第16話 初日の自由時間:街へ出発

「それで、これからどうしますか?」


 別室で昼食をとるクラスメイト達と別れ、食堂での昼食を終えたタイミングで本条さんがそう問いかけてくる。

 昨日の夜に話し合った周辺の確認という予定が、メリッサさんの案内でほとんど達成されてしまったので、改めて今日の自由時間をどうしようかという話だ。


≪街を見に行きたい≫


 すぐさま、机の上に置かれたノートにそう書き込まれる。

 俺が書いたわけじゃないので、当然明石さんの言葉だ。


≪書庫で呪いについて調べるべきでは?≫


 本条さんが何か反応する前に、ササッと自分のノートに書いて机の上に広げる。

 このノートは先ほど城内を案内されたときに、備品置き場なのか売店なのかよくわからないところで拝借してきたものだ。

 いつまでも本条さんのノート1冊では厳しいので、各自筆記用具を確保している。


「明石さんは街で何か見たいものがあるのですか?」


≪特に何かっていうのはないけど、自分の目で見ておきたいじゃない?≫


 本条さんの質問にややあってから回答が書き込まれる。

 まあ、気持ちはわからないでもない。

 今の俺たちはこの城内だけしか知らない状態だ。

 しかも、俺たちを召喚した城の人間たちが説明した内容しか知識として持っているものはない。

 それを城の外に出て実際に自分の目で確認することは、確かに必要なことではあるだろう。


「どう思います?」


≪出入りが自由にできるかを確認するのはアリかな≫


 本条さんに振られたので、思ったことを書き込む。

 最悪のケースを考えるのであれば、いざというときに城から安全に脱出できるかどうかを確認しておくことも必要だろう。

 漠然としたイメージではあるが、こういう城には立派な城門と門番がつきものだと思う。

 門番には気づかれないのでどうとでもなるとして、城門が自分たちで開閉できるかがわからない。

 まあ、仮に自分でできたとしても、城門が勝手に開くというのはただの怪奇現象では済まされない気もするのであまりやるべきではない気もするが。


「それも含めて一度見に行ってみますか?」


 昼食の前に、西野たちのグループが城外の見学をメリッサさんへ希望していた。

 それに対する回答は、城の外を案内する人間を兵舎の待合室に寄こすので希望者は13時までに集合しておくこと、というものだったはずだ。

 時計を確認するとその時間まであと10分と少し。


≪じゃあ、それで≫


 呪いに関する調査も気になるが、城の外に出る機会は限られている。

 書庫での調査は最悪戻ってきてから夜に調べるということも可能なので、今回は城の外にある街の確認を優先してもいいだろう。

 そう結論付け、2人へと答えを返していた。




 兵舎の待合室に移動すると、予想以上の人数が待っていた。

 街の見学を希望した西野、津嶋のカップルとその友人グループだけでなく、学級委員長の清水や平井先生など、ほとんどのメンバーが部屋の中で座っている。

 だが、考えてみると、いきなり自由時間と言われても何をしていいのかわからない気もするのでそんなものなのかもしれない。

 そう考えると、逆にここにいない連中がどのように自由時間を過ごすのかが気になってくる。


 待合室にいたクラスメイト達を確認しながら部屋の奥へと移動すると、ほどなくして引率の人たちがやってきた。

 午前の講義の講師だったメリッサさんを先頭にした6人だ。

 メリッサさん以外は兵士みたいなので、彼らは監視兼護衛役といったところだろうか。

 そんなことを考えていると、彼らを代表してメリッサさんが口を開いた。


「では、これから城の外の街をご案内します。

 こちらの都合で申し訳ありませんが、ご案内するのは事前にお聞きしていたギルドと商会だけとなります。

 人数の関係もあり、露店通りや他の施設の案内は後日とさせてください」


「グループに分かれて案内してもらうことはできないんですか?」


「申し訳ありませんが、護衛の兵の数が十分に用意できていませんので、今日のところはあきらめてください。

 明日、少なくとも明後日までには、個別に案内できるだけの護衛を用意する予定ですので」


「そうですか」


 質問した清水が若干残念そうにしているが、どこか個人で確認したいところでもあったのだろうか。

 まあ、見て回っているうちに行きたいところができるかもしれないし、そういった意味では自由行動ができないのは辛いところかもしれないが。


「他になければ、表に馬車に用意していますので移動をお願いします。

 今日の移動は基本的に馬車を使うことになりますのでそのつもりでいてください」


 馬車か。

 イメージ通りの移動手段ではあるが考えてなかったな。

 でもまあ、勇者たちが徒歩でぞろぞろと移動というのも考えてみればおかしい気がするので、馬車が用意されるのも当たり前かもしれない。

 問題はその馬車に都合よく俺たち3人が乗るスペースがあるかどうかだ。


「一緒に乗れるでしょうか?」


 同じようなことを考えたのか、本条さんが不安げにつぶやく。


「とりあえず、用意された馬車を見てみないことにはどうしようもないんじゃない?」


「……それもそうですね。

 確かに、ここで気にしていてもどうしようもなさそうです」


「まあ、特に人数の指定があったわけじゃないから、ある程度余裕はあるとは思うけど」


 最後に気休めにそう付け足すと、本条さんの方から少しほっとしたような気配がした。

 さすがに、触れられないとはいえ、クラスメイト達と重なるように馬車に詰め込まれるのは嫌だったのだろう。

 といっても、所詮は推測交じりの気休めでしかないので、予想が外れて落胆されても困るんだけどな。




「あっ、ちゃんと十分な数の馬車があるみたいですねっ!」


 珍しく弾んだ声で本条さんが伝えてくる。

 兵舎の前に用意されていた馬車は6人乗りのものが5台。

 見学を希望しているのは俺たちを除いて20人なので、単純計算で10人分のスペースが空くことになる。

 ただ、4台でも足りる計算になるので、数を減らされてしまうと別々に乗らないといけないという困ったことになるかもしれないが。



≪一緒に乗れてよかったよ……≫


 動き出した馬車の中で明石さんがノートにそうこぼす。

 ノート自体は明石さんの膝の上だと思うんだが、何故見えているんだろうか?

 正直、このあたりの判定も謎のままだな。

 いや、見えるようになる分には助かるから構わないんだけど。


「本当にそうですね。

 人数的に座れないことはなかったかと思うんですけど、最悪分かれて乗ることになっていたかもしれませんし」


 今乗っている馬車は、平井先生とメリッサさんが乗っている馬車だ。

 6人乗りの馬車に2人だけという形なので、俺たち3人も問題なく座ることができている。

 席はメリッサさんの側に本条さんと明石さん、平井先生の側に俺という形だ。


 ちなみに、メリッサさん以外の案内役は各馬車の馭者台に1人ずつ乗っている。

 もともと各馬車に馭者の人はいたので、やはり護衛ということなのだろう。



「どうやら城門についたみたいですね」


 もともと早くなかった馬車の速度がより一層遅くなり、ゆっくりと停止する。

 馬車の前には確かに門とその門番がいるようだが、想像していたよりも規模が小さい。

 何故かと疑問に思っていると、平井先生とメリッサさんの会話で答えが出た。


 どうやら、この城門はいわゆる正門という奴ではなく城に勤める人や出入りの業者が利用するための通用門にあたるらしい。

 勇者が召喚されたという話は街中にも広まりつつあるらしいが、まだ大々的に広めるつもりはないそうだ。

 なので、しばらくはここのような通用門を利用して出入りすることになるらしい。


 そんな説明を聞いているうちに城の外へと出るための手続きが終わる。

 開かれた門を抜け、異世界の街へと馬車が進みだした。

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