第118話 あの日見た彗星

「マールちゃん…」


私の目の前にはムスッとしたセクレタさんがいる。私は身体を縮めて畏まっている。


「どうして、私に相談してくれなかったの?」


「い、いや… あの時は急いでいたもので…」


急いでいたのもあるが、正直、セクレタさんの事は忘れていた。


「私、アンナちゃんから文句を言われて驚いたわ… アンナちゃん、今回だけは許すけど、次は認めないわよって」


「…はい…」


 セクレタさんが言っている事は、転生者達が、バラバラになって正規の出入口以外から、帝都に出入りした事らしい。そのお叱りがセクレタさん経由で来ている訳である。


「セクレタはん…マールはんをそないに怒らんといたってくれる?」


となりに座るカオリが私を援護してくれる。


「カオリ…貴方も同罪なのよ、分かってる?」


セクレタさんはキッとした顔でカオリに向き直る。


「あっ はい…」


 セクレタさんの言葉にカオリも私と同じように小さくなって畏まる。同席しているトーヤも何か言いかけた様だが、その様子を見て、自分も同罪である事を思い出し、口をつぐむ。同じく同席しているトーカも小さく縮こまって畏まる。


「トーカ、貴方はある意味、被害者だからそんなに畏まらなくていいのよ」


そんなトーカにセクレタさんは声をかける。


「で、でも、みんな、私の為に…」


トーカはそう言いかけるが、セクレタさんはそれを止める様に首を振る。


「貴方は今、上手くいったことだけを喜んでいればいいのよ… それよりも、トーヤ」


 セクレタさんの言葉にトーヤがピクリと肩を震わす。そして、セクレタさんが次の言葉を発する前に、自ら口を開く。


「済まない…今回の事態は全て私の責任だ。彼女達を責めないで欲しい」


そう言って頭を下げるトーヤをセクレタさんはじっと見つめる。


「まぁ、貴方が言い始めた事は分かっているけど、それに対する償いはこれからしてもらうわ」


「償い?」


トーヤは頭を上げ、セクレタさんを見る。


「アンナちゃんの所までの情報はアンナちゃん自身が口留めしてくれる様だけど、今回のトーカの結婚相手であるパラクレア家周辺の情報統制ね。こちらの足が付きそうな時は、貴方が処理して頂戴」


「それぐらいなら容易い事です」


セクレタさんの要請にトーヤはあかるい表情で頷く。


「あと、貴方の領地のパカラナだけど、そちらで、こちらが指示する作物を重点的に栽培していくように働きかけてくれるかしら?」


そう言って、セクレタさんは指示する作物の種類と量が記された一覧をトーヤに手渡す。


「えっ こんなに…」


「そうよ、そちらの香辛料になる作物はこちらの領地では栽培が難しいのよ。だから頼むわ。苗木の手配はこちらでするから安心して」


宮仕えで領地の事に何ら関わりのないトーヤにとっては、厳しい課題であった。


「暫くの間は、帝都での情報統制、休みの日には領地での栽培指示と忙しくなるけど、妹の命が助かったんだから頑張りなさい。1・2か月も休みなしで頑張れば何とかなるわ」


「わ、分かりました…」


トーヤは引きつった顔で答える。


「お兄様、私も何か手伝いましょうか?」


トーカが兄を気遣って声をかけるが、直ぐにセクレタさんが遮る。


「トーカ、貴方はうろうろしちゃ駄目よ。貴方は誘拐されて行方不明になっているのだから、お手伝いしたければ、ここで農業の事を覚えて、それで協力してあげなさい。連絡については私が手配するから」


「わ、分かりました」


トーカは素直に答える。


「最後にマールちゃん」


「はっ はい!」


再び、急に声をかけられたので、私はうわずった声で答える。


「貴方とカオリを誘拐しようとした、貴族の事だけど…何か知ってる?」


「えっ? 今は取り調べか、牢にでもいるのではないのですか?」


思いがけない質問だったので私は、質問で答えてしまう。


「その様子だと知らない様ね… なんでも、釈放になった後、誘拐された様なのだけど…」


「あいつら、釈放されたんや…」


セクレタさんとカオリの会話の間、トーヤはピクリと肩を動かして、顔を伏せる。


「あぁ、まぁ良いわ…なんとなく原因が分かったし、本人もその後、保護されたようだから…」


そう言ってセクレタさんはチラリとトーヤを見る。


「まぁ、お説教はこれぐらいにしましょうか… みんな、お疲れ様」


こうして、漸く私たちはセクレタさんのお説教から解放されたのであった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あぁ~ 疲れましたね~」


私は湯船に漬かりながら、畏まっていて、凝り固まった身体を解すように伸びをする。


「セクレタはん、最近、いじられたり、壊れたりする事が多かったけど、あれが本来のセクレタはんなんやなぁ~」


カオリも私と同じように伸びをする。


「私、畏まらなくていいって言われたけど、あの場の空気でそんな事、言ってられなかったわ」


トーカも湯船につかりながら、あの場の事を思い出して身震いする。


「でも、こうして、またみんなで一緒に集まれるようになって良かったですね」


私はそう言ってトーカに微笑みかける。


「そうね、本当に良かった… あのまま、結婚していたら、私の心が持たなかったと思う…」


 やはり、トーカにとって夢の出来事はそれ程、恐ろしかったのであろう。一見普通に見えるあの義父との生活は耐えられないのだ。


「でも、三年間はここで身を隠さないといけないけど、三年間の間、私の両親や、三年後の私の家の経済状況はどうなっているのかしら…」


トーカは心配そうに目を伏せる。


「親御さんについては、たまに連絡したらええんとちゃう? 連絡に関しては、セクレタはんもああいってたし、なんとかなるやろ」


カオリがトーカに告げる。


「経済状況も、相手側の融資もありますし、私の方で、支援もしますから、三年あればなんとかなると思いますよ」


「うん…そうね…」


トーカはカオリと私の言葉に少し表情を和らげる。


「あとは三年後やね…三年後にはほとぼりも冷めとると思うし」


「流石に相手側も三年後には、トーカさんを行方不明の上、死亡扱いして、婚姻関係も解消するでしょう」


 相手側も跡取りである長男の婚姻関係なので、早々に解消して次の相手を見つけるであろう。


「まぁ、トーカはんは戻ったとしても離婚歴ついてしまうけど…それは諦めなしゃーないな…」


分かっていたけど、みんなが黙っていたことをカオリが口にする。


「やっぱり、私、離婚歴が付くのね…」


そう言って、トーカは目を伏せる。


「まま、トーカはんは可愛いから、またええ男見つかるわ」


「えぇ、まだまだ若いんですから」


私とカオリは取り繕うように慰めの言葉をトーカにかける。


「まぁ、いいわ! 何かあったら、あの人達の誰かに、最後まで責任をとってもらうから」


そう言って、トーカは明るい顔をして、伸びをし始める。


「あっ!」


トーカは伸びで夜空を見上げながら声を漏らす。


「マール! あれを見て!」


そう言って、トーカは夜空を指差す。


「あれ、あの時に一緒に見た彗星よ!!」


トーカの言葉に私とカオリも、トーカの指差す夜空を見上げる。


そこには、あの時見た物より、大きく見える彗星があった。


「うわ~ ホントですね、あの時より大きく見えますよ!」


「あの時は別々の場所で見ていたけど、今は同じ場所で見れるのね」


「うふふ、そうですね。一緒ですね…」


「なんの話しか分からんけど、うちも一緒やで」


こうして、私たちは同じ場所で彗星を眺めていた。


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