第127話 とある貴族の温泉旅行一日目

 私の名は、アシラロ帝国ブライマー地方南部アイラル郡の貴族、ローゴ・レピラ・イヘッド・ユズハだ。今日は普段から、贔屓にしている商人から是非とも接待をしたいと言って、帝都から馬車で二時間もかけて、連れ出された。


 なんでも、一泊二日の旅行というのだが、帝都から二時間程度の場所へ泊まりとは、いったいどこであろうか? 私はそう思いながら、窓の外を見る。


「この辺りはステーブ卿の領地ではないのか? こんな所で宿泊か?」


私は正面に座る商人のコーナンにそう告げる。


 今、帝都内は五つの大領主が下手を打ったのが始まりで、大暴落が起きている。なんでも、学院で婚約者に対して非道な行いを仕掛けたことが原因だそうだが、それの賠償の為、かなりの金銭が必要になり、家の持つ資産を全て金に変えてなんとか支払ったそうだ…


 公爵家や侯爵家がそこまでして、払わないといけない金額とは一体、どれほどの額であろうか… まぁ、私の懐が痛むわけではないのでどうでも良いが、その影響での大暴落である。


 幸いな事に、私の領地では、役人や学生の制服の衣料などを卸す事を主な産業にしていたので、大暴落の影響は受けなかった。なので、帝都の貴族の中では比較的裕福な存在となっている。


 この目の前の商人もおそらく大暴落に巻き込まれて、財政に火が付いて、私の懐を狙ってきた一人であろうが、帝都から二時間程度の場所で私を接待して満足させようとは、どうも、私は甘く見られているのではないか? 


 確かに私は領主を継承したばかりの、結婚もしていない若造であるが、ここまで舐められると癪に障るが、現に若造なので仕方がない…


「いえ、ここは経由地ですので、宿泊地は別でございます」


コーナンは悪びれもせず、さらりと答える。


「経由地?」


 私は頭の中で、帝都近辺の地図を広げる。この辺りは街道から外れており、ステーブ卿の領地以外に行き先が無いはずだが… 


「あぁ、見えてきました! ちょっと順番待ちのようですな」


 コーナンが窓から身を乗り出して、そう告げる。伯爵位の私が待たされるとは、一体どういう事なのだ? 私も顔を出して、行き先を見る。すると、ステーブ家の屋敷があり、その前に何台もの馬車が順番待ちをしている。


「なっ! なんだと! 侯爵家や伯爵家の馬車が順番待ちをしているではないか!」


 私は舐められていて商人と同等に順番を待たされているのかと思えば、私と同等か、より上位の貴族が順番を待たされていた。


「しかし、ステーブ卿の屋敷にこんなに人を呼ぶような事があるのか…」


「いえ、先程も申しましたように、ここは経由地でございますので」


 コーナンの言うように、ステープ家のとなりの建屋に次々と馬車が入っていく。到底、全ての馬車が収まるような大きさではない。


「あそこは転移門か転移魔法陣があるのか」


「左様でございます」


 なるほど、そう言う事が… しかし、ステーブ家に転移魔法陣を設置する余裕なんてあったのか? そんな事を考えていると私たちの順番になる。建屋に入ると転移魔法陣が設置されており、起動用の人員がすでに準備をしている。


「転移準備! 確認! よぉーし!」


作業員の声が響き、転移が実行される。すぐさま馬車を取り囲む周りの建屋が変る。


「転移完了! 確認! よぉーし!」


 転移先の作業員の声が響く。その後、私たちの馬車は建屋を出る。そこは何処かの貴族の館の敷地の様であった。馬車は案内に従って館の敷地から外へ向かって進み、奇妙な建物の前に停車する。


「ささ、ここでおりますよ」


 コーナンが私に下車を促す。コーナンの言う通りメイドが駆けてきて馬車の扉を開く。馬車から降りると、煽情的な衣服を着たメイドが入口までの道筋を挟むように並んでおり、恭しく頭を下げている。


「ようこそ、お越し下さりました」


 メイドの迎えの声が一斉に響く。ふっ、よく教育されているな。私は入口の布を潜り中に進む。入口を潜った広間にはまだ若い貴族の令嬢がいて恭しく頭を下げる


「遠路はるばる、ようこそ我が温泉宿マールにお越し下さしました。私はこの宿の主をしております、マール・ラピラ・アープでございます」


 この娘も子爵位であるが、私と同じ当主なのか… なるほど、当主自ら、宿を経営している訳だな。


「私は…」


私が名乗ろうとした時に、コーナンが私の名乗りを制止する。


「この宿では、名乗り等は不要でございます。どのお貴族様もお忍びで来られていますので…後、中に進む前に、履物を取り替えて下さい。ここでは土足厳禁ですので」


なるほど…変った趣向だな… それに他の貴族もお忍びで来ているのか…


その後、スリッパに履き替えた私は、受付前へと案内される。


「こちらの宿泊名簿にご記入をお願いします」


受付にいる鳥族の女性が書類を出してくる。


「必要事項をご記入の後、ここでのお名前と、お付きするメイドをお選び下さい」


「ここでの名前とメイド?」


私は受付の言葉に問い返す。


「はい、ここでは上級貴族の方々や、名うて商人等も来られますが、立場に気兼ねなくお寛ぎ頂く為、皆様に偽名をお使い頂いております。あとお付きしてお世話をするメイドはそちらのパネルからお選び下さい」


 なるほど… 伯爵位の私は誰かに気を遣う事はあまりないが、馬車の順番待ちを見る限り、私より上位の貴族がいる可能性はある。そこで一々気兼ねしなくても良い訳か… それはそれでいいかもしれんな…


私は書類の偽名欄にゴロウと書き込み、次に受付が言っていたメイドのパネルに向き直る。


「かなりの数がいるな…」


 先程から気になってはいたが、改めてメイドのパネルを見るとかなりの数がある。おそらく100人ぐらいいるのではないか? しかもどのメイドも綺麗処ばかりだ。誰しもこの様な美しいメイドならば手元に置いておきたいと思うであろう。


 後、それぞれのメイドのパネルに気になる記載もあるな… これは日付と数字?一体何であろうか? しかし、誰を選ぶかは正直悩むな。自分の趣味や性癖を告白するような物だからな… 私の好みで言うと… ヘスティーやぽぷる、うしおちゃんもいいがコーナンの目が邪魔だな… 無難な娘を選ぶか…


「レムですか、そのメイドはすでに他の方が指名中ですので、別の娘をお願いいたします」


がーんだな、無難に見えそうだが、好みのメイドを選んだのに…


「では、このメイドで…」


「まほろるでございますね?暫くお待ちください」


そういって受付の鳥族は呼び鈴をならす。


「お客様、先に言っておきますが、当宿は巷のいかがわしい宿ではございませんので、メイドへの御戯れはご遠慮願います」


 あぁ、あくまで付き人として付き従うだけで、下町の宿のような事は行っていないと言う事だな…まぁ、貴族が経営するなら当然の事か…世間体があるからな…


 私がそんな事を考えていると、コーナンの目があるから気後れして、指名出来なかった、うしおちゃんが目の前を通り過ぎる。


 幼さがあふれ出る童顔に、同じく小柄な体型…しかし、その幼い全体を否定するが如くのたわわな胸… くそっ! コーナンの目が無ければ、迷わず指名したのに! なんて勿体ない事をしてしまったんだ!


「ご指名有難うございます。ゴロウ様。私、まほろるでございます」


 素直な指名が出来なかった自分を呪っていた所、後ろから声が掛かる。振り返ると、垢抜けてはいないが、清楚で気立ての良さそうな娘さんがいた。


「それでは、お部屋にご案内いたします。少し腕をお借りしてもよろしいでしょうか?」


メイドは私の了承を得る前に、私の腕に自分の手を添えて、二人で腕を組む形にする。


「あぁ…良いぞ…」


 私は赤面しながら答える。これはこれで良いものだ… 私は自分の胸が思春期の少年の様に高鳴るのを感じた。


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