第64話 難攻不落!マール嬢

「くっそ! 逃げられたか!」

「俺達の愛らしさが何故通じない!」

「だから、俺が包囲殲滅陣を使えといっただろうが!」


「包囲殲滅して、どないすんねん! それより、あんたら、まだその恰好してたん?」


 遅れて食堂にやって来たカオリは、マールを取り逃がして悔しがる転生者達に声を掛ける。それに合わせて一斉に転生者達がカオリに顔を向けて、その光景にカオリはぎょっとする。


「まぁ、マールはんに結婚して欲しくないのは分かるけど、やり過ぎたらあかんで」


カオリは転生者達の姿に、顔を引きつらせながら忠告をする。


「安心しろ、俺達の可愛らしさをアピールしているだけだ」

「どうだ、俺達の姿は?母性をくすぐるだろ?」

「これで、マールたんママのハートを鷲掴みにして握り潰すぜ」


転生者達は赤ちゃん風の決めポーズをして、ドヤ顔で語る。


「握り潰して、どないすんねん! それに母性をくすぐるどころか、拒絶反応しとったやろ!」


カオリはそう言って、溜息をついた後、近くにいたアメシャを見つけ、手招きする。


「カオリさにゃ! どうしたにゃ?」


アメシャはすぐさま、カオリの側にやってきて、首を傾げる。


「アメシャちゃん、こいつらがこんな感じやから、色々と大変やと思うねん。うちも見るけど、アメシャちゃんもマールはんを見守ってくれる?」


「わかったにゃ!」


アメシャは元気よく答えた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



私は執務室まで逃げ戻り、呼吸を整えていた。


「なんなんですか!? あの人達は! 非常識すぎますよ!!」


私はソファーに座って、悪態をつく。


 そこで、私は非常にお腹が空いている事に気が付く。朝もあの様子で、急いで食べたから、少ししか食べられなかったし、先程のお昼も食べる前に逃げ出して来た。その上での全力疾走である。


 このまま、午後のお茶の時間まで待とうかと思ったが、お腹が許してはくれないようすである。


「そろそろ、お昼の時間は終わっているから、もうあの人達は仕事場に戻っているかな?」


私はそう考え、一応、警戒の為、扉を静かに少しだけ開けて、廊下の様子を見る。


「ひぃっ!」


 廊下には、幾つものハイハイしながら這いずり回る小さな姿…赤ん坊の転生者達がいた。

彼らは、私が扉の隙間から覗いてているのを見つけると、『バブ―』と合図の声を発し、一斉にハイハイとは思えない速さで近づいてくる。


私はあわてて扉を閉め、鍵をかける。


「仕事中の時間なら、安全かもと思ったのに… 赤ん坊たちがいるとは…」


 この様子では食堂には行けない。もしかしたら、午後のお茶の時間も、赤ん坊達に阻止されるか、一緒に突入してくるかも知れない…


「このままでは、舘の中にいるのに餓死してしまうのかしら…」


 私はそう思いながら、部屋に備え付けのお茶を入れる設備に、何か食べるものがないかあさり始める。そこで、急なお客様用の焼き菓子の箱を見つける。私は弾む気持ちで箱を手に取る。


「これなら、少しはお腹が満たせる… あれ? 箱が軽い?」


 私は急いで箱を開けるとからっぽであった。そういえば、この前、カオリとトーカが、何かもりもりと食べていたのは、これの事だったのか…少しは私の分も残してくれたらいいのに… 私は箱を持ったまま、崩れ落ちひざまずく。


「このままでは… 誰か助けは来ないのかしら…」


 リソンやファルー、メイド達では、あの赤ん坊達の警戒網を突破することは、不可能であろう。では、カオリやトーカならどうであろうか? 二人の言動から察するに、向こう側の可能性が高い、でも、食べ物ぐらい恵んでくれる仏心はあるはずだ… まぁ、私が飢えているのに気が付けばであるが…


 そこに窓の方から、コンコンと音がする。私は振り返り、窓の方を見てみると、窓の外にアメシャの姿があった。


「アメシャ!」


 私はすぐさま、窓に駆け寄り、窓を開く。アメシャは窓が開かれると、部屋の中にぴょこんと飛び降りる。


「アメシャ、心配だから様子を見に来たにゃ。でも、廊下の方は赤ん坊がいるから、こっちから来たにゃ」


「さすがのアメシャでも、あの警戒網を突破するのは不可能ですか…」


「いや、そうじゃないにゃ。来ることは出来るけど、部屋に入る時に一緒に入ってくるにゃ」


「あぁ、なるほど… それより、何か食べる物を持ってくることは出来ますか?」


私はアメシャにそう尋ねる。


「分かったにゃ! 持ってくるにゃ!」


 アメシャは元気よく答えると、窓の外に出て、器用に壁を伝っていく。さすがは猫の獣人である。


 その後、暫くしてアメシャが持ってきてくれたサンドイッチとポットのお茶で、私は空腹を満たすことができた。


 空腹を満たした私は、このまま閉じこもっているだけではいけないので、書類仕事を始めて、気を紛らわせていく。


 話し相手のいない状況下で、私はかなり集中して仕事を行っていたようで、気が付くと、窓の外の景色は、日が落ちてきており、夕焼け色に滲んでいた。


すると、廊下の方から騒ぎ声がし始める。


「ちょ、あんたら、何やってんの! って、こら! えっ!? なに!? なんで、あんたら、ハイハイで壁のぼってんの!?」


カオリの声である。私は扉の近くまで駆け寄る。


「カオリさん!? カオリさんですか?」


私は扉越しに声を掛ける。


「マールはん? 大丈夫か? お腹空いてへんか? でも、扉をあけたらあかんで、こいつら入りよるから」


扉越しにカオリの返事が聞こえる。


「えぇ、開けません。お腹も大丈夫です。アメシャが食べる物を持ってきてくれましたから」


「わかった。何かあったら、また言うてな… って、あんたら、鬱陶しいな! カサカサ動き回りなや!!」


 そうして、カオリは私の様子を確認すると戻っていった。そして、その直ぐ後に、また廊下から騒ぎ声が聞こえる。


「何!? 貴方達! どうして、壁をハイハイしているの!? 本当に人類の存在なの!?」


今度はトーカの声である。


「トーカさん! トーカさんですか?」


私はまた、扉越しに声を掛ける。


「えぇ、そうよ! 開けてもらえる?」


「駄目です! 赤ん坊達が中に侵入してくるので」


トーカには申し訳ないが、扉を開けられない旨を伝える。


「報告書を持ってきたのだけど… あっ、ここから…」


 トーカがそう言うと、扉の下の隙間から、報告書がにゅっと出てくる。これは便利だ。こうすれば、扉を開けずに書類のやり取りができる。


「ありがとうございます! ちょっと、待ってください! こちらからも決済の済んだ書類を渡しますので!」


 私は事務机の所に戻り、処理の終わった書類を確かめる。これはリソンに渡す物、こちらはファルー… そんな感じに付箋を付けて仕分けをしながら、書類をまとめていく。


そして、また扉の所に戻る。


「トーカさん! こちらも書類を渡すのでお願いできますか? 付箋に誰に渡すか書いてありますので!」


 私はそう言って、扉の下の隙間に書類を差し込む。ある程度、差し込んだところで、向こう側から、抜き取られる。


「書類はもらったわ。後はこちらで処理しておくから!」


 トーカはそういって、扉の前から去っていく。これで、この状況下でも仕事は滞りなく、処理していくことが出来るだろう。良かったと一瞬思うのであるが、よくよく考えると、こんな状況になっている事自体が良くない。そもそも、この状況はいつまで続くのであろうか?


 そんな事を考えていると、今度は窓の方から物音がする。視線を向けると、窓の外にアメシャの姿が見える。窓の所まで行ってみると、夕食を持ってきてくれたようだ。その後、アメシャの持ってきてくれた食事を摂り、少しくつろぐ。


 こうして、私は執務室にいながら、食事の確保と書類の確保を出来るようにはなったが、さて、寝るときはどうすればいいのであろうか? さすがに夜になれば、警戒は解けるかな?


 私はそう思い、一応、警戒して物音を立てないように扉に近づき、静かに扉に耳を当てて、扉の向こうの廊下の物音を探る。


カサカサカサ…


 駄目だ、まだ、赤ん坊達が廊下を這いずり回っている。私は諦めてソファーの所まで戻り、深々と腰を下ろし、背もたれに身体をあずける。


 こうなれば我慢比べである。体力の無い赤ん坊の事だ。いつまでも私を監視できるはずがない。そのうち戻るはずだ。


 そう考えて、しばらく、ぼうっとしながら待っていると、扉からノックの音が聞こえる。一体、誰だろう?カオリとトーカは先程来たので、リソンかファルーかな?


「まぁ~るたぁ~んまぁまぁ~ おれたち、きたよぉ~」


転生者の声であった。私はその声にソファーの上で身体を強張らせる。


「ひぃ!?」


 私は小さな悲鳴をあげる。しまった!赤ん坊と成人の転生者で交代されては、いつまで経っても出る事は出来ない。


すると、扉の下の隙間から、紙切れと本が差し出される。


「俺たちがお眠になるまで、本の読み聞かせをおねがいぃ~」


 扉の向こう側から、転生者の声がする。私は少し扉に近づいて見てみると、紙切れは例のセクレタさんのお願い券である。ここまで来るとセクレタさんも余計な物を作ってくれたものだと考えた。


「これはセクレタさんのお願い券なので、私に渡されても困ります!」


 私は扉の向こうの転生者にそう叫ぶ。すると、硬貨の入った袋を扉の下から突っ込もうとしている。セクレタさんのお願い券が無くても同じ事かと思い呆れる。


「お金は大事ですよ! もっとよく考えて使って下さい!」


「マールたん、大事。だから使う」


そう返事が返ってきた。私はどう返したらいいのか分からず、困り果てる。


 そして、うなだれて、ふぅっと溜息をついた時に、本の表紙が目に入る。私は興味をそそられて、本を手に取る。


「マールたん、読んでくれるの?」


扉の向こう側から声がする。


「いえ、そういう訳ではありませんが… 『帝国内の人類種とその生態』って… こんな本を寝る前に読み聞かせて欲しいのですか?」


 成人相手に絵本の読み聞かせも勘弁して欲しいが、この本をどういう理由で読み聞かせの本として選んだのか理解できない。


「色々な人種のメイド欲しい…だから選んだ」


そう、答えが返ってきた。あぁ、どこまでいっても、この人達はこの人達だ…


 しかし、書類と専門書しかない、この執務室で暇を持て余していた私にとっては、良い時間つぶしになる。私はソファーに戻り、その本を読み始めた。



 どれぐらい経ったのであろうか、私はどうやら読んでいる途中で転寝をしてしまっていた。ぎゅっと背筋を伸ばした後、耳をすませる。やけに静かだ。もしかして、夜中になったから、寝に戻ったのであろうか?


私は物音を立てずに扉に近寄り、扉に耳をあてる。


シーン…


 物音がしない。もう帰ったのかもしれない。でも、一応は警戒して、ゆっくりと扉を開けながら、その隙間から廊下の様子を覗き見る。



「ひぃ!?」


私は悲鳴を上げて、すぐさま扉を閉める! 覗いた隙間には転生者の目があったからだ。


「くそ! もう少しだったのに…」


 扉の向こうで、転生者の悔しがる声がする。私は扉を押さえつけるようにもたれかかる。胸に手を当てると、先程の驚きのあまり、心臓がバクバクと脈打っている。


そこへ、コンコンと音がする。


「ひぃ!?」


私はまた、小さな悲鳴を上げ、音のなる方へ視線を向ける。


そこには窓の外のアメシャの姿があった。


「毛布と着替えにゃ」


どうやら、私はここの執務室で、一夜を過ごさないと駄目らしい…



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「様子はどうだ?」


「駄目だ。立て籠もるつもりらしい」


「まるで籠城戦だな…」


「いいだろう…その籠城戦受けて立とうじゃないか…」




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