第78話 疲れる案内
私は深く考える。先ずはリソン、ファルー。どちらかは接待に、もう一人は部屋の準備や、晩餐会の準備をしてもらわないといけない。ここは食事の準備や、夫人の部屋の事もあるので、侍女であるファルーに決まりだ。執事長に接待を任せよう。
次に接待役のリソンの手足となる給仕係のパーラーメイドの選定である。ここに来て、ちゃんとパーラーメイドに育っていたサツキを失っている事が痛い。サツキが居れば迷わず、任せる事が出来るのだが。今いるパーラーメイドで考えると、アメシャは猫獣人なので、古い考え方のツール伯には合わない。フェンも男の子である事がばれたら、後が大変である。となると残るはエルフのリーレンであるが、まだ日が浅いので、作法は完ぺきではない。だがしかし、際物のメイドで怒りを買うより、まだ、粗相の方が傷が浅いであろう。
「リソン、リーレン。ツール伯を応接室にご案内差し上げて」
リソンとリーレンは指名を受けて、一礼し案内をし始める。
「セクレタさん。同行お願いします。後、トーカさん、トーヤさん。ツール伯にご紹介致しますので、御同行お願いします」
本来であれば、晩餐会の時に紹介するのが筋であるが、準備の為に時間を稼がなくてはならない。また、子女とは言え、同じ伯爵家の人がいれば、無茶な言動の抑止力になるであろう。
トーカはなんで?という顔をしているが、トーヤの方は私の意図を察してくれた様で、目礼で、同意してくれた。
応接室では私が当主の席に座り、その正面のソファーにツール伯、お孫さん、夫人の順で座り、トーカとトーヤは私から見て、右辺に座ってもらっている。セクレタさんは私の後ろに立ってもらっている。
先ず、始めにお茶によるおもてなしと、御足労頂いた感謝の言葉を述べ、次にトーカとトーヤを紹介する。
「こちらは当家にご滞在頂いてます、帝国法務省所属、憲兵2等准騎士のトーヤ・レル・ディアン・パカラナ様と、その妹君の帝国法務省審問官、トーカ・レル・ディアン・パカラナ様です」
本来、二人は査察に来ているはずであるが、二人ともここにかなり馴染んでいるし、トーカに至ってはここで働きたいとまで言っているので、滞在しているとだけ伝える。査察の事は言わないだけで嘘を言っている訳ではないはず…
「お初にお目にかかります。ツール伯シンゲル様。私はトーヤ、こちらが妹のトーカです。こちらのマール様の所には休暇替わりに滞在させて頂いております。今後ともお見知りおきを」
トーヤは恭しく洗練された作法で挨拶をする。私と仲が良いみたいな言い方をしてくれるので、けん制にもなり、ありがたい。
「パカラナ卿の御子息か、私はシンゲルだ。よろしく」
ツール伯にしては珍しく、砕けた挨拶をする。お孫さんのラジル君はやはり、男の子なのであろう、武人としての騎士を目の前にして、瞳を輝かせている。しかし、それだけで、会話が続かず沈黙が訪れる。
あれ?ツール伯、もっと二人に自慢話とかの会話をしないのですか? トーヤとトーカも何を話したらいいのか、分からずチラリとこちらを見る。ここは私が話題を振らなければならないようだ。
「ツール伯も御多忙のお立場ですので、ご希望の予定をお聞かせ願えれば、当方と致しましてもご希望に沿うようにご協力させて頂きますがどうでしょうか?」
ツール伯は私の言葉に、ラジル君を一目見て答える。
「ラジルがここの環境に馴染めるように見守るつもりで、他は特に予定はない」
お孫さんの事を重視する姿勢は好感を持てるが、観光をしたいとか、狩りを楽しみたいとか他にないんですか? 会話を続けられない。もっと、私の方から話題を振らなければだめか?
そんな事を考えているとツール伯の方から言葉を続ける。
「そんな事よりも、ラジルはまだ幼いので、部屋の割り振りはラジルと私、妻と三人一緒の部屋にしてもらいたい。後、今回、使用人を連れてきていないので、こちらの使用人を貸してもらいたい」
私はツール伯の言葉に体がピクリと動く。ちょっとツール伯! なんで、伯爵のあなたが、気ままにぶらり一人旅みたいな事をやっているんですか!? しかも、お孫さんと御夫人がいるのに、そんな事やっていい立場じゃないでしょ!?
私が頭の中で、そう叫んでいると、夫人が何か言いたそうにするが、ツール伯がそれを制止し、そして頭を下げる。
「すまんが、たのむ」
私はツール伯のその行為に驚いた。あの傲慢不遜のツール伯が、分家の小娘の私ごときに頭を下げたのである。それに続いて夫人も私に頭を下げ、二人の頭を下げている所、キョロキョロ見て、ラジル君も合わせて頭を下げる。
私の後ろから、セクレタさんのふぅという小さな溜息をつく声が聞こえる。上位の立場とは言え、無茶な要望に腹を立てたセクレタさんが、ツール伯の頭を下げる様子を見て、怒りを飲み込んだのであろう。
ツール伯も人の子。かわいい孫の為の人の情があるのであろう。私は驚きで上がっていた肩を撫でおろす。
「ツール伯、頭を御上げ下さい。ちゃんとご希望にお答え致します。 リソン、マニーにお願いできるかしら?」
「了解しました。マール様」
ファルーの親戚のマニーなら、任せても問題はないであろう。ツール伯の申出を処理した後、会話を弾ませる為、観光や狩猟のお誘いを掛けてみたり、ツール領の事や、ご家族の事を尋ねたりするが、『うむ』や『あぁ』といった生返事ばかりだ。これでは時間を稼げない。仕方が無いので、私が館を案内して回る事にした。
先ずは新しくできた転移魔法陣である。私の領地より上位のツール領にも、もちろん設置されているはずであるが、帝都に用事があれば使えますよ、という程度で説明する。説明している最中に何度か物陰からカオリの姿がチラチラ見えたが、ツール伯の案内に集中する。
ツール伯自身も珍しいものではなく、あまり興味を惹かれている様子は無かった。それよりも、本館の前に聳え立つ豆腐寮の方に興味を惹かれている様子である。しかし、豆腐寮に興味を持たれても、『異世界人がやってきて、勝手に森林を伐採して勝手に立てました』と説明できる訳もなく、そそくさと逃げ去る様に次の場所へ向かおうとする。
次に温泉館に向かう。部屋風呂が一般的な貴族相手なら、この露天大浴場であれば、興味を惹かれるであろう。そして、案の定、ツール伯達は露天風呂に興味を示した。私も今までは部屋に設置された小さな風呂桶でしか入浴をした事が無かったが、転生者たちが、木材と岩石、そして庭園をあつらえたこの露天風呂を知ってから、部屋風呂は入らなくなっていた。
そして、露天風呂を案内しているのだが、今度は物陰にアメシャの姿がちらつき、私にだけ分かる様に合図を送ってくる。その合図を見ていると腕で×印を示している。×印って何の意味だろう?もしかして、準備が出来ていないから、もっと時間稼ぎしろと言う事か?そんな事を考えていると夫人が話しかけてくる。
「あの、マールさん。ここのお風呂はいつでも入れるのかしら?」
お湯は沸かしている訳ではないので、いつでも入れるが、どうなのであろう… みんなが入るお風呂に一緒に入ってもらって良い物であろうか? それとも、その時間はツール伯達専用の時間にするべきか…
「清掃や、管理等がございますので、後ほど、入浴時間については、確認して改めてご報告致します」
とりあえず、時間を分ける意味でそう伝えて置く。
さて、時間稼ぎを続けるなら、次はどこが良いだろう… 鍛冶場や製錬部かな? そういう訳で、ツール伯達を製錬部に案内する。炭酸飲料事業がどこまで進んでいるかを、実際、自分の目で見てみたい。一瞬、炭酸飲料技術の情報漏洩の事も考えたが、まだまだ、設備の試作段階で、それらで、炭酸飲料なるものが作られるとは誰も想像出来ないから大丈夫だろう。
そうして、製錬部にやって来たのだが、鍛冶部と合同で作業を行っていた。そこには試作の金属製の樽の様なものが幾つも作られていた。ここでのツール伯は大いに興味をそそられているようであった。
「ほほぅ、この大きさの鉄板を使って、樽を作っているのか… ふむ、見た限り、どの鉄板も精度がよいな・・・ 余程良い職人を抱えていると見える」
流石、この辺りは、伯爵領の当主さまである。産業につながる技術については目が鋭い。作業の場に近づいて、色々な角度から、試作物を検分している。
そこに、建物の物陰から、カオリがチラリと姿を表し、腕を使って頭の上に大きな丸をつくる。
これは、準備が終了して、時間稼ぎはもう良いという意味の合図であろうか? そんな事を考えていると、ツール伯の担当に指名したマニーが数人のメイドを引きつれてやってくる。なるほど、時間稼ぎはもうよさそうだ。
「ツール伯。お部屋の準備が整いましたので、ツール伯のお世話をさせて頂きますマニーがご案内致します。そちらで、晩餐会の時間までごゆるりとお休み下さいませ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あぁん、もうぉ~ 疲れましたぁ~」
ツール伯と別れた後、私達は執務室に戻り、お茶をしながら休憩をしていて、私はテーブルの上に身体を投げ出して、緊張を解きほぐしていた。
「お疲れ様。マールちゃん。大変だったわね」
「お疲れさんやったね」
カオリとセクレタさんが労いの言葉を掛けてくれる。
「でも、この後、晩餐会もあるんですよね~ 疲れるなぁ~」
「まぁ、数日間の事だと思うから、それまでの我慢よ」
そこにカオリが声をあげる。
「そやそや、伯爵のおっちゃんとこの馬車、荷物下ろしたら、帰っていったらしいで」
「「えぇっ!?」」
私とセクレタさんが驚きの声を上げて、カオリを見る。
「ちょっと、それ、本当なんですか!?」
「嘘言うても仕方がないやん。ほんまやで」
「えぇぇぇ~ じゃあ、なんですか、迎えが来るまで暫く居座るつもりなんですか!?」
私は悲鳴のような声をあげる。
「ツール伯、本当に何を考えているのかしら… 訳が分からないわ…」
セクレタさんも怒り半分、困惑半分といった感じだ。
「ちょっと、これは晩餐会で詰めた話をしなければなりませんね…」
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