第132話 お母様も分かってくれますよね?

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~…」


私は肺の中の全ての空気を吐き出すように、長い溜息をつく。


「どうしたのよ、マール?」


「マールはん、どないしたん?」


 娯楽施設についての打ち合わせをしているカオリとトーカが、私の様子を見て訊ねてくる。私は、顔の前に組んだ手の隙間から、二人の姿をチラリと見る。


「昨日、ようやく分かったんです…」


私はポツリと呟くように言う。


「何が分かったん?」


「先日、セクレタさんと帝都に言った時に『あのマールさん』とか謂われていたのですが…その『あの』の意味が分かったんです…」


私はチラリと見ていた目を伏せる。


「…どいういう意味だったの?マール」


「………」


私は答えられず、押し黙る。


「マール、黙っていても分からないわよ」


「せやで、マールはん、ほら言ってみ」


私は二人に絆されて少しずつ口を開く。


「その『あの』の意味は… 『あの紳士の宿で有名な』とか『あの紳士の為の歓楽温泉の』だったんですよ…」


 私の言葉に、最初は私を慰めるようにしていたカオリとトーカの顔が、気まずそうな顔に変っていく。


「今まで私の領地は、真面目に農業や畜産で頑張って来たのに、いつの間にか、風俗で有名な領地になっていたんですよ…」


「いや、実際にはそんな事やってへんし…」


カオリが慰めに言葉をかけてくれる。でも、それだけでは私の気持ちは収まらない。


「でも、帝都でそんな噂が広まっているんですよっ! 前には転生者が100人いる事で、愛人を100人も囲っていると謂われたり…もう、私…どうすればいいのか…」


「えぇぇ~ うちとあいつらの事、そんな風に謂われとったん?」


「えぇ、そうよ…」


カオリの言葉に、当時、その事で私を問い詰めたトーカが答える。


「更には、その事で、昨日の夜、夢の中でお母様すら出てきましたよ…」


私は昨日の夜に、夢の中にお母様が出てきたことを告げる。


「あぁ、草葉の陰で泣くって奴か…」


「草葉の陰で泣くどころか、枕元で号泣されましたよ!! 私がどんな気持ちになったか、分かりますか!?」


「枕元で号泣って…そ、それは…キッツイなぁ…」


 その後、カオリとトーカは私にかける言葉を失い、二人とも押し黙る。そんな所へ、ルンルン気分のセクレタさんが執務室にやって来る。


「あら? マールちゃん、どうしたの? 机の上に伏せっているけど…」


「あぁ…マールはんの領地が風俗になってるって噂が帝都で広まっていて、そのせいで、夢の中でおかあはんに泣かれたって…」


カオリが私の状況を掻い摘んでセクレタさんに説明する。


「あら、そんな事なの?」


「そんな事じゃありませんよっ! セクレタさん!! 私、お母様に枕元で号泣されたんですよ!!」


私はセクレタさんの言葉に起き上がって、抗議の声を上げる。


「これを見れば、そんな気持ち吹き飛ぶわよ」


「吹き飛ぶって、私の気持ちはそんな軽いものじゃ…ってなんですか!!この金額!!」


私はセクレタさんが差し出した書類に記載された売上額を見て驚く。


「この金額って、私の領地の売上の五年分ぐらいあるじゃないですか!! しかも、経費などを差し引いた純利益で考えると… 五年分どころか…もっと…」


私は、見たこともないとてつもない利益にゴクリと唾を飲み込む。


「これは、ほんのメイド10体分の金額よ…残り90体もあるし、売れたらまた新しいのを作っていくから…ウフフ…」


「あぁ…セクレタはんが賄賂もらって喜んでる悪代官みたいな顔になっとる…」


この金額ならセクレタさんがルンルン気分になるのも分かる。


「これだけのお金があれば、領地をもっと、どんどん発展出来るわよ。それだったら、貴方のお母さんのエミリーは泣くどころか、諸手をあげて喜んでくれるわよ」


「そ、そうですね…こ、これならきっとお母様も喜んでくれるはず!!」


私は、セクレタさんから渡された、物凄い金額の記載された書類を立ち上がって掲げる。


「あ、マールはんもおかあはんより、お金取った…」


「カオリさん!! だって一体だけの利益で、私の領地の一年分の利益を軽く越えるんですよ! 今まで黙っていましたが、転生者達が来た時に、私、領地の利益の5年分ぐらいの赤字を出していたんです! それが全部消えてなくなって、お金が余るぐらいになっているですよ!」


「えぇ…そやったんや… 堪忍な…マールはん…」


私が真実を告げた事で、カオリが頭を下げる。


「いえ、いいんですよ。カオリさん。こうして、赤字を返済するどころか、大黒字を出してくれたんですから。逆にお礼を言いたいぐらいです!!」


「あぁ…そうなん?…」


カオリは私が興奮する様子に少し引いている。


「それに、これだけのお金があれば、トーカさんの所にも、かなりの援助が出来ますよ! これで慣れない領地経営で苦労しているトーヤさんも楽ができますよ!」


「あ、ありがとう…マール」


トーカも少し引いている。


「でも、マールちゃん、このお金はあくまで臨時収入だと思って、堅実な領地経営をしなくては駄目よ」


「そうですね、セクレタさん。このお金を元手に堅実な領地経営をしないと駄目ですね」


 私もあぶく銭で浪費するほど愚かではない。堅実にいかないといつ足元をすくわれるか分からない。私は落ち着きを取り戻して、踊りだしそうな気持を押さえて、椅子に座り直す。


「先日の開発計画とメイドの販売は、お金に余裕がある貴族向けのものですから、飽きられたらあっという間にそっぽを向かれる可能性が高いですよね」


「そうね、だから広く一般向けのもので、収益が得られるようにしないとダメね」


「なんやかんや言うても、二人とも切り替え早いなぁ~」


カオリが私達を見て感心したように言う。


「まぁ、その辺りは私が小心者なのもありますね。いつ何時、どんな出費があるのか分からないので…」


 今は転生者のお陰でかなりの増益が望めたが、また転生者の為にとんでもない出費があるかも知れない。


「あっ、でも今日ぐらいは夕食を豪華にしましょうか。それぐらいの贅沢なら許されますよね」


「ええな、マールはん。分かってるやん」


そう言ってカオリが微笑む。


そう言う訳で、今日の夕食は普段よりともて豪華な夕食となった。


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