第158話 前哨戦
「おい! あれ! 偵察に行ってた奴が帰って来たぞ!!」
飛んでくる二人の影を見て、転生者の一人が声を上げる。その二人は中央に着地し、皆がその周りに集まっていく。
「敵の様子はどうだった!?」
「やはり、強敵なのか?」
帰ってきた二人に質問が降りかかる。
「ぱっと見た感じ、敵の戦い方は、俺たちの世界の陣形、鉄床戦術を使うつもりだな」
「という事は…やはり向こう側に転生者がいるって事か… それでどうなんだ? その鉄床戦術って奴に勝てそうか?」
質問された転生者は腕を組み、うーんと考え込む。
「分からない…」
「分からないって… やはり、その鉄床戦術ってのは強い戦術なのか?」
「いや、そうじゃないんだ。鉄床戦術の陣形って古すぎるんだよ。地球の古代ギリシャで使われていた戦術だぞ? ここは大砲や銃の代わりに魔法がある世界だ。その点で考えると火器や大砲があったナポレオン戦争あたりの陣形を組まないとだめだ。鉄床戦術のファランクス陣形なんてしていたら魔法の格好の的だろ?」
説明を受けた転生者は戦術について詳しくなかったが、納得できる説明であった。
「じゃあ、楽勝なのか?」
「それがそうとも言えないんだ。俺たちの世界での銃や大砲は基本的に防ぐ事が出来ない。だから密集陣形からまばらに兵を置く散兵陣形に変わっていったんだが、魔法は魔法である程度防ぐ事ができる。ここが難しいんだよ…」
確かに現代技術では防ぐ事の出来ない彗星の落下を先程、自分たちで止めたばかりである。だから、その理屈は分かる。
「じゃあ、どうする? 俺たちは一応現代戦にならって散兵陣形でいくか?」
「いや、それは悪手だ。数の少ない俺たちが更にばらけたら各個撃破される可能性が高い。だから、逆に密集陣形を組み、防御担当と攻撃担当に分かれて、敵が打ち破れない防御と敵が守り切れない攻撃力を高めるべきだ」
「なるほど、俺たち個々ではなく、一塊になって戦うと言う訳か…なんだか俺たちらしいな…」
「おい! 敵の軍勢が進んでくる砂煙が見え始めたぞ!!」
転生者の一人が声をあげ、皆が敵の現れた方向を見る。確かに向こうに三万という軍勢があげる砂煙が上がっている。
「もう、グダグダ言っている暇はなさそうだな…」
敵軍の砂煙が目視出来たことで、今から始まる戦いに現実味を帯びて、皆、緊張のあまり身体が小刻みに震え始める。
「武者震いと言いたいところだが、やっぱ心の底では殺し合いをする事にビビってしまうよな…」
「おい! 隊列を組むぞ!! 防御担当は後ろへ! 攻撃担当は前へだ!」
その声に転生者たちは各々、自分の担当場所に移動していく。
「防御は彗星の時のやり方でいいとして、攻撃はどうするんだよ!」
「攻撃はアレを使うぞ!!」
攻撃担当の一人が叫ぶ。
「アレを使うのか… まぁ、この状況下では仕方ないな… じゃあ、攻撃担当は横陣参列だな?」
「おう! そうだ! 各列はタイミングと威力を間違えるなよ!! こちらが巻き添えになる!!」
攻撃担当の転生者たちは敵側に向かって横三列に並び構え始める。
「防御担当者もシールドの角度に気をつけろよ!! カイジの顎の角度だ!!!」
「なんだよ、それ、カイジの顎の角度って…鋭角ってことか?」
「とりあえず、俺がマールたんみたいに目印の光球魔法を使う! それを目標にシールドをはってくれ!! いつ敵から攻撃魔法が飛んできてもおかしくないぞ! 早くしろよ!」
声を上げた者が、両腕を伸ばすと光の玉が現れる。その転生者は意識を光の玉に集中して、転生者の集団から15メートル程離れた位置に固定させる。
「よし! あの玉を目標にシールドを展開してくれ!!」
防御担当の転生者たちが一斉に腕を伸ばし、シールド魔法を展開していく。シールド魔法は彗星の時の様に魚の鱗の様な半透明の虹色に輝く膜を光の玉の位置から、転生者たちに覆いかぶさるように展開される。
「なるほど、正面で受けきるというよりは、はじくという事か…」
「これで準備は整った!! 後は敵が有効射程まで入ってくるまで我慢して待つだけだ!!」
転生者たちは迫りくる軍勢を固唾を飲んで見守った。
一方、敵陣であるセントシーナの軍勢の中では、天蓋付きの神輿の様な物に乗った男が、ニヤニヤしながら、マールの転生者達を眺めていた。黒髪・黒目の同じ転生者でありながら、マールの転生者達とは異なり、整った顔立ちでありながらその性格からにじみ出る醜悪さがありありと表に出ていた。
「ちっ! なんだよぉ、同じ転生者がいるって聞いたのによぉ~ あれだけしかいねぇのか… とんだ期待外れじゃねぇか! あんなのぷちって踏み潰してやる!ぷち!」
だらりと座った玉座のような椅子からへらへらと悪態をたれる。
「まず、小手調べに弓矢の雨でも降らせてやるか… おい! 弩兵!! 射撃準備しろぁ!!」
セントシーナの転生者が号令をかけると、中央の重装歩兵の後ろにいた弩兵部隊が立ち止まってクロスボウの弦を引き、矢をつがえはじめる。
「あの一団に弓矢の雨を降らせてやれ!!! 外すなよぉ!! 撃てぇぇ!!!」
男の号令と共に三千人の弩兵のよる一斉射撃が行われる。放たれた矢はそのあまりの数から一つの塊のような形で撃ち出される。
「あいつら弓撃ってきやがったぞ!!! もはや塊にしか見えん数だ!!!」
マールの転生者たちは撃ち出された矢の塊を見て叫ぶ。最初は遠くの離れた位置から撃ち出されたので、ゆっくりと弧を描いて飛んでくるが、段々近づくにつれ、加速してくるように見える。
「ひぃ!! 来るぞ!!!」
目前まで来た矢の塊が視界を覆うように降り注ぐ。
ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!
3000本という数の矢がシールドに衝突したことで轟音が鳴り響く。転生者達はシールドで守られていると分かっていても身をすくめる。
カランカランと矢の集中豪雨が終わった事で辺りを確認すると、シールドで覆われた以外の場所に矢が突き刺さって矢の草原が出来上がっていた。
「おっそろしぃ~ これが軍隊の射撃かよ…」
「シールドが無ければ、間違いなくハチの巣って奴だな…いや、剣山か?」
「ちっ! 無傷かよ… まぁ、これぐらいで終わったら面白くねぇな… おい! あれもってこい!! 攻城戦で使う予定だった奴だ!!!」
セントシーナ側の転生者が不満そうに舌打ちをして、部下の者に横柄に命令を下す。命令を受けた部下は後ろの者に指示をすると、後方の部隊から四台の巨大な台車のようなものを押し出してくる。
「巻き上げを始めろ!!!」
部下の男が号令をかけると数十人もの屈強な男たちが滑車を使ってギチッ!ギチッ!ときしむ音を立てながら弦を巻き上げていく。そして、最後まで巻き上げると、留め金に弦をかける。
「巻き上げ完了しました!!!」
部下の男が巻き上げ完了の声をあげる。その報告を受けたセントシーナの転生者はニヤリと口元を歪める。
「では、射線をあけろ!! 超弩級バリスタの発射準備だ!!!」
転生者の号令により、前列の重装歩兵達が戦列に間を開けてバリスタの射線を開け始める。
「おいおい!! ちょっと!あれ! とんでもねぇもん準備してねぇか!?」
マールの転生者たちが射線を開ける重装歩兵の間から、巨大なバリスタを見て声を上げる。
「なんてもん使うつもりなんだ!? あれ、人間に使っていいもんじゃねぇだろ!?」
シールド魔法があるとは言え、やはりあんな物に狙われるのは心穏やかではない。
「ははは、びびってやがる! びびってやがんぞぉ!! じゃあ、一発かましてやれやぁ!!!! 超弩級バリスタ撃てぇぇぇ!!!!」
セントシーナの転生者が狂った笑い声を上げながら号令をあげると、バリスタの発射担当の男たちがハンマーを降り落とす。それにより弦を止めていた留め金が解放され、恐ろしいほどに蓄えられた力が一気に解放され、四本の丸太の様な矢がマールの転生者目掛けて撃ち出される。
「来た来た来た!!!!」
自分たちに向けて撃ち出される四本の丸太の様な矢にマールの転生者たちは叫ぶ。そして、バリスタの矢はグゥオン!ど轟音を上げてシールドに衝突し、鋭角に展開されたシールドに沿って滑っていく。そして、水切りの石の様に跳ねて、転生者たちの遠く後方へと飛んでいく。
「うへぇ~ こえぇ~! やっぱり集団防御にしておいて良かったな… 流石に一人ではあれは防げなかっただろ…」
シールドの中の転生者たちは冷や汗を拭う。
「ちくしょぉぉぉぉぉ!!! なんだよ!!! お前たちの兵器!! 全然、役にたたねぇじゃねえか!!!!」
マールの転生者達の無事な様子を見た、セントシーナの転生者がまるで子供の癇癪の様な怒りの声を上げる。
部下の男は自分たちが作り上げた最新兵器を馬鹿にされたが、実際に役に立たなかったので、眉を顰めながら『ぐぬぬ』と押し黙る。
「やっぱり、ここは俺の魔法を使うしかねぇよなぁ~」
セントシーナの転生者は凶相に満ちた顔で立ち上がった。
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