第66話 騒動の終わり
「あ~ 良く寝たなぁ~」
「最近、睡眠時間減っていたからな」
「仕事もきつかったし」
赤ちゃん姿の転生者達はそう言いながら、朝食を摂る為、食堂に入ってくる。
「あっ! マールたんがいる!」
「姿を見るの、すげー久しぶり」
「おぉ! ようやく俺達の思いを受け取ってくれるのか!」
転生者達は、食堂の上座に私の姿を見つけて声を上げる。
「あれ、お願い券どこやったかな?」
「お金、持っていたかな」
「部屋に置き忘れてきたかもしれん」
私の姿を確認した転生者達は、お願い券やお金を探し出す。
「えっと、私から報告があるので、私にお願いするのはやめて、とりあえず座ってください」
私は上座から、明確な意志を持って、転生者達に聞こえる大きな声で話す。転生者たちは私の意志のこもった言葉を理解したようで、朝食を持って、大人しく席に座る。
その後も、他の転生者がやってきて同じように騒ぐが、私は同じように説明して、席に座らせる。そうしているうちに、カオリやトーカ、トーヤも食堂にやってくる。トーヤは身振りで挨拶をして、転生者達の方へ座っていき、カオリとトーカはこちらにやってくる。
「おはようございます。トーカさん、カオリさん」
「おはよーさん、マールはん。よう寝れた?」
カオリとトーカが私の隣に座る。
「えぇ、ぐっすり眠りましたよ。こんなに眠ったのは久しぶりです。トーカさんも私が寝ている間の処理をしてもらって、ありがとうございます」
「気にしなくていいわ、こんなことぐらい」
トーカはさらりと答える。
私は食堂内に転生者達が集まったのを確認すると、立ち上がって、転生者達を見渡す。転生者達は立ち上がる私の姿を見て、固唾をのんで見守る。
「みなさん、おはようございます。そして、お疲れ様です。食事をしながらでいいので聞いてください」
私はそう告げるが、食事を続ける者などおらず、皆、私の言葉を待っていた。
「ここ数日、色々な事がありましたが、もう終わりにしましょう。そして、私から皆さんに、ご報告する事があります」
私は、反論や否定の声があがるかと思っていたが、誰一人として声を出さず、私の姿を見ていた。恐らく転生者達も疲労の限界がきていて、あの赤ちゃん騒動を続けるのは困難であったのだろう。
私は、こほんと咳払いをした後、呼吸を整えてから、改めて転生者達に向き直る。
「先日から話がありました、私のお見合いというか結婚の件ですが…」
転生者達がごくりと唾を飲む。
「ツール伯に正式にお断りをいれました!」
その瞬間、転生者達は飛び上がるかのように立ち上がり、一斉に歓声の声をあげる。
「やった!やったぞ!!」
「俺達の思いが通じたんだ!!」
「マールたんは、俺達のマールたんだぁ!!!」
ある者は飛び跳ね、ある者は互いに抱き合い、ある者は割れんばかりの拍手を続ける。それぞれの形は異なるが、皆、私が結婚を取りやめて、私が私自身、そのままでいる事を喜んでくれる。普段はうざいと思う事もあるが、これだけの好意を寄せられて、私は嬉しく思った。
私は転生者達の喜んではしゃぐ様子を暫く眺めて、その様子を少し見守った。そして、皆が少し落ち着いてから、次の発言の機会を伺った。
「みなさん、落ち着いてきましたね。それでは、今回の事の次第を詳細にご説明いたします」
転生者達は私の言葉を聞くと、落ち着いてこちらを見る。
「そもそも、跡継ぎが私しかいない状況で、母が病気で急逝し、私も急逝して家が断絶するのではないかと心配されたツール伯が、私が爵位を継承し、落ち着いたと判断されて、お見合いの話を性急に持ってこられました。つまり、この家を心配されての事です」
この辺りの事は、皆も分かっている話なので、黙って聞いている。
「で、そのお見合いの相手というのが、ツール伯のお孫さんにあたる方です。しかし、このお孫さんが少々いわくのある方でして… ツール伯の一番下の息子さんのお子さんなんですが、その息子さんが…その…所謂、放蕩息子と呼ばれる方でして…」
私がそう説明をしていると、転生者達の表情が険しくなり、ついに立ち上がって怒り出す者まで出始めた。
「やっぱり、貴族の肥え太った、欲にまみれたあくどいやり方じゃないか!」
「ちょっと待ってください! ツール伯は確かに頭髪の不自由な方ですが、肥え太ったり、欲にまみれたり、あくどい方ではありません。今から話の続きを説明しますから」
私は転生者達の怒りを沈めるように制止する。
「なぁ、トーカはん。あいつら、そのツール伯の頭の話はしとらんかったよな?」
「えぇ、してないわね…なんで頭に拘っているのかしら…」
カオリとトーカが隣で小声で話をしているが、私は私の話を続ける。
「で、なんで、その放蕩息子さんのお子さんが、私のお見合い相手に選ばれたかと言うと、そのお子さんは、放蕩息子さんがとある御令嬢を身籠らせた方なんですが、その放蕩息子さんは事故で亡くなり、御令嬢は実家に引き取られたのですが、そのお子さんは引き取りを拒否されて、身寄りが無くなってしまったんです」
「やっぱり、厄介者じゃないか!」
転生者から再び声があがる。
「もうちょっと、話は続きますので待ってください! この話があったのが、そのお子さんがまだ赤ん坊…1歳の時で、哀れに思ったツール伯が引き取って、ご自身と奥様と二人で面倒を見ているのですが、ツール伯の家は既に長男さんが引き継ぐ事が決まっていて、その長男の方にも既にお子さんが何人もいるので、良く思われていないそうです。ツール伯もご高齢ですから、ご自身の亡くなった後の事を心配されていて」
「どちらにしろ、マールたんが後始末する必要なくね?」
「えぇ、普通なら私もお断りしてもいい案件だとは思いますが…そのお子さん、まだ6歳なんですよ…」
私がそう説明すると、どうしてか分からないが転生者達が目の色をかえる。
「オネショタか!」
「なるほど…そう来たか…」
「ツール伯もやるじゃねぇか!」
私には転生者が何故興奮して、いきなりツール伯を褒めるのか分からない。
「ねぇ、カオリ。オネショタってなに?」
「えぇ~ それ、うちに聞くの? オネショタっていうのは、お姉さんが小さな男の子を愛でるって意味なんやけど」
「子供を愛でるのは普通じゃない?」
「いや、その… 普通の愛でるじゃなくて… せ…まぁええわ」
私のとなりでカオリがトーカにオネショタを説明しているが、やはり意味が分からない。とりあえず、私は話を続ける。
「そういう訳で、私も流石にそのお子さんが気の毒で、でも、年が離れすぎているので中々、お断りできなかったんですよ。ツール伯もご高齢ですし、私が断ったら、そんな歳で放逐されるかもしれないので…」
「でも、マールたん。お見合い断ったんだろ?良かったの? 見捨てる事になるけど」
転生者の一人が疑問を投げかける。
「はい、お見合いの件は断りました」
私の返答に、転生者達は少し気まずそうにする。確かに私のお見合いに反対したのは自分たちであるが、その結果として、わずか6才の子供を不幸にしてしまうからだ。いくら見ず知らずの他人とは言え、6歳の子供を不幸にするのは、心が痛むのであろう。
だから、私はすぐに次の言葉を続ける。
「なので、養子にする事にしました」
「「「えぇぇぇ!?」」」
皆が一斉に驚きの声を上げる。
「何を驚いているんですか? 皆さんだって、私の子供になりたかったんでしょ?」
「いや、それはそうだけど…」
転生者は返事を濁す。
「皆さんは、私が保護した時から、いわば私の子供のようなものです。100人の子供がいて、今更、一人増えたところで、どうって事はありませんよ」
私の言葉に、転生者達は嬉しいのか恥ずかしいのか微妙な顔をする。
「これで、見合いの件も終わりましたし、跡継ぎの事も解決しました。皆さん、その弟が来たら、ちゃんと面倒を見てくれますか?」
私は、転生者達を見渡して尋ねる。
「…はい…」
転生者達は、素直に小さく頷いた。
「では、皆さん、長々と話をしていて、冷めちゃいましたが、朝食を頂きましょうか」
皆は、目の前の食事を見る。
「「それでは頂きます!」」
食堂に皆の声が木霊した。
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