第126話 資料まとめと夜の宴会

「私、お風呂場と玄関辺りしか見ていませんでしたが… こんなに作り込んでいたんですね… 温泉館」


私は、カオリから渡された温泉館の見取り図を見てそう漏らす。


「いやぁ~ 堪忍な、マールはん。作っているうちに悪乗りしたみたいで…」


カオリは口ではそう言うが、あまり悪く思っていない顔で言う。


「まぁ、今回はそのお陰で、商人組合からの受注を受けられるのですから… しかし、値段設定が難しいですね… 私は宿での寝泊りの経験が少ないので決めづらいです」


「あぁ、マールはんは帝都におったって言うても寮やったもんな… トーカはんは経験ある?」


「私もほとんどないわね… たまに出張があったけど、指定の部屋で、経費から出ていたから…」


カオリに訊ねられたトーカも分からないと言う。


「誰か詳しい人間はいませんかね?」


「リーレンやったら詳しいんちゃう? エルフの森から出てきてウロウロしてたんやろ?」


「あぁ、リーレンですか。試しに呼んでみましょうか」


私はそう言って、手元の呼び鈴を鳴らす。


「お呼びですかぁにゃん マールさまぁ 新しいくるみ参上ですぅにゃん~☆」


あぁ、痛い子が来た…


「く、くるみ… ちょっと、リーレンを呼んできてもらえますか?」


私はくるみに用事を頼む。


「なぁなぁ、くるみちゃん、新しいってどういう意味なん?」


カオリの言葉にくるみは目を輝かせる。


「よくぞ聞いてくださいましたにゃん! カオリさまぁ!」


そう言ってくるみはカオリに近づくと、カオリの手を取り、自分の胸に押し当てる。


「うわぁ! くるみちゃん! なにすんの!」


「くるみも、そこのツヴァイちゃんと一緒の、ムチムチ柔らかボディーになったんですにゃん!」


 くるみがそう言うと、お茶の準備をしていたツヴァイも、それに答えるように自分の胸を手でたゆんたゆんさせる。


「くるみ…その言い方はやめなさい… ツヴァイも自分の胸を揺らすのをやめなさい… それより、リーレンを呼んできて…」


「はぁーい! 分かりましたぁ~ マールさまぁ☆ 行ってきますにゃん」


 私が警告すると、カオリの手を放し、ツヴァイに手を振りながら執務室を出ていく。ツヴァイもそれに答えて手を振っている。なんでこの二人は仲が良いのであろう…同族嫌悪とか抱かないのであろうか…


暫くすると、くるみがリーレンを連れて戻ってくる。


「何か御用ですか?マール様」


「リーレン、貴方、旅をする事が多かったでしょ? だから、宿の宿泊料に関して教えて欲しいのよ」


そう言って、リーレンに見取り図を見せる。


「あぁ、温泉館の料金表を作るのですね。それなら、お料理の料金表も作らないと駄目ですね」


「確かにそうね、他にも思いつく事はある?」


「そうですね… お料理は階級をつけて、主要なお客様用と、付き人用と分けた方がよいですね。後は単品での単価とか…」


「思ったより、複雑になりそうですね… リーレン、ちょっと貴方、ラジルの席に座って、書いていってもらえますか?」


そう言って、リーレンに私の隣のラジルの席に座って作業するように促す。


「分かりました。料理に関しては、今日のお出しした料理は私も携わりましたので、それを基準に値段を決めていきます」


リーレンは席に座ると、ペンを走らせていく。


「では、他の手の空いている人も、資料の書き写しをお願いできますか?」


「はぁーい!分かりましたにゃん マールさまぁ☆」


「ツヴァイもがんばりまぁ~す!」


 私は、カオリとトーカに言ったつもりだったが、以外にもくるみとツヴァイからも返事が帰ってくる。


「えっ? 貴方達、できるの?」


「くるみにおまかせにゃん☆」


くるみはそう言うと、ペンをとりさらさらと正確無比で見取り図を書き写していく。


「できたにゃん☆」


「えぇぇ… 早いし正確ですね…」


私は、あのくるみにこんな事が出来るとは思っていなかったので、目を丸くして驚く。


「では、くるみとツヴァイは見取り図の写しをお願いできますか? 出来れば、多めに20部程、カオリさんとトーカさんは料金表をお願いいたします」


こうして、執務室の全員で、商人組合に渡す資料を作成していった。




「これでよしと!」


 私はそれぞれの資料の表紙に日付と暫定と言う文字を赤のインクで書き綴り終わり、資料をまとめ終わる。


「みなさん、お疲れ様です。ありがとうございました。では、私は資料を持って行きますね。トーカさんは普段の業務をお願いします。ツヴァイは資料を運んでもらえますか?」


二人は私の言葉にうなずく。


「では、カオリさんもどりましょうか?」


「せやな、いこか」


 こうして、私達が温泉館の広間に戻ると、既に会議は終わっている様で、メイド達が次の夕食の準備を行っていた。


「あれ? 会議終わったようですね… 結構、時間かかりましたからね…あと少しで夕食の時間ですか。ツヴァイ、それぞれの座席の所に資料を置いて行ってもらえますか?」


「はぁい、分かりましたぁ~ マールさまぁ☆」


一々、イラっとする言動だが、これは慣れなければならない…


「では、カオリさん、私たちはここにいても邪魔ですから、廊下の休憩所で待っていましょうか」


「せやな、そうしよか」


そういって私達二人は、廊下にでて、簡易に設置されている休憩所に腰を下ろす。


「しかし、一時期はメイドの人手不足に悩みましたが、こうして見るとかなり増えましたね」


「せやなぁ~ あいつらの分、100人近く増えているんやからなぁ~」


私達二人は、行き交うメイドを眺めながら言葉を交わす。


「あのいかがわしいメイド服でなければ、手放しで喜ぶのですが…」


「あはは、でも、そう思うんやったら、着替えさせたらええんとちゃうの?」


「いや、メイド服って結構、値が張りますし、それに100人近くいますからね… 私の見苦しいと言う感情だけで、100人も着替えさせるのは難しいですね…」


私とカオリがそんな会話をしていると、ホクホク顔のセクレタさんがやって来る。


「あっ、セクレタさん」


「あら、マールちゃん。資料は出来たのねお疲れ様」


「セクレタはん、一人?案内はもうええの?」


私達がセクレタさんに声をかけると、セクレタさんも腰を下ろす。


「えぇ、会議も案内も終わって、今は皆、温泉に入っているわ。後は夕食だけだから、それまでは自由時間になっているわよ」


「で、会議の方はどうでした? 資料がなくても大丈夫だったんですか?」


「ふふふ…いい感じだったわ」


セクレタさんは悪だくみを成し遂げたという顔をする。


「セクレタはん、一体、どんな感じなん?」


「男の人達って、馬鹿で素直で助かるわ、あの人達の興味はメイドにあったのよ」


「メイド…ですか…」


私はなんだか嫌な予感がする。


「あの人達、メイドで女遊びできると思っていたみたいだけど、あのメイド達がメイドゴーレムで販売もしているって言ったら、目の色を変え始めたわ」


「あぁ、男の人ってそんなんやな…」


「でね、あのメイドゴーレムを定価で販売するのではなくて、入札制にしたのよ」


「入札制ですか?」


私はセクレタさんに訊ねる。


「えぇ、そうよ。一番高値をつけて、それで一か月、それ以上の値をつける者が居なければ、競り落とせるって形にしたの」


「なんか、面倒な方法やなぁ~」


「でも、それがいいのよ、入札したものは、度々来ないと、自分より上の値段をつけられてしまうかも知れないでしょ?」


「あっ!」


私とカオリが声を上げる。


「セクレタはん… あくどい事考えるなぁ~」


「商人たちは、ここの宿泊を貴族の接待にも使うつもりだったから、貴族の方々にも販路が広がるわよ」


セクレタさんは大暴落以降、見たことがない素晴らしい笑みをする。


そこにがやがやと人の集団の物音が聞こえてくる。


「あれ?おじい様」


私が、物音の方に顔を向けると、商人組合の集団の先頭におじい様の姿があった。


「おぉ、マールか、今、商人組合の者たちと温泉から上がってきたところだ」


「ありがとうシンゲル助かったわ」


おじい様がそう言って、セクレタさんが礼を言う。


 なるほど、商人組合の中に知り合いがいるかもと仰っていたが、それでお風呂を一緒に入ったのか。ここの温泉について知った者が一緒であれば、それは都合がよいであろう。


そこに私の携帯魔話が反応する。あれ?誰からだろ? 見ると、トーカからであった。


「トーカさん?どうされました?」


「マールさん、私、リリーナです」


通話の向こう側は、トーカでなく、リリーナおばあ様であった。


「えっ? どうされました? おばあ様」


「シンゲルの姿が見当たらないから、執務室まで来たのだけれど、トーカさんにお願いしたのよ、貴方の近くにシンゲルはいないかしら?」


 通話の向こう側で、その表情を見る事は出来ないが、おばあ様の穏やかな口調であるが、何か気圧されるものがあった。


「えぇっと、ちょっとお待ちください… おじい様、リリーナおばあ様が話をしたいそうです」


 私がそう言って、おじい様に携帯魔話を差し出すと、おじい様は少し目を丸くして、眉を顰めて受け取る。


「…シンゲルだ… うん…いや…そうじゃない… だから… うん… うん… ごめんよ…今度埋め合わせするから…」


 おじい様は私達に背を向けて、申し訳なさそうに会話をして、姿のない相手に何度も頭を下げる。


「いや… うん… ちゃんと、愛しているよリリーナ… だから… いや、ごめん… 分かった… うん… ちゃんと守るから… うん… では…」


おじい様は通話が終わると、キリっとした顔でこちらに向き直り、携帯魔話を差し出す。


「妻のリリーナにはガツン!と言っておいたから、夜の夕食会は私に任せるがいい!」


私は吹き出しそうになるのを堪えながら、携帯魔話を受け取る。


「では、よろしくお願いします。おじい様」


 その後、夜の夕食会が開催され、先日の品評会の様な様相が繰り広げられた。私は途中でおじい様にその場を任せ退席したが、翌朝、聞いたところによると、深夜を回っても酒宴は盛り上がっており、商人組合の方々は大変満足されたという事であった。


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