第129話 とある貴族の温泉旅行三日目

「いやぁ~ ぽっこりしたぁ~ 中々いい湯であったぞ」


「ゴロウ様にお喜び頂けたようで幸いです」


湯上りの私はほっこりしながら、コーナンと二人で自室に戻る為、廊下を歩いていた。


「しかし、あの様な特別奉仕があるとは…」


「左様でございますね…私もあの特別奉仕を受けれるよう、精進しておりますがまだまだで…」


「ははは、私もだ。気に病むことは無い」


 私は続けて、一緒に努力していこうと言おうと思ったが、思いとどまる。そこまで言ってしまっては、この後にあるであろう、商談について飲まなくてはいけなくなる。


 そんな事を考えながら自分の部屋に戻ると、すでにテーブルの上に食事の準備が整っていた。ここの食事は帝都ではあまり見かけない料理と盛り付けがなされており、テーブルの上に所狭しと並べられている。コース料理で、次に何が出てくるか期待するのもよいが、目移りするように並べられるのもまた一興。


「お風呂は如何でございましたか? ゴロウ様」


メイドのまほろるさんがにっこり微笑む。


「なかなかいい湯であったぞ。今度は特別奉仕とやらの背中を流してもらうのもやってもらいたいな」


さらりと言いながら、特別奉仕についての反応を見る。


「まぁ、そうですか。でもエッチなのはいけないと思いますよ」


うむ、可愛い笑顔で叱られた。これはこれで良いな…


 私が席に座ると、まほろるさんが瓶を差し出すので私はグラスを取り、それを受ける。注がれた液体はエールではないが、シュワシュワと小さな気泡が上がっている。


「これはエールではないようだが、一体何の飲み物だ?」


「これは帝都で最近、噂の炭酸飲料でございます」


コーナンが私の問いに答える。


「おぉ、これが噂の炭酸飲料か!」


噂には聞いていたが、手に入れる事の出来なかった飲み物だ。


「では、今後のお互いの発展を願って乾杯いたしますか?」


同じく炭酸飲料のグラスを持ったコーナンがそう言ってくる。うむ、その程度の言葉なら、後から揚げ足はとられないであろう。


「そうだな、お互いの発展を願って、乾杯!」


「乾杯!」


 炭酸飲料を口に含んだ瞬間、弾ける泡の刺激で驚くが、風呂上がりで汗をかいて、水分を求める身体には、この程よい甘味と酸味が沁み渡って、一気に煽る事が出来る。


「ぷはぁ! これが炭酸飲料かぁ! なるほど! 噂になるわけだ!」


「はい! 私も取引をしたいのですが、中々、枠が回ってこず、苦労している品でございます」


飲み物を満喫した私は次に食事に目を移す。


「これは変ったフライだな」


「それは天ぷらと申します。隣のスープにつけてお召し上がりください」


 私は言われるがままに、白っぽいフライをフォークで突き刺して、となりのスープにつけて口に入れる。サクっという食感のあと、スープの味が口内に広がり、噛みしめる毎に、中の食材の味が染み出てくる。これは何であろう?肉でもない、魚に近いような味…


「ふむ、揚げ物であるが、重くもなく、不思議な味でよいな」


「えぇ、私もフライは好きですが、歳を取ってくると重くなってきますが、これなら重くなくて食べやすいです」


 確かにコーナンの言う通り、二十代は脂っこい物が美味しいが、三十代に入ると段々キツクなる。しかし、この国の料理はいいものは全て、脂が多く、コクも強い、そして重くなってくる。


 さて、この揚げ物を食べきっても良いのだが、別の料理も気になる。私は料理の盛られた皿を眺めていくと、何かの切り身があった。


「これは…魚の切り身ではないか? それも生?」


「はい、左様でございます。この国で生魚は食あたりが恐ろしいので、食べませんが、ここでは独自の方法で、生魚を味わえる調理をしております。一度、ご賞味下さい」


私は切り身をフォークで突き刺し眺める。本当に大丈夫なのか?


「そちらのソイソースにつけてお召し上がり下さい」


 私は指し示された小皿に注がれた黒い液体を見る。切り身をその液体に漬け、恐る恐る口に運ぶ。


「ほぅぅ… 生臭さは一切なく、ソースの味と魚の旨味が丁度良いな。うむ、なかなかの珍味だ」


ただの生魚の切り身にソースを漬けただけなのに、これ程美味いとは思わなかった。


 その後も、コーナンの説明とまほろるさんの給仕を受けながら、この変った料理を思う存分楽しんだ。最初にテーブルの上に並べられた料理を見た時には少し量が多いように感じたが、腹はそんなに重くならず、丁度良い量であった。


「此度の持て成しは、まぁある程度、満足しておる。で、コーナン、お前は私に何を望むのだ?」


私は腹が膨れたところで、コーナンの企みを訊ねる。


「ははっ、服職業に手を広げたいので、ゴロウ様の紡績や織物の知恵を分けて頂きたく…」


 布地の取引量を増すように言ってくるかと思ったが、服職業を始めるので技術供与を願うとは随分と大きく出て来たな… これは簡単には頷けない。


「随分と強欲な事を言ってくるな…その内容では直ぐに頷けぬ…しばし、考える時間をくれぬか」


 私がそう告げると、コーナンは頭を下げて部屋から退出していき。部屋の中には私とメイドの二人きりになった。


 メイドは今、食事の片づけをしている。こうしてその様子を見ていると、やはりこのメイドを手元に置きたくなってくる。


「ちょっと…よいか?」


「はい、何でございましょう?ゴロウ様」


「そなた、私の館で働く気はないか?」


 私は率直に、引き抜きを申し出る。ここの領主はたかが子爵、それに100人もメイドを雇っているのだ。一人ぐらいの給金なら、私の方が多く出せるであろう。もし、親兄弟の家族がいるならそれ毎面倒を見ても良い。それぐらい器量よしの娘だ。


 ここの娘たちも、上位の貴族に引き抜かれることを期待して、ここに勤めているのであろう。良い返事が返ってくるはずだ。


 私はその様に考えていたが、私の予想とは異なり、娘の顔は曇る。


「お声掛け頂いたのは光栄でございますが、その様な話は上の者に相談して頂けないでしょうか…」


ガーン…二つ返事で承諾してもらえると思っていたが、上の者に相談しろとは…もしかして家族の事とか借金とかで、すぐに移れない事情でもあるのか?


「その上の者とはどこへ行けば会える?」


「はい、受付のセクレタにお願いできますか?」


「あの鳥族か…では、行ってくる」


私はこの娘に何か事情があるものと思い、早急に解放してやりたく、受付へと向かう。




「誰かいるか?」


私は受付に声を上げる。


「これはこれは、ゴロウ様。何か御用でしょうか?」


鳥族の女が、なんだか薄ら笑いを浮かべながら出てくる。


「あのメイド、まほろるを私の所で引き取りたいのだが」


「あぁ、あのメイド、まほろるのお買い上げでございますね?」


私はその女の言葉に驚き、そして、怒りが湧いてくる。


「お買い上げだとぉ!! ここでは人身売買を行っているのかぁ!」


「お声をお下げください。私共は人身売買など行っておりません。あのメイドはメイドゴーレムで御座います。謂わば作りものです」


私は女の言葉に更に驚き、目を丸くする。


「メイド…ゴーレムだと…」


「はい、当家の職人たちが丹精込めて作り上げた、いわば一品物でございます」


 私も何度かメイドゴーレムは見たことがあるが、あそこまで精巧なものは見たことがない。しかも、肌は人間のように柔らかった…


「では、あそこに掲げられているメイドたちは全てメイドゴーレムなのか?」


「はい、そうでございます」


「皆、販売しているのか!」


「はい、そうでございます」


 何と言う事だ… 人間ではない作りものであるが、逆に作り物であるがゆえに、老化や衰えもしない? いつまでも、そのままの姿で居続けると?


「買うぞ! 買う! この際、ヘスティーもぽぷる、うしおちゃんも全部だ!」


今はコーナンの目が無いので、自分の趣味趣向そのままに告げる。


「大変申し訳ございませんが、購入希望は、一度、ご指名頂いたメイドのみとなっております」


「くっ! 買いたければ何度も来いという訳か…では、まほろるだけでも買って行こう、いくらだ?」


良く出来たメイドであるが所詮、メイドゴーレム、一体ぐらいは買えない事もないだろう。


「定価は御座いません。今の入札額の上乗せになります。いくら上乗せなさりますか?」


「なん…だと…」


 私は女の言葉に耳を疑う。定価でなく入札とは…私はそこで、最初に来た時の事を思い出し、メイドのパネルを確かめる。


「もしかして…この数字は入札額なのか…」


 ヘスティーもぽぷるもうしおもまほろるも…尋常ではない金額が書き込まれている。他のメイドのパネルにも同様の高額が書き込んである。これは普通のメイドゴーレムの金額ではない!ちょっとした公共事業の金額になるぞ!


 しかし、私は腹を括る。一点ものというなら、ここで逃せば、次の機会というものは訪れない。


「分かった…1000万上乗せだ…これでいいのであろう?」


「1000万ですか? それだと、一週間も持たないと思いますが…」


女は1000万程度はした金の様にいう。


「一週間も持たないとはどういう事だ? そもそも入札の終了はいつなんだ?」


「メイドの入札は、最高額を提示して、一か月、それを上回るものが現れなければ、競り落とす事が出来ます。しかし、一か月後にご本人が現れなれば流れてしまいます」


 なるほど、段々事情が掴めてきた、ここで身分を明かさないのは、入札の結果に影響されないためであるのか。


「くっ! あくどい事を考えるな…では、一か月後の宿泊予約も合わせてしよう」


「大変申し訳ございませんが、こちらの宿泊予約は一年先まで埋まっております。なので、一か月に再び宿泊されたいのであれば、今回、紹介された方にお願いするしかありませんね」


 くっそ! こう言う事だったのか! 全ては計画されていたのか!! コーナンに頼らなければ、まほろるさんも、その後のヘスティーやぽぷる、うしおちゃんの指名も出来ないのか!


私はすぐさま、コーナンの部屋に向かう。




「コーナン! 私を嵌めたな!」


私は扉を開けるなり、怒鳴り散らす。


「め、滅相もございません…ただ、私はチノチノを手に入れたいが為に、なんとか同士を見つけ稼ぎを増やしたいと…」


コーナンは私の姿と怒鳴り声に、青くなって頭を下げる。


「同士?」


「はい… ゴロウ様も経験が御座いませんか? 思いが強くとも、添い遂げる事が出来なかった辛い思い出を…」


私の言葉にコーナンは顔を上げ、真剣な眼差しで私を見る。


「一体、何の事だ?」


「はい、まだ、私が駆け出しの、小間使いだった頃、憧れた女性がおりました…しかし、私がどれだけ努力をしても、小間使いという身分では、彼女を手に入れる事は出来ませんでした… しかし、今なら努力して金を積み上げた分だけ、憧れの女性に手が届くのです!!」


 私はコーナンの言葉に、自分の過去を思い出した。私が幼い頃、憧れて好きだったメイドがいた。私は『好きだ、結婚してくれ』とも言ったが、彼女は、『ぼっちゃんが大きくなったら』と答えた。私は必死に努力した…しかし、彼女は私が大きくなる前に、私の前から去ってしまった…別の男と結婚したのだ…


 今にして思えば、まほろるさんを無意識で選んだのは、その時のメイドの面影を求めての事だったのであろう…


 そうか…私が今、まほろるさんを手に入れたいが為にもがいている様に、コーナンももがいていたのだな… 確かに同士だ…


「なるほど…確かに同士だな…私も同じ気持ちだと気が付いたよ…」


「ゴ、ゴロウ様!」


「これから、共に憧れの女性を手に入れる為に、頑張っていこうじゃないか!」


私はコーナンの肩に手を置く。


「ありがとうございます!」


こうして私たち二人は、共に頑張り、憧れのメイドを手に入れる事を誓いあった。

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