第15話 初日の講義

 翌朝、けたたましい目覚ましのアラーム音で目が覚めた。

 普段目覚まし代わりに使っているスマホを探して腕を伸ばしたところで、ここがいつものベッドではないことに気づく。

 というか、異世界にいるはずなのに、なぜ目覚ましのアラームが鳴っているのか。


「おはようございます。

 田中君」


 寝ぼけた頭でそんなことを考えていると、本条さんからそう声をかけられた。


「おはよう、本条さん。

 なんで、目覚ましのアラームが鳴っているの?」


 声がしたほうを向きつつ、気になったことを質問する。

 残念ながら、一夜明けても本条さんの姿を認識できないのは変わらないらしい。


「このベッドに設置された魔法道具です。

 なんでも、昔の勇者さんが色々とこだわりを持っていた方だったそうで、この目覚ましを含めて元の世界にあったような道具を魔法道具でたくさん再現したそうですよ。

 トイレとかお風呂なんかもこだわっていたそうです」


「あぁ、あのトイレってやっぱり昔の勇者が作ったやつだったんだ」


 軽く呆れた声を出しつつ、昨日のことを思い出す。

 王城に設置されていたトイレが水洗トイレというだけでなく、ウォッシュレット対応というアレなやつだったのだ。

 いや、汲み取り式のトイレとかそういうのが出てきても困るので、非常に助かったと言えば助かったんだが、なんというか釈然としない感じだった。


「明石さんも起きたようですし、朝食を食べに行きませんか」


「了解」


 俺はそう答え、布団代わりにした毛布をたたんでベッドの横に重ねる。

 この毛布には少なくとも準備期間の1週間、長ければ基礎訓練期間を含めた3週間はお世話になる可能性がある。

 出来れば洗濯しつつ清潔な状態のものを使いたいのだが、俺たちに洗濯しているような余裕があるかどうかはわからない。

 クラスのみんなであれば城のメイドさんたちに依頼すれば洗濯なんかもやってもらえそうだが、俺たちの場合は自分でやるしかない。

 まあ、そのあたりも今日の周辺確認で解決策が見つかることを祈ろう。

 なんとなく、元の世界の道具を再現したという勇者が洗濯機も魔法道具で実現している気がするし。



 結論から言うと、洗濯の問題はすぐに解決した。

 朝食を食べに食堂に向かう前に立ち寄った洗い場的な部屋にコインランドリーよろしくドラム式の洗濯乾燥機のようなものが並んでいたのだ。

 これを利用すれば大して時間もかからないだろうし、よほどのことがない限り洗濯する時間すら取れないということもないはずだ。

 俺たちとしてはただ顔を洗うために立ち寄っただけなんだが、まあ、見つけておいて困ることでもないし構わないだろう。


 その後は食堂へと移動し、兵士達に交じってひっそりと朝食を食べた。

 朝食はパンとサラダとスープというかなりシンプルなもので、量的に兵士達が満足できるのか不安になるメニューだった。

 まあ、普段朝はパンを軽くしか食べない俺にとってはありがたかったのだが。






「おはようございます。

 私は、皆様にこの世界のことを知っていただくための講義を担当するメリッサ・ユースバッハと申します。

 1週間という短い期間ではありますが、勇者である皆様のお役に立てるよう励みますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 朝食後、昨日使っていた兵舎の中の一室でクラスメイト達と待っていると、部屋に入ってきた女性がそう告げた。

 おそらく、というか本人も言っているので間違いないだろうが、この人が準備期間中の教育を担当する講師なんだろう。

 偏見かもしれないが、漠然と男性が来るものだと思っていたので少し意外だ。

 だが、メガネをかけたキャリアウーマン風のその姿はスーツみたいな服装も相まって雰囲気がとても講師役に似合っている。


「本来であれば、ゆっくりと皆様の自己紹介から、と言いたいところですが、残念ながら時間に余裕があるわけでもありませんので、さっそく講義を始めたいと思います」


 講師のメリッサさんがそう言うと、扉の外に控えていたのであろう兵士たちが、ホワイトボードと思しきものを部屋の中に運び入れてきた。

 というか、キャスターもついているし、まんまよく見るようなホワイトボードなんだが、例の勇者はどれだけのものに手を出したのだろうか。


 当たり前だが、俺がそんな呆れたような視線を向けても気づかれるはずもなく、講義はスタートした。

 準備期間中のこの講義では、この世界の一般常識を勉強することになるらしい。

 初日である今日は、ひとまず生活するために必要な知識から学ぶことになるらしい。

 まずはお金について、それから食べ物や生活に使われる様々な道具、それに加えて種族についてなんかも講義内容に含まれていた。

 後は街に住む平民や兵士たちがどのような生活をしているのかも簡単に説明された。

 というか、王城や兵舎には当たり前のように時計が設置されているが、街に住む平民たちにとっては一般的なものではないらしい。

 なので街中では教会が鳴らす鐘の音が時間を知るための手掛かりになるらしい。

 まあ、もちろん商人なんかの時計を必要とするような人や余裕のあるような人は時計を持っているらしいが。



「今日の講義はここまでとなります。

 昼食の時間まで時間がありますが、その時間を利用して城内の簡単な案内をいたします。

 勇者である皆様でも立ち入りを制限させてもらう場所もありますので、しっかりと案内を聞いておいてください」


 短い休憩を挟みつつ3時間近く続いた講義をメリッサさんがそう言って切り上げた。

 どうやら、昼食の前に城内の案内もしてくれるらしい。

 まあ、午後からは自由時間になるらしいので、ある程度は城内の情報がないとどうしようもないか。


≪お腹空いているのに……≫


 ノートに書かれたそんな恨めし気な言葉に苦笑しつつ、俺たちもメリッサさんの後に続くクラスメイト達の後ろにひっそりと引っ付いていった。

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