第128話 とある貴族の温泉旅行二日目

 私はメイドに腕を組まれながら廊下を進み、部屋へと案内される。


「ここでございます。ゴロウ様」


 ここの扉は金具で開くものではなく、横に滑らしながら開くもののようだ。更に部屋の奥に行くためには、スリッパも脱がないといけない様だ。随分と変った風習だな。しかし、これはこれで、ベッドで眠る前のような足の解放感があってなかなかいい。


 部屋の床は絨毯やラグではなく、何かわらを編み込んだものの様なものが敷き詰められており、靴下越しに伝わる感触は、悪くはない。


「それでは、先にお召し替えをなさりますか? それともお茶でも飲んでご休憩なさりますか?」


 メイドが眩しい笑顔で問いかけてくる。なんとなく選んだメイドであるが、豪華さや華やかさはないが、そう、子供の頃、優しくしてくれたお姉さんの様な包容力のある娘だ… 今のお互いの年齢なら私の方が上であるが、少し甘えたくなってくる。


「そ、その着替えというのは?」


「はい、当館ではお客様の皆様にゆったり寛いで頂く為、ゆったりとした服装にお召し替え頂いております」


そういって、トーガの様な衣装を私に広げて見せる。


「なるほど、では着替えてみようか」


 そういうとメイドはにっこり微笑んで私を着替えさせてくれる。何だろう…自分の館でもメイドに着替えさせてもらっているが、こんなに胸が高鳴る事はない… 私は緊張しているのか?


「お召し替え、終わりました。それではそちらに腰を下ろしてください。今、お茶をご用意致しますので」


 私は低いテーブルの近くに薄いクッションの様な物がおいてあるので、その上に座る。その間にメイドはお茶を入れ、私に差し出す。


「こちらのお菓子もどうぞ、お召し上がりください」


そういって、茶色いクッキーの様な物も差し出す。私はそのクッキーを手に取る。


「結構硬いクッキーだな」


 私は少し力を入れて噛みしめる。そして、口の中でゴリゴリしながら咀嚼する。このクッキーは歯ごたえもそうだが、味付けが甘くなくしょっぱくて、独特な風味があるな。甘い物が苦手な私にとっては、このお菓子は中々良い。


そこに部屋の外の廊下から私に声が掛かる。


「私です。コーナンです」


コーナンのようだ。部屋が別々だったので、会いに来たようだ。


「入るが良い」


私が声をかけると、コーナンもトーガの様な衣装をまとって現れる。


「ユズハ伯…いや、ゴロウ様、こちらの宿はどうですかな?」


「あぁ、変った趣向だが、中々興味深くて面白い。悪くないぞ」


ここは素直に褒めて置く。ここのメイド達をまた眺めたいからだ。


「ありがとうございます。お気に召して頂けたようですね。それで、ゴロウ様、これから何かなさりたい事など御座いますか?」


「特に考えていなかったが、ここには何があるのだ?」


私の言葉にコーナンは待ってましたと言わんばかりに顔を明るくする。


「はい、ここの名物は温泉の大浴場が御座います。都会の喧騒から、解放されて身も心もゆったりできる良い所でございます」


「なるほど、大浴場か」


 いくら貴族と言えども、入浴は小さな湯船で、身体を洗う為の物だ。ゆったりすると言うより、身綺麗にする作業だ。ただお湯につかると言うのも悪くない。


「では、行ってみるか」


「はい、私もお付き合いいたします」


 私はコーナンに案内されて大浴場に向かう。大浴場はこの建物の三階にあり、三階に辿り着くと、広間があって他の客が各々寛いでいる様だ。そこに青い布の掛かった入口と赤い布の掛かった入口と二つに分かれている。


「こちらでございます」


コーナンはそう言って、青い布の入口へ向かう。


「あの赤い方は何なのだ?」


「あちらは御婦人用でございます」


「あぁ、なるほど」


 私はコーナンの言葉を理解して、青い方の入口を潜る。そして、私はそこの光景に驚愕する。おそらく、ここは風呂に入る前の脱衣場なので、裸の男がいる事は当たり前の事であるが、驚くべきはその人物たちである。ロラード侯、ディレル侯、ツール伯、そして、あの方は…もしかしてもしかすると…ガイラウル公じゃないか! 12公爵家まで来ているのか!


私は驚きのあまり、身体が強張り、色々な汗がにじみ出てくる。


「おやおや、ここは初めてのようですな」


驚愕する私の様子を見て、ツール伯が裸で腰にタオルを巻いて、私に近づいてくる。


「ツ、ツール伯…貴方もここに?」


「いや、今の私はただのシゲリンだ。貴方はなんとお呼びすれば?」


「わ、私は、ゴロウだ…」


私は、固唾を飲み込んで、息を整えてから答える。


「ではゴロウ殿。 ここは地位や立場を全て脱ぎ棄てて、お互い裸の身一つで付き合う場所だ。例え、どこぞの公爵家の方がいても、そのように硬くなる必要はない」


「そ、そうなのですか?」


「あぁ、ここはそういう決まりが守れる人物だけが訪れる事の出来る場所だ」


私はツール伯…いや、シゲリンの言葉に、気を落ち着かせる。


「分かりました。ここはそう言う場所なのですね。では、ここでの作法をお教え願いますか?シゲリン殿」


私はシゲリンにここでの作法を教えてもらいながら、脱衣室から浴場へと進む。


「おぉ、浴場も素晴らしいですな! 自室の部屋で狭い湯船につかるのとは異なり、身体の伸ばせる浴場に、辺りの自然を眺めながら入れるとは!」


「あぁ、一度入るとやみつきになりますぞ」


「では、早速」


「暫し待たれよ」


早速、湯船につかろうとする私をシゲリンが引き留める。


「なぜですか?」


「ここの風呂は先ず身体を洗ってからです」


 普通の風呂では湯船の中で身体を洗うものだが…なるほど、皆で同じ湯船につかるので、先に身体を洗うというわけか。


私はシゲリンに案内され、洗い場に進み、小さな座椅子に腰を下ろす。


「これが液体石鹸で、こちらが頭を洗うシャンプーと呼ばれるものです」


 シゲリンが丁寧に説明してくれる。いつもは家の使用人に洗わせているが、いつもじれったく思っていた。しかし、ここでは自分の好きに洗えるのでじれったさはない。


「洗い終わったようですな。では、湯船に参りましょうか」


私はシゲリンと共に湯船に向かい、足から入っていく。うむ、いい湯加減だ。足で温度を確かめた後、ずんずんと奥へ進んでいく。


「では、肩までつかりましょうか。手拭いは湯船につけず、頭の上にでも置いてくだされ」


私はシゲリンの言葉に従い、手拭いを頭の上にのせ、湯に肩までつかり、そして湯に身体をゆだねる。


「あぁ、湯に身体をゆだねるのは、なんと心地の良いものか… また、見上げれば、空が広がるのも、なんと言うか心が解放されていくというか… この良さは言葉で語りつくせませんな…」


「そうでしょう、今までの風呂など、狭い棺桶のように思えてきますでしょう?」


シゲリンが私の言葉に合わせてくる。


「失礼いたします!」


 しばし、私が湯に身体と心をゆだねていると、ここは男湯でありながら、若い娘の声が響く。何事かと思い、視線を空から声の方へ向けると、私が指名し損ねた、ぽぷるちゃんがいるではないか!


 メイド服にエプロンをまとっているものの、短いスカートに大きく露出した太ももが眩しく映る。ほぷるちゃんは、とある客人…あれはロラード候か・・の後ろに行き、その背中を流し始める。なんたる口惜しや! しかし、ここから見ていると、力を入れて背中をこする度にたわわな胸が大きく揺れる。


「これ、ゴロウ殿。紳士棒が目覚め始めておりますぞ」


私はとなりのシゲリンに言われ、慌てて股間を隠す。


「ここでは紳士棒の目覚めは御法度…過去に凄惨な事件があったそうですので…」


「しかし、あのような物を目の当たりにしては…」


私はシゲリンの言葉に赤面して答える。


「あの特別奉仕は、紳士棒をピクリとも目覚めさせない、強靭な意志を持った者のみが許されるものです。ゴロウ殿も精進召されよ」


「わ、分かりました…精進致します…」


私はその後も、あらゆる意味で大浴場を満喫した。


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