第160話 大量殺戮

「一体、何が起きたっていうんだよぉ~!!!」


 セントシーナの転生者は、眼前の信じられない光景を見て、天を仰いで叫ぶ。そして、怒りの為か、恐怖の為かは分からないが、小刻みに身体が震えだす。


 部下の男も、信じられない光景に何ごとかと確認しようとして前に駆け出すが、その途中でぱたりと倒れてそのまま動かなくなる。


「おいおい、嘘だろ… 本当に一体、何がどうなっているんだよ…」


セントシーナの転生者は、その声まで震えていた。



「ちゃんと…効いたようだな…」


「あぁ… 降りかかる火の粉を払う為とは言え… 大量虐殺だよな…」


 そう口にするマールの転生者たちは、その身体も声も震えていた。自分たちや自分たちが大切にしたいものを守る為とは言え、いとも容易く大量虐殺を行ったのだ。


「しかし、こうも上手くいくとはな… 派手な火の魔法や、複雑な毒の生成魔法なら、対抗処置を取られていたかもしれないが、俺たちが使ったのは精錬でよく使っている一酸化炭素を作り出す魔法だからな… しかも、数%の濃度じゃ余程、精度のいい検知魔法でも使っていない限り、何をされたか分からないはずだ」


 マールの転生者たちが攻撃に使ったのは、地球の大戦中に使われていた複雑な毒物などではなく、ただの一酸化炭素。その一酸化炭素は空気より軽い気体なので、上空に霧散しないように程よく冷やして、風魔法で敵に吹きかけただけなのである。


 複雑な毒物や、高濃度の一酸化炭素なら、対抗魔法や、毒物検知の魔法が反応したかもしれないが、マールの転生者たちは検知魔法が反応しない、だが、人間が吸えば1分も持たずに死に至る濃度、わずか3%の一酸化炭素を吹き付けたのである。


 この魔法はもともと、敵を倒すために開発されたものではない。普段の鉄の精錬時に純度の高い鉄を作り出すために生み出されたものである。その時の作業で事故が起き、転生者の一人が一酸化炭素中毒に掛かったことがあったのだ。幸いな事に後遺症もなく回復する事が出来たが、転生者たちは改めて一酸化炭素の恐ろしさを知ったのであった。




「こ、こんな恐ろしい魔法を使う相手とは戦えねぇ!!!」


セントシーナの後方で難を逃れた後方部隊の兵士が叫ぶ。一歩、また一歩と後ずさり、そして、振り返って全力で逃げ始める。


「逃げろぉぉぉ!! こんな所で死にたくないぃぃ!!!」


「うわぁぁぁ!! 俺は死ぬのは嫌だぁぁぁ!!!」


後方の難を逃れた五百人ほどの兵士が我先にと逃げ出していく。


「くそぉぉぉぉぉ!!! 俺の三万の兵が… 俺の兵がぁぁ!!!!」


 台車の上の高台で、運よく一酸化炭素の風から難を逃れたセントシーナの転生者が叫ぶ。弩弓の攻撃も防がれ、攻城戦で使う予定であったバリスタも防がれ、自らの自慢だった魔法までもが防がれた。その上で、自分の我儘で用意させたセントシーナの精鋭三万を一瞬の内に失ったのである。


 有能で優れた自分が栄光への道に進むための道を、たかが辺境の田舎転生者達に、一瞬でいともたやすく閉ざされてしまったのである。


「ありえねぇ!!! ありえねぇぇぇ!!!! ここは俺が気持ちよくなるために転生してきたはずなのにぃ! なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよぉぉぉ!!!」


 他者の事も、この世界の事も考えない、自分自身の事だけを考えた気の狂った発言を叫ぶ。そもそも、セントシーナの転生者にとってはこの世界はゲーム盤、他者は駒かモブ程度にしか考えておらず、自分自身こそがこの世界の主人公であると考えていたのだ。


「くそぉぉぉ!!! くそぉぉぉ!!! くそぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 セントシーナの転生者は罵声をあげながら、周りの物を蹴りつけ、叩きつけ、殴りつけて八つ当たりを繰り返す。しかし、そんな乱暴を繰り返しているうちに、スタミナが尽き始め、半壊した玉座の様な椅子に寄り掛かり、肩で息をし始める。


「ちくしょう… このままでは終われねぇ… このままでは… 俺は…」


そう独り言を呟いた時、ある事を思い付き、口元をニヤリと歪めていく。


「そうだ…俺は生きている… 大将であるこの俺は生きているんだ…」


転生者は乱れていた息を整え始める。


「戦いは、最終的には大将の首を取った方の勝ちだ… ならば、奴らの大将の首を取ればいい…くひひひぃ…」


狂気と悪意だけで満ちた笑い声を上げ始める。


「ここまで俺をコケにしたあいつ等の大事な大将の首を取ってやる!!! 確か情報では、女の当主だったな… 耳をもぎ取って、鼻を削いで、舌を引き抜いて、目を刳り抜いた上で、首をもいでやる!!! それで奴らに叩きつけてやれば、俺様の勝ちだぁぁぁ!!!」


 セントシーナの転生者はそう自分自身に言い聞かせると、残っている兵の事など気にせずに、魔法で飛び上がり、マールの館の方向目掛けて飛翔し始めた。



 一方、マールの転生者たちの方では、自らの大量虐殺について胸の内でもやもやを抱えつつも勝利にわいていた。


「なんとか、俺たちも、そしてこの領地もマールたん達も守られたな…」


「あぁ、俺たちの勝利だ」


「しかし、敵の後方にほんの少し、生き残った奴がいるがどうする? 後始末するか?」


 敵の最後方にほんの少し生き残った兵たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めているのが見える。


「いや、放っておこう… その方がいいだろう」


「仏心か?」


憎き敵軍の生き残りを逃がすと聞いて、首を傾げる。


「違う、僅かな生存者が敵の本拠地まで逃げ帰って、今回の惨状を報告すれば、二度とこの地に攻め入ろうとは考えないだろ…?!」


「…なるほど、この後の平和の為か… じゃあ、あいつ等がちゃんと本国に逃げ帰るのを祈らないといけないな…」


「それよりさ…」


「ん?」


「この死体の山はどうするんだよ…」


 その言葉に転生者たちは、自分たちの目の前に広がるセントシーナの軍勢の死体の山を見る。人間だけでおよそ三万体、馬などを合わせればもっといくであろう。もちろん、このまま放置することも出来ない。三万体もの死体が腐れば、この周辺の土地は使えなくなるだろう。


「燃やすか?」


「お前、死体一体を灰にするまでどれだけ火力がいると思ってんだよ… 俺たちはもう魔力もあまり残っていないし、こんな奴らの為に山を薪に変えたくもないな…」


「じゃあ… 埋めるしかないか… まぁ、一酸化炭素の窒息死だから、死体は酷くないし運ぶのもそんな苦じゃないだろ…」


しかし、一人や二人ではなく三万という数である。皆の表情は暗い。


「なぁに、最初に言ってただろ? 一人三百人相手にすればいいって…」


そのような事を話していると、別の者が声を上げる。


「ちょっと、お前らの中で魔力が残っている奴いるか!?」


「どうした?」


慌てる転生者の一人に軽く返す。


「敵の大将と思しき人物が、魔法で飛んで行ったんだ!!」


「敵側の転生者って奴か? 逃げたんだろ?」


しかし、強張った顔で首を横に振る。


「どうも館の方に向かったようだ…」


事態を軽く考えていた転生者の顔も強張る。


「マールたんやカオリンや皆が危ないのか…」


「俺はまだ魔力が残っている!!」


「俺もだ!!」


事の重大さを聞いて、魔力が残っている者が次々と名乗り上げる。


「よし! 5人ほどか… 回復薬が残っている奴がいたら渡してくれ!! すぐに追いかける!!」


魔力が残っていた5人は皆から回復薬を受け取ると、不安を胸に館に向けて飛び立った。


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