、その流れで声を出していなかった。

 そのことに気づいて色々と話しかけたりしたが、結果は変わらず変化なし。

 聖水では“邪神の呪い”を解呪できないようだ。



≪このままポーションも確認しちゃう?≫


 いくつか確認を繰り返して聖水はダメだと結論を出した後、明石さんがそう提案してくる。

 別にそれでもいいのだが、先に聖水の確認を終わらせておきたい。


≪一応、聖水の確認をちゃんとやっておかない?

 俺は明石さんと同じ状況だけど、本条さんはちょっと違うし≫


「それもそうですね」


≪確かに≫


 俺の意見に2人も賛成してくれたので、机の上の聖水を手に取る。

 まあ、俺の結果は明石さんと同じだろうから、本当に念のためとしてでしかないが。


≪そういえば、聖水の確認ってどうやったの?

 イメージだと身体に振りかける感じだけど≫


「えっ、そうなんですか?」


 聖水を確認しようと思って気になったことを聞いてみると、本条さんから意外そうな声が返ってきた。

 何か変だっただろうかと、思わずそちらを振り返る。


「いえ、明石さんが普通に聖水を飲んで確認していたので、そういうものかと……」


 あー、明石さんは飲む方を選んだのか。

 じゃあ、こっちの世界の聖水は飲んで使うのが正しいのか。


≪あっ、ポーションは飲んだ方が効果が高いって聞いたから、聖水も飲んだ方が効果が高いかと思って飲んじゃったよ。

 でも、確かに聖水って振りかけて使うイメージかも≫


「えっと、もしかして聖水は飲む物じゃないんですか?」


≪……わかんない≫


 嫌な沈黙があたりと包み込む。

 ま、まあ、飲んだところで害はないんじゃないかな?

 そんなことを思うが、明石さんの様子がわからないので下手な気休めはやめておくことにした。



≪……まあ、やっちゃったものは仕方ないし、2人は振りかけて確認してみてよ≫


 しばらくして沈黙を破ったのは明石さんだった。

 いや、筆談なので静かなままだけど。


「そうですね。

 むしろ、どちらの方法も試せて逆に良かったのかもしれません」


≪そうそう。

 特に身体に異常が出ているわけでもないし、結果オーライだよ≫


 表情が見えないので本当に心からのものなのかはわからないが、明石さんがそう言っているのでひとまず気にしないことにする。


≪じゃあ、確認してみるね≫


 そう伝えてから聖水の瓶のふたを開く。

 中に入っているのは無色透明の液体。

 正直、ただの水にしか見えない。

 それでも、わずかな期待を胸に、瓶を頭上へとかざして聖水を振りかける。


 ひんやりとした聖水の感触を頭に感じるが、すぐにその感触が消えたことで振りかけたものがただの水ではなかったことを実感する。

 そのことを認識して閉じていた目を開く。

 淡い期待と共に周囲に目を向けるが、そこには先ほどまでと変わらない光景があった。


「……振りかけてもダメみたいだね」


 まあ、半ば予想していたことなので、努めて気にしないことにする。

 俺の確認は前座みたいなものだし、本命は本条さんだ。


「そうですか。

 じゃあ、私も試してみますね」


 俺の言葉を受けて、本条さんがそう告げる。

 あいにくと本条さんについては本人以外にその姿を認識することができないので、聖水の確認については彼女の言葉を待つしかない。

 それでも、もしかしたらという期待を込めて声がしたあたりを見つめ続ける。


「聖水をかけてみましたが、どうですか?

 私の姿が見えるようになっていたりしますか?」


 わずかな時間を置いて、確認を終えたらしい本条さんの言葉が聞こえてくる。

 だが、俺の目が本条さんの姿を映すことはなかった。

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